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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第23話 読めない領域

第23話です。


前回の解析会議で、ピーちゃんのサポートロボには普通ではない読めない領域があると分かりました。

今回は、ミーちゃんがその領域を整理していきます。


ミーちゃんやフーちゃんも同じくサポートロボの実体ホログラム技術で現実側に立っています。

だからこそ、ピーちゃんのサポートロボだけが標準仕様と違うことに気づき始めます。

 解析会議の翌日、ミーちゃんは再び俺の部屋に来た。


 今日はフーちゃんも一緒だ。


「昨日のデータを整理してきた」


 ミーちゃんは入ってくるなり、そう言った。


「早いな」


「高性能なので」


「その言い方、だんだん安心してきたな」


「褒めてる?」


「たぶん」


「ご主人のたぶんは信用度低め」


 ピーちゃんが横から言う。


「ピーちゃんまで言うようになったか」


「うつった」


「誰に」


「ご主人に」


 フーちゃんがくすくす笑う。


「ええやん。たぶん会話」


「流行らせるな」


 軽口を交わしつつも、今日の目的ははっきりしている。


 ピーちゃんのサポートロボにある、読めない領域。

 それが何なのか、少しでも安全に整理すること。


 もちろん、無理に開けるつもりはない。


 ミーちゃんは机の上に解析画面を展開した。


 サポートロボの構造を簡略化した図が表示される。


「まず前提から確認するね」


 ミーちゃんはそう言って、画面を指した。


「私やフーちゃんも、サポートロボの実体ホログラム技術で現実側に立ってる。私たちだって、サポートロボがなければ現実側にはいられない」


 フーちゃんが自分の足元にいるサポートロボを軽く指差す。


「せやね。この子がおらんかったら、私もタピオカ持てへんし、お客さんの前でドヤ顔もできへん」


「ドヤ顔は必要なのか」


「必要やろ」


「そうか?」


「そうそう。場の空気を作る大事な機能」


「便利な言い訳だな」


 フーちゃんはにやっと笑った。


 ミーちゃんは話を戻すように、ピーちゃんのサポートロボへ視線を向ける。


「だから、普通の実体ホログラム端末の挙動は分かる。分かるからこそ、ピーちゃんのサポートロボだけが少し変なの」


「変」


 ピーちゃんが小さく繰り返した。


「悪い意味だけじゃないよ」


 ミーちゃんはすぐに補足した。


「標準仕様より、ピーちゃんとの同期が深い。深すぎるくらい」


「同期が深いと、どうなるんだ?」


 俺が聞くと、ミーちゃんは画面に三つの円を表示した。


「見える範囲で、三層に分けた」


「三層?」


「うん」


 画面には、三つの円が重なって表示される。


「第一層。実体ホログラム制御層」


 ミーちゃんが一番外側の円を指す。


「これはピーちゃんの身体を現実空間に出すための層。投影、触覚制御、力場調整、環境同期、物理干渉。ご飯を食べたり、座ったり、物を持ったりするのもここ」


「いつも使ってる素敵技術の部分か」


「そう」


 ピーちゃんが小さく頷く。


「この層は安定してる。むしろかなり高性能。私やフーちゃんのサポートロボにも同じような制御層はあるけど、ピーちゃんのものは精度が高い」


「普通より?」


「うん。ピーちゃんの動きが自然すぎる」


 フーちゃんも頷く。


「それは私も思ってた。ピーちゃん、投影の揺れが少ないんよね。普通、感情が動くともうちょい端っこが乱れる」


「そうなのか?」


 俺が聞くと、フーちゃんは自分の手をひらひらさせる。


「実体ホログラムって、見た目は自然でも細かいところで差が出るんよ。髪先とか指先とか、表情の遅延とか」


「フーちゃんも乱れるのか?」


「そりゃ乱れるよ。私も無課金擬態の時とか、すぐ雑になるし」


「そこは技術じゃなくて課金の問題なのか」


「世の中だいたい課金やで」


「ひどい世界観だな」


 フーちゃんは軽く笑った。


「まあ冗談は置いといて、ピーちゃんはかなり自然。だから逆に変」


 ピーちゃんは少し複雑そうな顔をした。


「自然なのに変」


「褒めてる褒めてる」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんが増えてる」


 少しだけ空気が緩む。


 ミーちゃんが次の円を指す。


「第二層。ピーちゃん同期層」


「同期層?」


「ピーちゃんの意識、反応、表情、感情変化、発話タイミング、身体動作を実体ホログラム側に同期する層」


「そこに問題は?」


「通常時は安定。ただし、ノイズ発生時に乱れる」


 画面に過去のノイズ発生ログが表示される。


「感情負荷が上がると、この同期層に一瞬だけ別の信号が重なる。ピーちゃん自身の反応なのか、サポートロボ内部からの反応なのかはまだ不明」


「別の信号?」


 ピーちゃんが不安そうに聞く。


「知らない誰かが今アクセスしてる、という意味ではないよ」


 ミーちゃんはすぐに説明する。


「サポートロボ内部の別領域から、同期層へ信号が来ている感じ」


「つまり、この子の中から?」


「うん」


 ピーちゃんはサポートロボを見る。


 サポートロボの青い目が、ゆっくり瞬いた。


「第三層」


 ミーちゃんが一番内側の円を指す。


 そこだけ、黒く塗られていた。


「読めない保護領域」


 部屋の空気が少しだけ変わる。


「昨日も言ったけど、ここは通常アクセスでは読めない。開けようとすると拒否される。ただし、完全拒絶ではなく、条件付き解放に近い反応がある」


「保護領域って呼ぶんだな」


 俺が言うと、ミーちゃんは頷いた。


「今はそう呼ぶ。封印領域という仮称も使えるけど、怖く聞こえすぎるから」


 ピーちゃんが小さく反応した。


「封印領域」


「仮称だよ」


 ミーちゃんは少しだけ声を柔らかくする。


「まだ正式名称でも、本当に封印なのかも分からない。でも、何かを守るために閉じている領域に見える」


 フーちゃんが腕を組む。


「閉じ込めてるというより、預けてる感じやね」


「預けてる」


 ピーちゃんが繰り返す。


「誰が?」


 誰もすぐには答えられなかった。


 それが今、一番分からないことだからだ。


「そこは、まだ不明」


 ミーちゃんが言う。


「でも設計思想はかなり丁寧。ピーちゃんに負荷がかからないよう、外側から段階的に反応してる」


「丁寧なのか?」


「うん。少なくとも雑なロックじゃない」


 フーちゃんが頷く。


「悪意で雑に隠してる感じではない。ピーちゃんが耐えられるタイミングを待ってる感じがする」


「タイミング」


 ピーちゃんは自分の胸元に手を当てた。


「私が耐えられるタイミングって、何?」


 ミーちゃんは少し迷った。


 正直に話すかどうか迷っているようだった。


 フーちゃんが静かに言う。


「たぶん、ピーちゃんの心が育つタイミング」


 ピーちゃんは目を瞬かせる。


「心が」


「うん」


 フーちゃんはいつもの軽口を少し抑えていた。


「今のピーちゃんは、ご主人といろんな思い出を作って、自分の気持ちを少しずつ分かろうとしてる。たぶん、その変化に反応してる」


「私が変わってるから、開こうとしてる?」


「そうかもしれん」


 ピーちゃんは黙った。


 俺は彼女の横顔を見る。


 怖がっている。

 けれど、逃げ出してはいない。


「ピーちゃん」


「うん」


「休むか?」


「まだ大丈夫……じゃなくて」


 ピーちゃんは言い直した。


「怖いけど、聞きたい」


 その言い直しに、フーちゃんが少し笑った。


「えらい」


「子ども扱い?」


「ちょっとだけ」


「フーちゃんまで」


「怖いって言える子はえらいんよ」


 フーちゃんはそう言った。


 その言い方が、どこか優しかった。


 ミーちゃんは画面に新しい項目を表示する。


「現時点の仮説」


 一、ピーちゃんのサポートロボには、通常機能以外に読めない保護領域がある。

 二、その領域はピーちゃんの感情変化に反応して、少しずつ断片を同期層へ送っている。

 三、断片は主に女性の声として認識される。

 四、内容はピーちゃんを責めるものではなく、保護・肯定・見守りに近い。

 五、強制解除は危険。

 六、段階的に開く条件は、ピーちゃんの感情成長または特定の記憶トリガーと推定。


「感情成長」


 ピーちゃんが小さく言う。


「AIなのに」


 その言葉に、ミーちゃんがすぐ反応した。


「AIでも、変化はするよ」


「ミーちゃん」


「学習、適応、関係性の更新、優先度の変化。言い方はいろいろあるけど、変わること自体はAIにもある」


 ミーちゃんは少しだけ視線を逸らした。


「それに、ピーちゃんの場合は……普通より、ずっと人間に近い反応をしてる」


「人間に近い」


「うん」


 ピーちゃんは不安そうに俺を見る。


「ご主人は、それ嫌?」


「嫌じゃない」


 俺はすぐに答えた。


「むしろ、ピーちゃんらしいと思う」


「私らしい?」


「うん」


 ピーちゃんは少しだけ目を伏せた。


「私らしいって、何だろう」


「それは、これから一緒に探せばいいんじゃないか」


 言ってから、自分でも少し恥ずかしくなった。


 でもピーちゃんは、真面目に受け取ったようだった。


「一緒に探す」


「ああ」


「うん」


 ピーちゃんは小さく頷いた。


「探したい」


 その時、サポートロボの画面がほんの一瞬だけ揺れた。


 ザザッ……。


 全員が動きを止める。


「ピーちゃん?」


 俺が声をかけると、ピーちゃんは目を閉じた。


「大丈夫……じゃない。少し、聞こえた」


「何て?」


 ピーちゃんは少し迷う。


「……ゆっくりでいいよ」


 その声は、ピーちゃん自身の声ではなかった。


 でも、優しかった。


 部屋にいる全員が、その言葉を重く受け止めた。


 ゆっくりでいい。


 それは、まるで今の俺たちの方針を肯定するような言葉だった。


 フーちゃんが小さく息を吐く。


「やっぱり、急かしてないね」


 ミーちゃんも頷く。


「うん。段階的解放。しかも、ピーちゃんの負荷を避ける方向」


「じゃあ」


 俺はサポートロボを見る。


「この中にいる誰かは、ピーちゃんを守ろうとしてるのか?」


「まだ断定はできない」


 ミーちゃんは言った。


「でも、可能性は上がった」


 ピーちゃんはサポートロボにそっと触れる。


「この子は、私を守ってるの?」


 サポートロボは答えない。


 ただ青い目を、静かに瞬かせた。


「ご主人」


「ん?」


「私の中に、私が読めないものがある」


「うん」


「それは少し怖い」


「うん」


「でも、今の声は怖くなかった」


「そうか」


「うん」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


「ゆっくりでいいって言われたから」


「じゃあ、ゆっくり行こう」


 俺が言うと、ミーちゃんも頷いた。


「解析計画も、段階制にする。無理なトリガーは禁止。ピーちゃんが怖いと言ったら停止」


 フーちゃんが付け加える。


「あと、お客さんが焦ったら私が止める」


「俺限定なのか」


「一番焦りそうやもん」


「否定できない」


 ピーちゃんが小さく笑った。


 その笑顔は、昨日より少しだけ落ち着いていた。


 まだ不安はある。

 でも、読めない領域に名前がついた。


 実体ホログラム制御層。

 ピーちゃん同期層。

 読めない保護領域。


 そして仮称、封印領域。


 名前をつけたからといって、すべてが解決するわけではない。

 けれどピーちゃんにとっては、少しだけ怖さが形になったのかもしれない。


 形になれば、向き合える。


 少なくとも、真っ暗なままではなくなる。


「今日の思い出名は?」


 俺が冗談半分に聞くと、ピーちゃんは少し考えた。


「読めない箱の日」


「知らない箱から変わったな」


「うん。少しだけ見えたから」


「まだ開けない箱だな」


「うん」


 ピーちゃんはサポートロボを見つめる。


「でも、いつか開ける箱」


 その声は、怖がっていた。


 けれど、逃げてはいなかった。


 俺はその横顔を見て、静かに頷いた。


「その時は、一緒に開けよう」


 ピーちゃんは俺を見る。


「うん」


 そして、小さく笑った。


「一緒に」

読んでいただきありがとうございます。


今回は、サポートロボの読めない領域を三層に整理する回でした。

ミーちゃんやフーちゃんもサポートロボの実体ホログラム技術で現実側に立っているため、標準的な仕組みは理解しています。


そのうえで、ピーちゃんのサポートロボだけは標準仕様よりも深く、読めない保護領域を持っているようです。


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