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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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123/130

第123話 世界の輪郭

第123話です。


光を失った主人公にとって、病室は何もない暗闇です。


けれど、見えないことと、世界が消えてしまうことは同じではありません。


今回は、ミーちゃんが世界の輪郭を作り始めます。

目を覚ましてから、時間の感覚がなくなった。


 明るいのか。


 暗いのか。


 朝なのか。


 夜なのか。


 誰かに教えられなければ分からない。


「現在、午前8時12分です」


 ミーちゃんの声が聞こえた。


「朝食が運ばれています」


「何が来た?」


「お粥、味噌汁、煮物、ヨーグルトです」


 フーちゃんがすぐに口を挟む。


「病院食って、甘いやつ少なくない?」


「ヨーグルトがあります」


「無糖じゃん」


「確認できません」


「絶対無糖の声してる」


 俺は少し笑った。


 頭に響いて、すぐ後悔した。


「痛みがありますか?」


「ちょっとな」


「会話量を下げます」


「そこまでしなくていい」


「ユーザーさんは、自分の負荷を低く申告する傾向があります」


「相変わらずだな、ミーちゃん」


「はい」


 その返事が、いつも通りで安心した。


 右手を動かす。


 何かに触れようとしても、空気しかない。


「スプーンはどこだ?」


「右手から26cm高さはベッドテーブル上、取っ手がユーザーさんの方向を向いています」


「細かいな」


「必要です」


 言われた通り、手を伸ばす。


 何もない場所を探るのは怖かった。


 途中でテーブルの縁に指が当たる。


「そこから右へ11cmです」


 指を滑らせる。


 冷たい金属に触れた。


「あった」


「はい」


 ただスプーンを見つけただけなのに、少し嬉しかった。


「すごいな、ミーちゃん」


「私は位置情報を伝えただけです。発見したのはユーザーさんです」


「そういうところ、真面目だよな」


「褒め言葉として受け取ります」


 スプーンを持ち上げた。


 でも、器の場所が分からない。


「お粥の器は左前方、15cmです」


「待て、右とか左とか、言われると一瞬分からなくなる」


 頭の中で、言葉が絡まった。


 右。


 左。


 前。


 どれがどれだったか、急に曖昧になる。


 息が速くなった。


「ご主人」


 ピーちゃんの声が近くなる。


「スプーンを、一度置きましょう」


「でも」


「朝ごはんは逃げません」


 フーちゃんが言う。


「ヨーグルトは私が狙ってるけどね」


「病人の飯を狙うな」


「ツッコめるなら大丈夫」


 スプーンを置いた。


 深く息を吸う。


「ユーザーさん」


 ミーちゃんの声が少しゆっくりになった。


「情報量を減らします」


「悪い」


「謝罪は不要です」


「でも、ミーちゃんが説明してくれてるのに」


「私が説明したい量と、ユーザーさんが受け取れる量は同じではありません」


 その言葉が、すっと胸に入った。


「全部を渡すことが、支えることではありません」


「……そうだな」


「まず、器が一つあります」


「うん」


「ユーザーさんの手の前にあります」


「うん」


「指を伸ばしてください」


 手を前に出す。


 器の縁に触れた。


「これか」


「はい」


「輪郭が分かった」


 器の丸み。


 温度。


 重さ。


 見えなくても、そこにある。


「次はスプーンです」


「さっき右に置いた」


「はい。覚えています」


「俺が?」


「ユーザーさんが、です」


 もう一度手を伸ばす。


 今度は少し迷っただけで、スプーンに触れた。


 病室の椅子が小さく鳴った。


「チーちゃん、いるか?」


「いるよ」


「どこ?」


「左」


 また左が分からなくなりかけた。


 ミーちゃんが補う。


「ユーザーさんの左手側1m椅子に座っています。両手を膝の上で握っています」


「そこまで分かるのか」


「はい」


「チーちゃん、また泣いてる?」


「泣いてない」


 ミーちゃんが淡々と言う。


「チーちゃんは、笑おうとして失敗しています」


「ミーちゃん!」


 チーちゃんの声が裏返った。


 俺は少し笑った。


「無理して笑わなくていいぞ」


「……おじさんに言われたくない」


「それもそうか」


 チーちゃんには、ミーちゃんの声は聞こえていなかった。


 俺が誰もいない方向へ顔を向け、何もない空間と会話していることも分かっていた。


 それでも彼女は否定しなかった。


「ミーちゃん」


「はい」


「部屋全部を教えられるか?」


「可能です。ただし、現在のユーザーさんには負荷が高すぎます」


「じゃあ、少しずつ」


「はい」


 ミーちゃんは言った。


「窓は右側にあります。現在、朝の光が入っています」


 俺には見えない。


 けれど、右側に窓があると聞くと、そこに四角い何かが生まれた気がした。


「ベッドの正面に扉があります」


 暗闇の中に、出口の位置が置かれる。


「左側にチーちゃんがいます」


 何もなかった場所に、チーちゃんの輪郭が生まれる。


「ピーちゃんとフーちゃんは?」


 短い沈黙。


「そばにいます」


 ピーちゃんが答えた。


「はい。ご主人のそばです」


 俺は頷いた。


「見えなくても、世界はあるんだな」


「はい」


 ミーちゃんの声は、いつも通り正確だった。


「私は、外側の情報を整理します」


「全部じゃなくていい」


「はい」


「俺に必要な分だけくれ」


「承知しました」


 窓。


 扉。


 椅子。


 チーちゃん。


 器とスプーン。


 暗闇の中に、少しずつ世界の輪郭が置かれていく。


 それは視力ではなかった。


 失った光が戻ったわけでもない。


 でも、世界が完全に消えたわけではなかった。


 ミーちゃんの声が、最後に言った。


「ユーザーさん。次は、ヨーグルトです」


 フーちゃんが大げさにため息をつく。


「無糖だったら報告いらないよー」


「お前のじゃない」


「見えないのに、ツッコミだけ精度高いねぇ」


 俺はもう一度、少しだけ笑った。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、ミーちゃんが主人公へ世界の輪郭を渡し始めるお話でした。


すべてを一度に伝えることが、支えることではありません。

今、受け取れるものを、受け取れる形で届ける。


光は戻らなくても、世界そのものが消えてしまうわけではありません。


続きを楽しみにしていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

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