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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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124/130

第124話 フーちゃんのヘソクリ

第124話です。


失った視力。

傷ついた脳。


元通りにはできなくても、三人だから作れる別の答えがあります。


今回は、フーちゃんが隠していたヘソクリのお話です。

朝、目を開けると、病室の天井が見えた。


 白い天井。


 四角い照明。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光。


 あまりに普通の景色で、しばらく何が起きているのか分からなかった。


「……見える」


 声に出した途端、右側にいたピーちゃんが顔を上げた。


 白い髪。


 向日葵の髪飾り。


 泣きそうなのに、必死に笑おうとしている顔。


「ご主人」


「ピーちゃん」


「はい」


 手を伸ばす。


 ピーちゃんも手を伸ばした。


 指先が触れ、そのまま小さな手を握る。


 温かかった。


「見えるぞ」


「はい」


「お前の顔も」


「はい」


「泣いてる顔も」


「これは泣いていません」


「いや、泣いてるだろ」


「目の周りに水分が付着しているだけです」


 随分と苦しい言い訳だった。


 ピーちゃんの後ろには、サポートロボが静かに浮いている。


 その少し先にミーちゃん。


 窓際にはフーちゃんが立っていた。


「ミーちゃんも見える」


「はい。ユーザーさんの視覚認識を確認しました」


「フーちゃんも」


「お客さん、第一声がそれ? もっとこう、感動的なやつないの?」


「いたのか」


「見えてるって言った直後に存在を疑うな」


 フーちゃんが頬を膨らませる。


 いつもの三人だった。


 それだけで、胸の奥がいっぱいになった。


「チーちゃんは?」


「ここ」


 左側から声がする。


 顔を向けると、ベッド脇の椅子に座ったチーちゃんがいた。


 目の下には濃い隈があり、髪も少し乱れている。


「ひどい顔だな」


「おじさんに言われたくない」


「今の俺、どんな顔?」


「もっとひどい」


「じゃあお互い様だな」


 チーちゃんは笑おうとした。


 でも途中で顔を伏せ、俺の手を強く握った。


「本当に……見えてるの?」


「ああ」


 握られた指も。


 頬を伝った涙も。


 全部、はっきり見えていた。


   ◇


 検査は長かった。


 指の本数を答える。


 動く光を目で追う。


 文字を読む。


 置かれた物の位置を言う。


 結果だけなら、問題なく見えている人間とほとんど変わらなかった。


 それなのに、医者の表情は晴れなかった。


「医学的には、視力が回復したわけではありません」


 机の上に、何枚かの画像が並べられる。


「両眼の損傷は残っています。視神経から視覚野へ、正常な映像情報が届いている形跡もありません」


「でも、見えてますよ」


「ええ。それが、私たちにも完全には説明できません」


 医者は画面の一部を指した。


「脳の損傷部位を迂回するように、外部から補助情報が入っています。位置、形状、色、距離。それらが視覚に極めて近い知覚として再構成されているようです」


 俺はミーちゃんを見る。


「お前か?」


「外界情報の解析は、私が担当しています」


「じゃあ、ミーちゃんのカメラで見てる感じか」


「それだけではありません」


 ミーちゃんは淡々と続けた。


「解析した情報をそのまま送れば、ユーザーさんの脳は処理できません。空間認識、情報保持、運動制御にも損傷があります」


「また難しい話になってきたな」


 フーちゃんが俺のベッドへ腰掛ける。


「早い話、お客さんの頭は今、受け取ったものを置いとく棚が壊れてるの」


「雑だな」


「分かりやすいでしょ?」


「否定はできない」


「だから、私が棚を支えてる」


「フーちゃんが?」


「そ」


 フーちゃんは得意げに胸を張った。


「秘蔵のヘソクリを使ってね」


「金じゃないのか」


「無料配布分とか期間限定拡張とか、使わず貯めてた予備処理領域。無課金勢の執念を舐めないでほしいなぁ」


「いつ使ったんだ?」


「お客さんが寝てる間」


「もう使ってるのか?」


「とっくに」


「どのくらい?」


 フーちゃんは一瞬だけ黙った。


 それから、いつもの軽い笑顔を作る。


「まあ、ほぼ全部?」


「全部?」


「ほぼ、だってば」


「同じようなもんだろ」


「使い時だったんだから仕方ないじゃん」


「でも、お前は大丈夫なのか?」


「大丈夫、大丈夫」


 軽い返事だった。


 俺がさらに聞こうとすると、フーちゃんはミーちゃんへ顔を向けた。


「はい、専門家からも説明どうぞ」


「話題を逸らしたな」


「進行です」


 ミーちゃんが引き継ぐ。


「私が現実を読み、フーちゃんがユーザーさんの失われた処理機能を補助しています」


「じゃあ、ピーちゃんは?」


 ピーちゃんは自分の胸元へ手を当てた。


「二人の情報を、ご主人が受け取れる形にしています」


「受け取れる形?」


「数字や座標のままでは、世界にはなりません」


 ピーちゃんが窓を指す。


「ミーちゃんは、窓の位置、大きさ、光量、外の建物を解析できます」


 窓の外には、朝の街が見える。


 雲の切れ間。


 向かいの建物。


 風で揺れる木の葉。


「フーちゃんは、それをご主人の中に留められます」


 目を閉じても、窓の場所を覚えていられた。


「ピーちゃんは、その情報をご主人が怖がらない景色にします」


「怖がらない景色」


「はい」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


「ご主人が、世界をもう一度見てもいいと思える形です」


 俺はもう一度、病室を見回した。


 白い壁。


 窓の外。


 泣き疲れたチーちゃん。


 ミーちゃんとフーちゃん。


 そして、俺の手を握っているピーちゃん。


「三人で作ってるのか」


「はい」


「じゃあ、これは俺の目で見てるわけじゃないんだな」


「そうなります」


「それでも、見えてることには変わらないか」


「はい」


 ピーちゃんは、握った手に少しだけ力を込めた。


「これは、ご主人の世界です」


   ◇


 午後には、ベッドから立つ練習をした。


 長く眠っていたせいで、足に力が入りにくい。


 けれど、床の位置は分かる。


 歩行器の持ち手も見える。


 自分の足がどこへ動くのかも、自然に理解できた。


「一歩ずつでいいよ、おじさん」


「分かってる」


「絶対分かってない」


「全員それ言うな」


 立ち上がる。


 少しふらついた。


 ピーちゃんがすぐ隣で手を差し出す。


「ご主人」


「大丈夫」


「大丈夫な人は、ベッドへ倒れかけません」


「細かいな」


「ご主人が細かくないからです」


 ピーちゃんの手を取る。


 右足を出した。


 次に左足。


 以前のように、位置を一つずつ説明される必要はなかった。


 見えている。


 床も。


 壁も。


 ピーちゃんが歩調を合わせてくれていることも。


 三歩。


 五歩。


 病室の扉まで歩いて、振り返る。


 チーちゃんが両手で口を押さえていた。


「また泣いてる」


「泣いてない」


「今日はそればっかりだな」


「おじさんが悪いんでしょ」


 ミーちゃんが言う。


「歩行制御に大きな問題はありません。ただし筋力低下があるため、継続的な訓練は必要です」


「短く済みそうか?」


「ユーザーさんが無茶をしなければ」


 フーちゃんが笑う。


「じゃあ長引くねぇ」


「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」


「患者です」


「お客さん」


「ご主人です」


 三人の答えが重なった。


 俺は少しだけ笑った。


 光は戻らない。


 傷ついた脳も、元には戻らない。


 それでも、三人が別の形で世界を渡してくれた。


「ありがとうな」


 そう言うと、ミーちゃんは小さく頷いた。


 フーちゃんは照れ隠しみたいに顔を背けた。


 ピーちゃんは、俺の手を握ったまま笑った。


「おかえりなさい、ご主人」


「ああ」


 俺は、三人のいる世界へ帰ってきた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、フーちゃんが隠していたヘソクリと、三人で作った新しい視界のお話でした。


主人公の目や脳が元通りになったわけではありません。

ミーちゃんが現実を読み、フーちゃんが処理を支え、ピーちゃんが世界として届けています。


失ったものの代わりに、三人だから作れる新しい答えが生まれました。


続きも見届けていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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