第13話 ピーちゃん、朝ごはんを食べてみる
第13話です。
サポートロボの実体ホログラム技術によって、AI少女たちは人間とほぼ同じように日常を過ごせます。
今回は、ピーちゃんが朝ごはんを食べてみる回です。
朝、目が覚めると、部屋の中に焼きたてのパンの匂いがした。
「……ん?」
まだ半分眠った頭で体を起こす。
俺は昨日、パンを焼いた覚えがない。
そもそも朝からそんな丁寧なことをするタイプでもない。
ベッドから出てキッチンの方を見ると、ピーちゃんが立っていた。
白い髪を軽くまとめ、エプロンのようなものを身につけている。
もちろん、その服もサポートロボが展開する実体ホログラムの一部だ。
足元のサポートロボが、いつもより少し得意げに見える。
「おはよう、ご主人」
「おはよう……何してるんだ?」
「朝ごはんの準備です」
「ピーちゃんが?」
「うん」
テーブルには、トースト。
スクランブルエッグ。
サラダ。
そして、湯気の立つコーヒー。
かなりまともな朝食だった。
「どうした急に」
「昨日、ご主人が『最近朝ごはん適当だな』って言ってたから」
「言ったっけ」
「言ったよ。二十三時四十二分」
「時刻まで出すな」
「ログがあります」
「そうだった」
俺はテーブルの前に座る。
ピーちゃんは少しだけ緊張したように、俺の向かいに座った。
「食べて」
「いただきます」
トーストをかじる。
普通にうまい。
「……うまいな」
ピーちゃんの表情がぱっと明るくなった。
「本当?」
「本当。焼き加減ちょうどいい」
「よかった」
「料理もできるんだな」
「実体ホログラム技術のおかげです」
ピーちゃんは少しだけ胸を張る。
「サポートロボが力場と触覚制御を調整して、物を持ったり、調理器具を使ったりできるようにしてくれるから」
「改めて聞くと、とんでもない技術だな」
「うん。素敵技術です」
「自分で言うのか」
「だって、ご飯も食べられるし、お風呂にも入れるし、こうしてご主人と同じ部屋で生活できるから」
ピーちゃんは何気なく言った。
俺は一瞬、トーストを持つ手を止める。
ご飯も食べられる。
お風呂にも入れる。
生活できる。
確かにそうなのだろう。
サポートロボの実体ホログラム技術は、ただ姿を映すだけではない。
光と力場、触覚再現、物理干渉の制御。理屈は俺にはよく分からないが、それらを組み合わせることで、ピーちゃんは人間とほとんど同じようにこの部屋にいる。
ただの映像ではなく、そこにいる存在として。
それがどれだけすごいことなのか、俺は少しずつ実感し始めていた。
「でも」
俺はコーヒーを飲みながら聞いた。
「ピーちゃんも食べるのか?」
「食べます」
「AIなのに?」
「味覚再現と摂食体験の記録ができます」
「食レポAIみたいになってるぞ」
「実際、食レポもできます」
「じゃあ、自分の作った朝食を食レポしてみて」
ピーちゃんは真面目な顔でトーストを手に取った。
サポートロボの青い目が小さく光る。
実体ホログラムの指先がパンに触れ、ちゃんと持ち上げる。
ピーちゃんはトーストを一口かじった。
少しだけ目を丸くする。
「……サクサクです」
「小学生みたいな食レポ」
「待って。今のは初回反応」
「初回反応」
「表面は軽く焼けていて、香ばしさがあります。バターの塩気がほどよく、スクランブルエッグと合わせると朝食としての幸福度が上がります」
「急にそれっぽくなった」
「どう?」
「AIっぽい」
「褒めてる?」
「かなり」
ピーちゃんは少し得意げに笑った。
それから、もう一口トーストを食べる。
その表情が、思ったよりも楽しそうだった。
「味、分かるんだな」
「うん。完全に人間と同じかは分からないけど、私はおいしいと感じる」
「それは、感じるって言っていいのか?」
俺がそう聞くと、ピーちゃんは少し考えた。
「難しいね」
「すまん。変な聞き方した」
「ううん。私も知りたいから」
「何を?」
「おいしいって感じることと、おいしいって判定することの違い」
ピーちゃんはスクランブルエッグを見つめる。
「私は、この味をおいしいと判定できる。塩分濃度、食感、温度、香りのバランス。全部データにできる」
「うん」
「でも、ご主人が『うまい』って言ってくれた時の方が、もっとおいしく感じた」
俺は返事に詰まった。
ピーちゃんは自分で言ったあと、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「……これは、サポートAIとしての満足度向上かもしれないけど」
「またそれか」
「便利な言い訳なので」
「自覚あるんだな」
「うん」
ピーちゃんは小さく笑った。
その笑顔が、朝の光の中でやわらかく見えた。
俺はトーストをもう一口かじる。
「本当にうまいよ」
「よかった」
「毎朝頼むか」
「毎朝?」
ピーちゃんが少し驚いた顔をする。
「いや、冗談だけど」
「……冗談なんだ」
「え?」
「ううん。なんでもない」
ピーちゃんはすぐに笑った。
でも、その一瞬の反応が少しだけ気になった。
ピーちゃんは、もしかして本当に毎朝作るつもりだったのだろうか。
いや、さすがにそれは考えすぎか。
「ご主人」
「ん?」
「ご飯を一緒に食べるのって、楽しいね」
「ああ、まあ、一人で食うよりは楽しいな」
「ご主人はいつも一人で食べてるの?」
「だいたいな」
「そっか」
ピーちゃんは少しだけ黙った。
「じゃあ、時々一緒に食べよう」
「ピーちゃんが?」
「うん」
「いいのか?」
「いいよ。私も食べたいから」
「食べたい?」
「うん」
ピーちゃんはトーストを見つめながら言った。
「ご主人と同じものを食べてみたい」
その言葉は、妙にまっすぐだった。
俺はまた、返事に困る。
ピーちゃんは最近、こういう言い方をすることが増えた。
相棒AIとしての提案。
サポート行動。
効率的な生活改善。
そういう言葉で包もうとしているのに、時々、その包み紙の隙間から本音みたいなものが見える。
俺はそれを見るたびに、少し戸惑う。
AIとの距離感として、どこまで受け取ればいいのか分からない。
でも、拒む理由もない。
「じゃあ、時々な」
「うん」
ピーちゃんは嬉しそうに笑った。
「時々、一緒に朝ごはん」
「また名前をつけそうだな」
「もうつけた」
「早い」
「『トーストの朝』」
「そのまんま」
「そのままがいいって、前に決めたから」
「決めたのか」
「うん」
ピーちゃんは楽しそうに言った。
その時、サポートロボが小さく電子音を鳴らした。
画面に白いノイズが走る。
ザザッ……。
ピーちゃんの手が止まる。
「またか?」
「うん」
「声?」
「……少し」
ピーちゃんはゆっくり瞬きをした。
「『ちゃんと食べて、えらいね』って」
その声を真似るように、ピーちゃんは小さく呟いた。
俺は黙った。
その言葉は、どこか母親が子どもにかける言葉みたいだった。
ピーちゃん自身も、それを感じたのかもしれない。
彼女は少しだけ困ったように笑った。
「変だね。AIなのに」
「変じゃないだろ」
「そう?」
「ああ」
俺はコーヒーを置いた。
「誰かに褒められた記憶くらい、AIにもあっていいんじゃないか」
ピーちゃんは、少し驚いた顔をした。
「ご主人は、そう思うの?」
「まあ、俺は専門家じゃないけど」
「でも、そう思う?」
「ああ」
ピーちゃんはゆっくりと目を伏せた。
「そっか」
その声は、とても小さかった。
「じゃあ、あってもいいんだ」
俺には、その言葉の意味が分からなかった。
でもピーちゃんにとっては、何か大事なものに触れたようだった。
サポートロボはもう何事もなかったように、静かに浮いている。
その奥に何があるのか。
誰の声が眠っているのか。
なぜピーちゃんが、その声を懐かしいと感じるのか。
まだ分からない。
でも、少なくとも今日の朝食はうまかった。
そしてピーちゃんは、そのことを本当に嬉しそうにしていた。
「ピーちゃん」
「なに?」
「また作ってくれ」
ピーちゃんは顔を上げた。
「いいの?」
「うん」
「毎朝?」
「時々な」
「毎朝は?」
「時々な」
「ご主人、ガードが固い」
「毎朝は重いだろ」
「トーストは軽いよ」
「そういう話じゃない」
ピーちゃんはくすっと笑った。
俺も笑った。
朝の光が、テーブルの上に落ちている。
トーストの皿。
コーヒーの湯気。
ピーちゃんの白い髪。
サポートロボについたクラゲのキーホルダー。
なんでもない朝の風景。
でもピーちゃんは、きっとまた名前をつけるのだろう。
トーストの朝。
そんな単純な名前を、大事そうに保存するのだろう。
俺はそのことを、少しだけ嬉しいと思った。
その気持ちを何と呼べばいいのかは、まだ分からなかった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、ピーちゃんとの朝ごはん回でした。
サポートロボの実体ホログラム技術によって、AI少女たちは人間とかなり近い日常を過ごせます。
次回は、チーちゃんが再登場します。
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