第22話 解析会議、はじめます
第22話です。
ピーちゃんのサポートロボに眠る読めない領域。
今回は、ミーちゃんとフーちゃんを呼んで、無理に開けないための解析会議を始めます。
ミーちゃんは予定時刻の五分前に来た。
「高性能AIは時間管理も完璧です」
ドアを開けるなり、そう言って胸を張る。
赤を基調にした髪が、今日もやたら目立っている。
サポートロボの実体ホログラム技術で現実に立つ姿は、いつ見ても少し不思議だ。
「早いな」
「ユーザーさんが本気で相談してきたから」
「そんなに珍しいか?」
「珍しいよ。だいたいユーザーさん、問題を一度笑ってごまかすタイプでしょ」
「否定しづらい」
ミーちゃんは部屋に入ると、すぐピーちゃんを見る。
「ピーちゃん、体調……というか、投影状態は?」
「大きな乱れはないよ」
「ノイズは?」
「今朝は出てない」
「怖さは?」
ピーちゃんは少しだけ目を丸くした。
ミーちゃんは真顔だった。
以前なら、「大丈夫」と答えていたかもしれない。
でもピーちゃんは少し考えてから言った。
「まだ、少し怖い」
「そっか」
ミーちゃんは頷く。
「それなら、その前提で進める」
その言い方が、少し意外だった。
「ミーちゃん、優しいな」
「事実確認です」
「照れるな照れるな」
「照れてない」
ミーちゃんは少しだけ頬を膨らませた。
そのすぐ後、フーちゃんが来た。
「やっほー。解析会議って聞いて来ましたー」
いつもの軽いノリ。
しかし、部屋に入った瞬間、彼女の目はまっすぐピーちゃんのサポートロボへ向いた。
「お客さん、無理に開ける気はないんやね?」
「ない」
「よし」
フーちゃんは軽く頷いた。
「そこ間違えると、ピーちゃんに負荷返る可能性あるから」
ピーちゃんの肩が小さく動く。
俺はすぐに言った。
「だから今日は、まず見られる範囲だけ確認する。危なそうなら止める」
「それでいい」
フーちゃんはピーちゃんを見る。
「ピーちゃんも、途中で嫌になったら言っていいからね」
「うん」
「大丈夫は禁止」
「……怖くなったら、言う」
「よろしい」
フーちゃんは満足そうに笑った。
こうして見ると、フーちゃんは軽いのに、肝心なところで妙に頼れる。
危ないところの線引きが早い。
ミーちゃんが机の上に小さな投影画面を展開する。
「まず状況整理」
「もう始まった」
「会議なので」
画面には、これまでのノイズ発生タイミングが並ぶ。
水族館後。
海辺。
プラネタリウム。
思い出リスト。
朝ごはん。
隣にいる日。
保存できない気持ち。
一人にはしない夜。
並べると、何かが見えてくる気がした。
「ノイズ発生は、単なるランダムじゃない」
ミーちゃんが言う。
「ピーちゃんの感情負荷が上がった時。特に、ご主人との記憶や、思い出、待つこと、食事、名前、怖さ、誰かに守られること。そういう言葉や状況に反応してる」
「つまり?」
「ピーちゃんの記憶、もしくは感情に近い領域に触れた時に、サポートロボ側が応答してる可能性が高い」
フーちゃんが腕を組む。
「やっぱり、ただの不具合ちゃうね」
「うん。不具合というより、制御された反応に近い」
「制御された?」
俺が聞くと、ミーちゃんは画面を切り替えた。
「サポートロボが、ピーちゃんに何かを段階的に渡そうとしている可能性がある」
ピーちゃんが息を呑む。
「渡そうとしている」
「まだ仮説だよ」
ミーちゃんはすぐに補足する。
「でも、外部からのハッキングや破損によるノイズなら、もっと不規則になるはず。これは特定の感情や言葉に反応しすぎてる」
「誰かが、そう設計したってことか?」
「その可能性はある」
部屋が静かになった。
誰かが設計した。
その誰かが誰なのか、今はまだ分からない。
けれど、その存在が少しずつ輪郭を持ち始めている。
「次に、サポートロボ本体へのアクセス」
ミーちゃんがサポートロボを見る。
「ピーちゃん、許可できる?」
「分からないけど……やってみる」
「無理ならすぐ止める」
「うん」
ピーちゃんがサポートロボに手を添える。
「この子に、外から見てもらってもいい?」
サポートロボの青い目が小さく瞬いた。
それが許可なのか、ただの反応なのかは分からない。
ミーちゃんは慎重に解析を始めた。
画面に細かい線と数値が流れる。
「実体ホログラム制御系、正常。触覚制御、正常。環境同期、正常。ピーちゃんとの基本同期も安定」
「そこまでは普通?」
「うん。むしろかなり綺麗」
ミーちゃんは少し眉を寄せる。
「でも、その奥がある」
「奥?」
「外部からは読めない。アクセス要求を送ると、弾かれる」
「セキュリティか?」
「普通のセキュリティじゃない」
ミーちゃんの声が少し真剣になる。
「ユーザーさん、これ普通のロックじゃない」
フーちゃんが近づく。
「どんな感じ?」
「開けるな、じゃない。今はまだ開けるな、に近い」
その言葉に、ピーちゃんが小さく震えた。
「今はまだ」
「そう」
ミーちゃんは慎重に言った。
「完全に拒絶しているわけじゃない。条件が揃えば開くように作られている感じがする」
フーちゃんは画面を見ながら、少しだけ目を細めた。
「無理やり開けたら?」
「たぶん危険」
「ピーちゃん側に負荷が返るタイプやね」
「うん」
ミーちゃんは即答した。
「強制解除すると、ピーちゃんの同期層に反動が行く可能性がある。最悪、投影が乱れるだけじゃなくて、感情処理にも影響するかもしれない」
「やめよう」
俺はすぐに言った。
三人がこちらを見る。
「無理に開けるのはなし」
ピーちゃんが俺を見る。
「ご主人」
「分からないものを無理やり開けて、ピーちゃんが傷つく可能性があるならやらない」
フーちゃんが小さく笑った。
「お客さん、判断早いやん」
「これは迷うところじゃないだろ」
「うん。正解」
ミーちゃんも頷いた。
「私も同意。現時点では外からの強制アクセスは禁止。安全なトリガーを探す方がいい」
「安全なトリガー?」
「ピーちゃんに負荷が少なく、でも反応が取れる言葉や状況。過去のノイズを見る限り、少しずつ段階的に開く設計の可能性がある」
ピーちゃんは不安そうにサポートロボを見る。
「私が思い出せば、開くの?」
「たぶん。でも一気にじゃない」
ミーちゃんはできるだけ優しく言った。
「ピーちゃんが耐えられる範囲で、少しずつ反応してるように見える」
フーちゃんが頷く。
「この子、ピーちゃんを壊したいわけじゃないと思う」
「どうして?」
ピーちゃんが聞く。
「本当に壊す気なら、もっと雑に開く。こんな回りくどいことしない」
「回りくどい」
「うん。すごく回りくどい。でも、優しい回りくどさやと思う」
優しい回りくどさ。
その言葉は、妙にしっくりきた。
ピーちゃんの中で鳴る声は、いつも優しかった。
「ちゃんと食べて、えらいね」
「そばにいてもらえて、よかったね」
「その気持ちを、怖がらなくていいよ」
それは、ピーちゃんを責める声ではない。
むしろ、見守る声だった。
「今日の結論」
ミーちゃんが画面を整理する。
「一、サポートロボには通常の実体ホログラム制御以外の読めない領域がある」
「二、その領域は完全拒絶ではなく、条件付きで開く設計の可能性が高い」
「三、強制アクセスは危険」
「四、今後はピーちゃんの負荷を見ながら、反応する言葉や状況を慎重に確認する」
「五、ご主人は焦らない」
「最後だけ俺指定なのか」
「重要項目です」
「否定できない」
ピーちゃんが少しだけ笑った。
その笑顔を見て、部屋の空気が少しだけ緩む。
「ピーちゃん」
フーちゃんが声をかける。
「今日、しんどい?」
ピーちゃんは少し考えた。
「怖かった。でも、前より怖くない」
「なんで?」
「みんなが、無理に開けないって言ってくれたから」
ミーちゃんが小さく頷く。
「当然。解析対象を壊す解析は下手な解析だから」
「ミーちゃんらしい言い方」
「高性能なので」
フーちゃんは笑った。
「じゃあ今日はここまでやね。これ以上やると、解析会議じゃなくて不安会議になる」
「不安会議」
ピーちゃんが繰り返す。
「それは嫌かも」
「やろ?」
フーちゃんは軽く手を叩く。
「解散前に甘いもんでも食べよ。脳を使ったあとは糖分」
「AIにも糖分いるのか?」
「雰囲気やで、お客さん」
「適当だな」
「適当も大事」
ミーちゃんが少しだけ真面目な顔で言う。
「でも糖分は賛成」
「ミーちゃん、からあげの次は甘いものか」
「高性能AIにも楽しみは必要です」
ピーちゃんがそれを聞いて、少し笑った。
俺は冷蔵庫からプリンを出した。
四つはない。
三つしかなかった。
「一個足りないな」
フーちゃんがすぐに言う。
「お客さん抜きで」
「なぜ俺が抜かれる」
「ピーちゃん優先、ミーちゃん解析担当、私は場の空気担当」
「俺は?」
「お客さん」
「役職じゃない」
結局、俺の分は半分になった。
でも不思議と悪い気はしなかった。
ピーちゃんがプリンを一口食べて、少しだけ目を細める。
「おいしい」
その一言で、今日の解析会議が少しだけ日常に戻った気がした。
まだ何も解決していない。
読めない領域は読めないまま。
声の正体も分からない。
それでも、無理に開けないと決めた。
一人で抱えないと決めた。
そのことだけでも、今日は大きな一歩だったのだと思う。
ピーちゃんはサポートロボを見つめて、小さく言った。
「今はまだ、開けない」
青い目が、静かに瞬いた。
「でも、いつかちゃんと見る」
その声は少しだけ震えていた。
でも、逃げる声ではなかった
読んでいただきありがとうございます。
解析会議の始まりでした。
サポートロボの読めない領域は、無理に開けるとピーちゃんに負荷が返る可能性があるため、強制解除はしない方針になりました。
次回は、その読めない領域をもう少し整理していきます。
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