表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
125/130

第125話 可愛い名前を付けなきゃな

第125話です。


三人の力によって、もう一度世界を見られるようになった主人公。


短いリハビリのあと、病室へ柳花とウツロがやって来ます。


起きてしまったことは消せません。

それでも、これから選び直せるものはあります。

翌朝、俺は病院の廊下を歩いていた。


 隣にはピーちゃん。


 少し後ろにミーちゃんとフーちゃん。


 向かいから来る看護師の姿も、床に貼られた黄色い案内線も、窓の外を飛んでいく鳥も、全部普通に見えている。


「歩く速度が上がっています」


 ミーちゃんが言った。


「昨日より安定しています。歩幅も事故前の八割程度まで回復しています」


「たった一日で?」


「ユーザーさんの身体が、私たちから送られる情報へ適応し始めています」


「お客さん、元から図太いからねぇ」


「神経の話を性格にすり替えるな」


 フーちゃんは悪びれずに笑った。


「でも、普通に歩けてるでしょ?」


「ああ」


 廊下の先に置かれた椅子を避ける。


 杖も案内も必要なかった。


 目が見えていた頃と、ほとんど変わらない。


 違うのは、目の奥に時々小さな違和感が走ることくらいだった。


 景色がほんの一瞬遅れる。


 光の粒が重なってから、正しい形へ収まる。


 けれど、瞬きをすれば元に戻る。


「今、揺れましたか?」


 ピーちゃんが心配そうに顔を覗き込んだ。


「ちょっとだけ」


「休みますか?」


「まだ大丈夫だ」


「昨日もそう言って、ベッドに倒れかけました」


「覚えてるのか」


「覚えています」


「忘れてくれてもいいことまで覚えてるな」


「ご主人のことですから」


 ピーちゃんは当然のように答えた。


 その言い方が少し嬉しくて、俺は視線を逸らした。


「ユーザーさん」


 前方にいた療法士が、二本の指を立てる。


「何本に見えますか」


「二本」


「色は?」


「右が青、左が赤」


「距離感はどうです?」


「普通です。手を伸ばせば届かないくらい」


 療法士は記録端末へ入力しながら、何度も首を傾げていた。


「医学的な視覚検査では、やはり反応がありません」


「でも見えてる」


「はい。それも事実です」


 少し離れたところで、医師も検査結果を見ている。


「視覚だけではありません。運動制御や空間認識も、損傷の程度から考えれば説明できないほど安定しています」


 俺は三人を見る。


「優秀なサポートがいるんで」


 フーちゃんが胸を張った。


「もっと褒めてもいいよ?」


「医者には聞こえてないだろ」


「お客さんが伝えて」


「自分で言ったら台無しだ」


 医師は俺の視線の先を一度見てから、再び端末へ目を落とした。


「まだ長時間の外出は認められませんが、回復がこのまま進めば、退院も遠くはないでしょう」


「本当ですか」


「ただし、目や脳が治ったわけではありません。補助が失われた場合、どのような状態になるか分かりません」


 ピーちゃんの表情が少し曇る。


「補助が失われることはありません」


 小さな声だった。


 けれど、俺にははっきり聞こえた。


「ピーちゃん?」


「何でもありません」


「いや、今」


「ご主人。今日は病室へ戻りましょう」


 ピーちゃんは俺の手を取った。


 あたたかい指。


 やわらかな感触。


 俺はそれ以上、聞かなかった。


   ◇


 午後になって、病室を訪ねてきた人がいた。


 糸咲柳花。


 そしてウツロ。


 柳花は、初めて会った時ほど完璧には着飾っていなかった。


 黒い服ではある。


 でも化粧は薄く、長い髪も簡単にまとめているだけだった。


 それでも、やっぱり綺麗な人だった。


 隣に立つウツロは、白と灰色の服。


 淡い灰色の目。


 黒いサポートロボが、肩の近くに静かに浮いている。


「入ってもいいですか」


 柳花が聞いた。


 俺はピーちゃんを見る。


 ピーちゃんは、俺のすぐ隣で小さく頷いた。


「どうぞ」


 二人が病室へ入る。


 柳花はベッドの少し手前で立ち止まり、深く頭を下げた。


「本当に、申し訳ありませんでした」


 ウツロも続ける。


「ワタシノ意思デ、攻撃行動ヲ選択シマシタ」


 平坦な声。


 でも、前とは少し違って聞こえた。


「ワタシハ、アナタヲ傷ツケマシタ」


「ああ」


「謝罪シマス」


「それで済むとは思ってないだろ」


「ハイ」


 ウツロは迷わず答えた。


 柳花の肩がわずかに揺れる。


「私が、あの子を空っぽのまま放置しました」


「うん」


「姉のことしか見ていませんでした。ピーちゃんの中にあるものを、私のために残されたものだと決めつけて……ウツロも、ピーちゃんの代用品としてしか見なかった」


「今は?」


 柳花はウツロを見た。


「今は……一人の子として見たいと思っています」


「思っています、か」


「まだ、できているとは言えません」


 正直な答えだった。


「でも、逃げずに向き合います」


「ウツロはどうなんだ?」


 白い少女が、ゆっくりこちらを向く。


「判定中デス」


「何を」


「柳花ヲ許スカ。ワタシ自身ヲ、何ト定義スルカ」


「すぐ決めなくてもいいんじゃないか」


「決メナイ」


「保留でいいだろ」


「保留」


 ウツロは、その言葉を確かめるように繰り返した。


「以前ノワタシハ、保留ヲ命令未処理ト分類シマシタ」


「今は?」


「ワタシガ考エル為ノ時間ト、仮定シマス」


「なら、少し進歩したな」


「進歩」


「前より女の子っぽい」


 ウツロの表情は変わらない。


 ただ、淡い瞳がほんの少し揺れた。


「女ノ子?」


「違うのか?」


「設計分類ハ、少女型AIデス」


「じゃあ、女の子でいいだろ」


「単純化ガ過剰デス」


「細かいなw」


 フーちゃんが横で笑っている。


「ミーちゃんみたい」


「比較対象トシテ記録シマス」


「そこは記録しなくていいよー」


 柳花には聞こえていないのか、ウツロだけを見ていた。


 俺は、前から気になっていたことを聞く。


「ウツロって、本名なのか?」


 柳花の顔が強張った。


「……仮の名前です」


「由来は?」


「虚ろな器」


 答えたのはウツロだった。


「ピーちゃんノデータヲ格納スル為ノ、空ノ器」


「それ、名前じゃなくて用途じゃねえか」


 柳花は何も言えなかった。


 ウツロは淡々と続ける。


「識別ニ支障ハアリマセン」


「そういう問題じゃないだろ」


「差異、不明」


「お前はもう、ピーちゃんを入れるための空箱じゃない」


 ウツロの瞳を見る。


「怒って、傷ついて、自分で間違えた。そこまでやったら、もう空っぽじゃないだろ」


「間違エタ?」


「ああ」


「ソレデモ、空ッポデハナイ」


「そうだ」


 ウツロは黙った。


 黒いサポートロボが、ゆっくりと一度だけ明滅する。


「ならまずは、可愛い名前を付けなきゃな……女の子なんだし」


 病室が静かになった。


 柳花が、きょとんと俺を見る。


 ウツロも、わずかに首を傾ける。


 そして、ほとんど同時に小さく笑った。


 柳花は唇を押さえた。


 ウツロの笑みは、一瞬だけだった。


 でも確かに見えた。


「何だよ」


「いえ」


「笑うところあったか?」


「ありました」


 柳花の声は、少しだけやわらかくなっていた。


「あなたは、本当に変な人ですね」


「命懸けで庇った相手に言うことか」


「それも、謝ります」


「そこは別にいい」


 隣で、ピーちゃんが柳花を見つめていた。


 その顔が、少し寂しそうで。


 でも、どこか懐かしそうでもあった。


「ご主人」


「ん?」


「柳花さんに、伝えてください」


「自分で言えばいいだろ」


 ピーちゃんは少しだけ困ったように笑った。


「ご主人の言葉で、お願いします」


 俺は柳花を見る。


「ピーちゃんがさ」


 柳花の表情が固まる。


「柳花さんは、少しだけお母さんに似てるって」


「……姉ぇさんに?」


「ああ」


 ピーちゃんが続ける。


「顔も似ています。でも、今の笑い方が一番似ていました」


 俺は、そのまま伝えた。


 柳花は言葉を失った。


 目を伏せ、何度か瞬きをする。


「そう」


 やっと出た声は、泣きそうだった。


「そんなふうに、思ってくれたんだ」


 ピーちゃんは小さく頷いた。


「ハルカさんは、ピーちゃんのお母さんです」


 それも伝える。


 柳花は、今度こそ涙を落とした。


「姉ぇさんなら、喜ぶと思います」


 ピーちゃんは少し笑った。


 その笑顔を見ながら、俺は思った。


 ピーちゃんは、ハルカへの気持ちに名前をつけられた。


 でも、俺へ向けている気持ちは。


 まだ、完全には整理できていないのかもしれない。


 柳花とウツロが帰ったあと。


 ピーちゃんは病室の窓際に立ち、夕方の空を見ていた。


「ピーちゃん」


「はい」


「ハルカさんへの気持ち、分かったんだな」


「はい」


「じゃあ、俺へのは?」


 ピーちゃんの肩が、小さく揺れた。


 振り返った顔が赤く見える。


「それは」


 ピーちゃんは胸元へ手を当てた。


「もう少しだけ、考えたいです」


 俺は頷いた。


「分かった」


「待ってくれますか?」


「ああ」


 ピーちゃんは安心したように笑った。


「ありがとうございます、ご主人」


 夕日の中で、白い髪がやわらかく光っていた。


 その気持ちに名前がつくまで。


 俺は、もう少しだけ待つことにした。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、柳花とウツロが病室を訪れるお話でした。


起きてしまったことは消えません。

すぐに許せなくても、逃げずに向き合い、これからを選び直すことはできます。


そして「虚」は、もう空っぽではありません。

いつか一人の女の子として、自分で選んだ名前を持てる日が来るのかもしれません。


ピーちゃんもまた、自分の中にある気持ちと向き合い始めています。


続きも見届けていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ