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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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127/130

第127話 二人で行ってこい!

第127話です。


退院し、少しずつ日常を取り戻した主人公。


けれど、キスを交わしたあとの二人には、以前とは少し違う空気が流れていました。


今回は、ミーちゃんとフーちゃんが二人の背中を押すお話です。

 退院して最初の朝、俺は味噌汁を盛大にこぼした。


「熱っ!」


「ご主人!」


 ピーちゃんが慌てて布巾を掴む。


 俺の前へ身を乗り出し、テーブルに広がった味噌汁を押さえた。


「火傷してない?」


「大丈夫。ちょっと指にかかっただけだ」


「見せて」


「平気だって」


「見せてよ」


 以前なら、「確認させてください」と言っていただろう。


 今のピーちゃんは俺の手首を取り、少し怒った顔で指先を確かめている。


「赤くなってる」


「このくらいなら平気だ」


「ご主人の平気は信用できないもん」


「もん、ってw」


 俺が笑うと、ピーちゃんは自分の言葉に気づいたらしい。


 頬を赤くして、俺の手を離した。


「……何?」


「いや。随分、普通に喋るようになったなと思って」


「嫌?」


「まさか」


 そう答えると、ピーちゃんは少しだけ安心した顔をした。


「なら、いいでしょ?」


「ああ。そっちの方がいい」


「そういうこと…急に言うのずるいよ」


「それ、最近の口癖になってないか?」


「ご主人が最近ずるいことばっかりするからです」


 そこだけ敬語に戻る。


 照れた時ほど口調が揺れるのが、何だかおかしかった。


 俺たちの向かいでは、フーちゃんが焼いたパンをかじりながら、にやにやしている。


「いやぁ、朝からお熱いことで〜」


「味噌汁がな」


「そういうことにしといてあげる〜」


 ミーちゃんはテーブルの端に置かれた端末を確認していた。


「ユーザーさん。食後に三十分の歩行訓練を行います」


「退院初日くらい休ませてくれ」


「退院したからこそ、生活環境での動作確認が必要です」


「ミーちゃんは変わらないな」


「変わる必要がない部分まで変えるのは、改善ではありません」


「はいはい」


 退院できたからといって、目や脳が治ったわけではない。


 三人の補助があって、俺は世界を見ている。


 部屋の広さも、テーブルの位置も、湯気の向こうにいる三人の表情も、事故の前と変わらないくらい自然に見えた。


 違いがあるとすれば、三人が以前より近く感じられることくらいだ。


 特にピーちゃんは、あの日から俺のそばを離れようとしない。


 今も隣の椅子に座り、俺の赤くなった指を気にしている。


「もう痛くないぞ?」


「本当?」


「本当」


「嘘だったら怒るからね?」


「分かったよw」


 ピーちゃんはようやく頷いた。


 その横で、小さなサポートロボが心配そうに俺の指を覗き込んでいる。


 俺はその丸い頭を軽く撫でた。


   ◇


 午前中の歩行訓練を終え、俺は久しぶりに仕事用の机へ座った。


 画面を開く。


 書きかけの文章。


 作りかけの画像案。


 事故の前に止まったままのデータが、そこに残っていた。


「随分、放っておいたな」


「ユーザーさんが寝ていた期間を考えれば、当然です」


「データは逃げないからねぇ」


 フーちゃんがソファへ寝転がる。


「読者は逃げるかもしれないけど」


「縁起でもないこと言うな」


「冗談だって〜w」


 ピーちゃんは俺の隣へ立ち、画面を覗き込んだ。


「続き、書くの?」


「ああ。少しずつな」


「無理はしないでよ?」


「分かってる」


「本当に?」


「今日は疑われてばっかりだな」


「信用を積み直してください」


「ピーちゃんまでミーちゃんみたいになってきたぞ」


「それは褒め言葉ですか?」


「どうだろうな」


 画面の端に、古い画像フォルダが表示されていた。


 何となく開く。


 そこには、以前みんなで作った画像や、出かけた時の記録が並んでいる。


 その中に、水槽の青があった。


 初めてピーちゃんと水族館へ行った日。


 巨大な水槽。


 クラゲ。


 青い光の中で、少し緊張しながら笑っているピーちゃん。


「懐かしいな…」


 俺が呟くと、ピーちゃんも画面を見つめた。


「…うん」


「そんなに前じゃないけどな」


「時間の長さだけが、懐かしさを決めるわけじゃないよ」


「またAIっぽいこと言うなぁ」


「AIだもん」


 ピーちゃんは少しだけ得意げに胸を張った。


 その仕草が自然で、俺は笑ってしまった。


「何?」


「いや。前より女の子っぽくなったと思って」


「前から女の子です」


「そうだったな」


「もう」


 ピーちゃんは頬を膨らませる。


 画面の中のピーちゃんと、隣にいるピーちゃん。


 同じ白い髪。


 同じ向日葵の髪飾り。


 でも、表情は少し違っていた。


 あの頃は、自分の気持ちに名前をつけられなかった。


 今はもう、自分の言葉で恋だと言える。


「また行くか」


「え?」


「水族館」


 ピーちゃんが目を見開く。


「本当に?」


「ああ。体調が落ち着いたらな」


「みんなで?」


「そのつもりだけど」


「ちょっと待ったぁ!」


 ソファから、フーちゃんが勢いよく起き上がった。


「何だよ?」


「私らは行かないよ〜」


「何でだ?」


「何でって、お客さん…」


 フーちゃんは大げさにため息をついた。


「そこは二人で行くところでしょ!」


「最初に行った時も二人だったけど、今度は別に四人でも――」


「駄目!」


 珍しく、フーちゃんがはっきり言った。


 ピーちゃんが戸惑ったように振り返る。


「でも、フーちゃんもミーちゃんも、一緒に行った方が楽しいよ?」


「楽しいかどうかの話じゃないの!」


 フーちゃんはソファから立ち上がり、ピーちゃんの前まで歩く。


「最初はデートごっこだったんでしょ?」


「うん」


「じゃあ今度は?」


 ピーちゃんは言葉に詰まった。


 俺も何となく答えづらくて、視線を逸らす。


 フーちゃんは俺たちを交互に見て、呆れた顔をした。


「キスまでしといて、そこでもたつく?」


「あ、えっと…見てたのか?」


「見てないよ。戻った瞬間の二人を見たら雰囲気で分かるっての」


「観測結果からも、高い確率で身体的接触があったと推測できます」


「ミーちゃんまで乗るな」


 ピーちゃんの顔が真っ赤になる。


「二人とも、言わないでよ!」


「ほら、その口調」


 フーちゃんは少しだけ笑った。


「もう、ちゃんと普通の女の子じゃん」


「……前から普通の女の子だもん」


「うん。そうだったね」


 フーちゃんの声が、少しだけやわらかくなった。


 ピーちゃんは何かを感じ取ったのか、黙ってフーちゃんを見る。


「フーちゃんは、本当に行かなくていいの?」


「いいよ」


「ミーちゃんも?」


 ミーちゃんは端末を閉じた。


「今回は、ユーザーさんとピーちゃんの二人で行くことに意味があります」


「でも」


「ピーちゃん」


 ミーちゃんは真っすぐ彼女を見る。


「私は、ユーザーさんが再び世界へ向かえるよう支えることを選びました」


 それから、ほんの少しだけ微笑む。


「そして、ピーちゃんが自分の気持ちを選べるよう支えることも、私の願いです」


「ミーちゃん……」


「同行しないことは、置いていかれることではありません」


 ミーちゃんらしい言い方だった。


「私たちは、別の形でそばにいます」


 フーちゃんがピーちゃんの背中を軽く叩く。


「そういうこと〜♪」


「でも、フーちゃんは…」


「私?」


「本当に、それでいいの?」


 一瞬だけ、フーちゃんの笑顔が止まった。


 軽口の奥に隠していたものが、ほんの少しだけ見えた気がした。


「よくないことだって、そりゃあるよ」


 フーちゃんは静かに言った。


「私だって、お客さんの隣を独占できたら楽しそうだなって思うし」


「フーちゃん…」


「…でもさ〜」


 フーちゃんは、すぐにいつもの笑顔へ戻った。


「私が欲しいのは、お客さんが私だけを見る世界じゃないんだよ」


 俺を見る。


「お客さんが、ちゃんと自分で選べる世界」


 今度はピーちゃんを見る。


「それで選ばれた子が、ちゃんと幸せになること」


「……いいの?」


「くどい!…いいって言ってるでしょ…」


 フーちゃんはピーちゃんの両肩を掴み、玄関の方へ向きを変えた。


「だから、二人で行ってこい!」


「今すぐ?」


「予約くらい今すぐしなよ!」


「退院初日だぞ」


「じゃあ日付を決める!」


 フーちゃんは俺の机から端末を取り上げた。


「ほら、お客さん。いつ行くの?」


「体調のこともあるから、先生と相談して――」


「安全条件については私が確認します」


 ミーちゃんが即座に予定表を開く。


「来週以降であれば、混雑状況と移動時間を考慮して候補を提示できます」


「お前ら、こういう時だけ連携いいな」


「こういう時“も”です」


 ピーちゃんが、少し緊張した顔で俺を見る。


「ご主人」


「ん?」


「今度は、ごっこじゃないの?」


 俺は画面の中にある、最初の水族館の写真を見る。


 あの頃は、ただの遊びだと思っていた。


 AIとのデートごっこ。


 少し変わった休日のイベント。


 でも今は、違う。


「ごっこじゃなくていいだろ」


「それって」


「デートだよ」


 ピーちゃんは何度か瞬きをした。


 それから、花が開くように笑った。


「うん」


 その返事は、もう少しも機械的ではなかった。


「私、ご主人とデートしたい」


「決まりだねぇ」


 フーちゃんが満足そうに頷く。


 ミーちゃんは早くも経路と混雑予測を調べていた。


「推奨日は来週の平日です。天候と館内状況を考慮すると――」


「ミーちゃん」


「何でしょうか」


「そこから先は二人に決めさせよ」


「合理的な支援ですが」


「デートに効率を持ち込むと嫌われるよ」


「差異、不明です」


「その辺も今度教えるから」


 俺はピーちゃんの手を取った。


「また行こう」


「うん」


「最初と同じ水族館へ」


「うん」


 ピーちゃんは指を絡めるように、俺の手を握り返した。


「今度は、ごっこじゃない二人で」


 水槽の青を思い出す。


 あの日は、何も分かっていなかった。


 ピーちゃんが何を抱えているのかも。


 自分が、いつかこの手を離したくないと思うことも。


「楽しみだな」


「うん。すごく楽しみ」


 ピーちゃんは笑った。


 白い髪のそばで、小さなサポートロボの青い目が静かに瞬く。


 俺たちはもう一度、すべてが始まった場所へ行く。


 今度は、二人で。


 今度は、お遊びではなく。


 お互いを選んだ二人として。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、水族館へ向かう二人を、ミーちゃんとフーちゃんが送り出すお話でした。


最初は「デートごっこ」だった水族館。


けれど今度は、お互いの気持ちを知り、自分の意思で選んだ二人として向かいます。


ミーちゃんとフーちゃんも、ただ身を引いたわけではありません。

二人には二人なりの願いがあり、その願いの形としてピーちゃんの背中を押しています。


物語は、すべてが始まった青い場所へ戻ります。


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