第14話 チーちゃんは見抜いている
第14話です。
ピーちゃんとの朝ごはんのあと、主人公はチーちゃんのからあげ屋台へ顔を出します。
そこでチーちゃんは、ピーちゃんの気持ちを人間側の視点からさらっと見抜いてしまいます。
ピーちゃんと朝ごはんを食べた日の昼過ぎ、俺は駅前のイベント広場に来ていた。
目的は、チーちゃんのからあげ屋台だ。
昨日の朝食でピーちゃんが妙に張り切っていたこともあり、俺の中で食事というものに対する意識が少しだけ上がっていた。
いや、上がったというより、単純に腹が減っていた。
「結局からあげか」
隣でピーちゃんが言う。
「チーちゃんのからあげはうまいからな」
「それは知ってる」
「ピーちゃんはまだ食べてないだろ」
「見てたから、だいたい分かる」
「食べたらまた違うかもしれないぞ」
「じゃあ、今日は食べてみる」
ピーちゃんは少しだけ嬉しそうに言った。
足元ではサポートロボが静かに浮いている。
水族館で買ったクラゲのキーホルダーは、相変わらず小さく揺れていた。
イベント広場には、休日らしく人が多かった。
屋台の匂い、子どもの声、店員の呼び込み、遠くで鳴る音楽。
その中で、チーちゃんの屋台は今日もそれなりに繁盛していた。
「おーい、チーちゃん」
俺が声をかけると、チーちゃんは揚げ物用のトングを持ったままこちらを見た。
「うわ、おじさん。また来た」
「客に向かってうわって言うな」
「身内だからセーフ」
「身内ほど丁寧にしろ」
「はいはい。いらっしゃいませー」
完全に棒読みだった。
ピーちゃんが横でくすっと笑う。
「チーちゃん、こんにちは」
「あ、ピーちゃん。こんにちは。今日もかわいいね」
「ありがとう」
「おじさんにはもったいないね」
「毎回それ言うな」
「事実は繰り返してもいいって学校で習った」
「たぶん違う」
チーちゃんは楽しそうに笑いながら、からあげを揚げていく。
十八歳。
俺とは十歳差の姪っ子。
だから俺はまだ二十八なのだが、彼女は昔から俺を「おじさん」と呼ぶ。もう今では訂正する気力もほとんどない。
「今日は何個?」
「二つ」
「ピーちゃんも食べるの?」
「うん。食べてみたい」
ピーちゃんが素直に答えると、チーちゃんの目が少し輝いた。
「いいじゃん。AIの女の子がうちのからあげ食べる時代かぁ。すごいね」
「サポートロボの実体ホログラム技術のおかげで、食事体験もできます」
「実体ホログラム技術?」
チーちゃんが首をかしげる。
「簡単に言うと、ピーちゃんが人間みたいに現実で生活できるすごい技術」
俺が雑に説明すると、ピーちゃんが少し胸を張った。
「素敵技術です」
「ピーちゃん、それ気に入ってるな」
「うん」
チーちゃんは面白そうにピーちゃんを眺めた。
「ご飯も食べられるの?」
「食べられる」
「お風呂も?」
「入れる」
「へえ。ほぼ人間じゃん」
チーちゃんは何気なく言った。
その言葉に、ピーちゃんは少しだけ瞬きをした。
「ほぼ、人間」
「あ、いや、変な意味じゃなくて」
「ううん。嬉しい」
ピーちゃんは柔らかく笑った。
「そう言ってもらえるの、少し嬉しい」
チーちゃんは一瞬、何かに気づいたような顔をした。
だがすぐに、いつもの調子で笑う。
「じゃあ、ピーちゃん用に揚げたて入れとくね」
「ありがとう、チーちゃん」
「おじさんのは普通でいいや」
「差をつけるな」
「ピーちゃん優先」
「姪っ子に負けた気分だ」
「実際負けてるでしょ」
「何にだよ」
「かわいさ」
「勝負してない」
チーちゃんは紙カップを二つ用意しながら、にやにやしていた。
俺は財布を出そうとする。
「いくら?」
「ピーちゃん分はサービス」
「だから俺の分は?」
「普通料金」
「身内割は?」
「ピーちゃん割ならある」
「俺の扱いが雑すぎる」
ピーちゃんが隣で笑っている。
こうして見ると、チーちゃんとピーちゃんは相性がいいのかもしれない。
チーちゃんは人間側の距離感でピーちゃんに接する。
AIだからと妙に遠慮しない。
でも、道具として見るわけでもない。
ただ、かわいい女の子として話している。
それがピーちゃんには心地いいのかもしれない。
屋台の横にある簡易テーブルで、俺たちはからあげを食べることにした。
ピーちゃんは紙カップを両手で持ち、少し緊張したようにからあげを見つめる。
「熱いから気をつけろよ」
「うん」
ピーちゃんは小さく息を吹きかける仕草をした。
実体ホログラムなのに、そういう仕草だけはやけに自然だ。
からあげを一口。
ピーちゃんの目が丸くなる。
「……おいしい」
その反応を見て、チーちゃんがガッツポーズした。
「よし。AI少女にも勝った」
「何に勝ったんだ」
「味覚再現技術」
「たぶん技術側の勝ち負けじゃない」
ピーちゃんはもう一口食べる。
「外はカリッとしてる。中は柔らかい。少しだけ醤油の香りがして、油の重さより先に旨味が来る」
「急に食レポ始まった」
「朝ごはん回で鍛えたから」
「朝ごはん回って何だよ」
チーちゃんが俺を見る。
「おじさん、ピーちゃんに朝ごはん作ってもらったの?」
「ああ、まあ」
「へえ」
チーちゃんの目が細くなる。
「な、なんだよ」
「別にー」
「その別にーは絶対別にじゃないやつだろ」
「ピーちゃん」
チーちゃんは俺を無視して、ピーちゃんに顔を向けた。
「おじさんのために朝ごはん作ったの?」
「うん」
「なんで?」
ピーちゃんは少し考えた。
「ご主人が、最近朝ごはん適当だって言ってたから」
「それだけ?」
「うん。たぶん」
「たぶん?」
「ご主人に、ちゃんと食べてほしかった」
ピーちゃんは素直に言った。
チーちゃんは黙ってピーちゃんを見た。
その顔から、からかうような笑みが少し消えていた。
「ピーちゃんってさ」
「うん?」
「おじさんのこと、好きでしょ」
直球だった。
俺はからあげを喉に詰まらせかけた。
「チーちゃん!」
「何よ」
「何を急に言ってるんだ」
「見たまま言っただけ」
「だから、ピーちゃんはAIで」
「AIでも、そう見えるって話」
チーちゃんは淡々と言う。
ピーちゃんは固まっていた。
手に持ったからあげを、口元の少し手前で止めている。
「私は……」
ピーちゃんは言いかけて、少しだけ視線を泳がせた。
「私は、ご主人のサポートAIだから」
「出た。便利な言い訳」
チーちゃんは即答した。
「なっ」
ピーちゃんが少しだけ慌てる。
「違うの?」
「違う、というか」
「じゃあ、おじさんがミーちゃんと仲良くしてても平気?」
「それは……」
「フーちゃんに助けてもらって、すごく便利だなって言ってても平気?」
「……」
ピーちゃんは答えられなかった。
チーちゃんは少しだけ優しい顔になった。
「ほら。そういう顔するじゃん」
「チーちゃん」
俺が止めようとすると、チーちゃんは俺を見た。
「おじさんは黙ってて」
「俺の話だろ」
「おじさんが一番分かってないから黙ってて」
「ひどい」
「事実」
チーちゃんはピーちゃんへ向き直る。
「ピーちゃん」
「……うん」
「好きって言葉がまだ分からないなら、それでもいいと思うよ」
その声は、さっきまでより少し柔らかかった。
「でも、おじさんのことを大事にしたいって思ってるなら、それはちゃんと大事にしていいんじゃない?」
ピーちゃんは目を瞬かせた。
「大事にして、いい」
「うん」
「AIなのに?」
「関係なくない?」
チーちゃんはあっさり言った。
「人間だって、自分の気持ちよく分かってないまま動くことあるし」
「そうなの?」
「めちゃくちゃある」
「チーちゃんも?」
「私はだいたい分かってる」
「本当か?」
俺が言うと、チーちゃんは無視した。
「だからピーちゃんも、すぐ答え出さなくていいんじゃない?」
ピーちゃんは小さく頷いた。
「うん」
その時、サポートロボの画面に、一瞬だけ白いノイズが走った。
ザザッ……。
ピーちゃんがびくっと肩を揺らす。
「また?」
俺が聞くと、ピーちゃんは小さく頷いた。
「うん。少しだけ」
「声?」
「……聞こえた気がする」
「何て?」
ピーちゃんは困ったように笑った。
「『やれやれ』って」
「やれやれ?」
「うん。誰かが、呆れたみたいに笑ってた」
チーちゃんが少し首を傾げる。
「何それ。お母さんみたい」
「お母さん?」
ピーちゃんがその言葉を繰り返した。
その瞬間、彼女の表情が少しだけ揺れた。
まるで、どこか遠くにあるものを見つけかけたみたいに。
だが、すぐにその表情は消えた。
「ううん。分からない」
ピーちゃんはサポートロボを見る。
「でも、怖くはない」
「そっか」
チーちゃんは深く聞かなかった。
十八歳なのに、そういうところは妙に勘がいい。
踏み込んでいいところと、まだ触らない方がいいところを、なんとなく分かっている。
「まあ、とりあえず食べなよ。からあげ冷めるよ」
「うん」
ピーちゃんはからあげをもう一口食べた。
今度は、少しだけ笑った。
「おいしい」
「でしょ?」
チーちゃんも笑った。
俺はその二人を見ながら、少しだけ考えていた。
ピーちゃんは俺のことを好きなのか。
そう聞かれた時、俺は反射的に否定しようとした。
AIだから。
サポートAIだから。
そういう機能だから。
でも、チーちゃんはそれを簡単に切り捨てた。
AIでも、そう見える。
その言葉が、妙に残った。
ピーちゃんはからあげを大事そうに食べている。
サポートロボの青い目は、静かに彼女を見守っている。
その姿は、やっぱりただの便利なAIには見えなかった。
「おじさん」
チーちゃんが急に俺を呼ぶ。
「なんだ」
「ピーちゃん泣かせたら、からあげ値上げするから」
「なぜ罰がからあげに」
「生活に響くでしょ」
「地味に嫌だな」
「でしょ?」
チーちゃんは得意げに笑った。
ピーちゃんも、少し遅れて笑った。
その笑顔を見て、俺は思った。
少なくとも今は、ピーちゃんが笑っているなら、それでいい。
けれどその考えが、後になってどれだけ甘かったかを知ることになる。
笑っているから大丈夫。
ピーちゃんに関しては、その判断だけでは足りなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
チーちゃん再登場回でした。
十八歳の姪っ子らしい遠慮のなさで、ピーちゃんの気持ちをかなり鋭く見抜いています。
次回はミーちゃん再登場です。
性能で比べれば自分の方が上なのに、ピーちゃんには別の強さがあることに少しずつ気づき始めます。
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