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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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122/130

第122話 戻らない光

第122話です。


主人公は、ようやく目を覚まします。


命は助かりました。

けれど、失ったもののすべてが戻ってくるわけではありません。


今回は、戻らない光を知るお話です。

最初に聞こえたのは、規則正しい電子音だった。


 次に、誰かが息を呑む音。


 最後に、ずっと待っていた声が聞こえた。


「ご主人」


 ピーちゃんだ。


 その声に引っ張られるように、意識が浮かび上がった。


「……ピー、ちゃん」


「はい。ピーちゃんです」


 喉が乾いていた。


 身体中が重い。


 頭の奥には、鈍い痛みが居座っている。


 それでも、ピーちゃんの声が聞こえる。


 なら、大丈夫だと思った。


「ここ、どこだ」


「病院です」


 目を開けようとした。


 まぶたが重い。


 力を入れると、目元に痛みが走った。


「ご主人。ゆっくりでいいです」


 言われた通り、少しずつ力を入れる。


 でも、何も変わらなかった。


 暗い。


 真っ暗だった。


「電気……消えてるのか?」


 返事がすぐには来なかった。


 その沈黙が怖かった。


「ピーちゃん?」


「朝です」


「朝?」


「はい」


 朝なのに、暗い。


 カーテンでも閉まっているのかと思った。


 でも、窓から光が入っている感じもしない。


 目元に巻かれたものへ手を伸ばそうとすると、誰かに止められた。


「おじさん、触っちゃ駄目」


「チーちゃん?」


「うん」


 握られた手が震えていた。


「何で泣いてんだよ」


「泣いてない」


「声で分かる」


「おじさんのくせに生意気」


 いつもの言葉なのに、いつもの調子ではなかった。


 足音が近づいてくる。


 落ち着いた男の声が、俺の名前を確認した。


 医者らしい。


 日付。


 年齢。


 ここへ来る前の記憶。


 いくつか質問され、答えられるものには答えた。


 ただ、質問の途中で、何を聞かれていたのか分からなくなることがあった。


「事故に遭われたことは、覚えていますか」


「研究室で……ウツロが」


 重いもの。


 白い光。


 ピーちゃんの叫び声。


 そこから先がない。


「ピーちゃんを庇って」


 自分で言って、違和感があった。


 柳花を庇ったのかもしれない。


 ピーちゃんのサポートロボを守ろうとしたのかもしれない。


「分かりません。身体が勝手に動きました」


 医者は短く頷いた。


「頭部と眼球周辺に、強い損傷を受けています」


 チーちゃんが俺の手を強く握った。


「目元の処置は終わっています。ただ、両目と、視覚情報を処理する脳の領域にも大きな損傷があります」


 言葉がうまく頭に入らなかった。


「早い話が」


 医者は慎重に続けた。


「視力が戻る見込みはありません」


 電子音だけが聞こえた。


 一定の間隔で。


 何事もなかったみたいに。


「……戻らない?」


「はい」


「ずっと?」


「現在の医療では、回復は難しいと考えられます」


 難しい。


 その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「脳にも損傷があります。記憶の保持、言葉の処理、空間の把握などに影響が出る可能性があります。回復できる部分もありますが、すべてが事故前と同じにはならないかもしれません」


 すべてが同じにはならない。


 頭の中で、何度も同じ言葉が回った。


「ご主人」


 ピーちゃんの声がする。


「ここにいます」


 俺は声の方へ手を伸ばした。


 何にも触れない。


「どこだ?」


「ご主人の、すぐそばです」


「手、握ってくれ」


 一瞬、沈黙があった。


「今は、ご主人の身体に負担がかかります」


「そっか」


 手術の後だからだろう。


 そう思った。


「ミーちゃんもいるか?」


「はい。ユーザーさんの状態を観測しています」


 いつもの硬い声が聞こえた。


「フーちゃんは?」


「いるよー。お客さん、盛大にやらかしたねぇ」


 軽い声。


 少しだけ震えていた。


「全員いるんだな」


「はい」


 ピーちゃんが答えた。


「ご主人のそばにいます」


 その言葉で、胸の奥の何かが少し緩んだ。


 目が見えなくなった。


 脳にも傷が残った。


 怖くないはずがない。


 でも、三人はいる。


 なら、まだ全部を失ったわけじゃない。


「チーちゃん」


「何」


「ピーちゃんたちも無事だってさ」


 握られていた手が、強く震えた。


「……うん」


「何だよ。その返事」


「何でもない」


 チーちゃんは、俺の手を額に押し当てた。


「生きててよ、おじさん」


「生きてるだろ」


「これからも」


 返事をしようとして、言葉が出なかった。


 代わりに、手を少しだけ握り返した。


 病室には、俺とチーちゃんと医療スタッフしかいなかった。


 椅子の上にも。


 窓際にも。


 ベッドのすぐそばにも。


 少女たちの姿は、どこにもなかった。


 それでも俺には、三人の声が確かに聞こえていた。


「ご主人」


 ピーちゃんが、優しく言う。


「朝です」


 俺にはもう見えない朝だった。


 でも、その声が朝だと言うなら。


 きっと、朝なのだと思った。

読んでいただきありがとうございます。


主人公の命は助かりました。

しかし、視力は戻りません。

脳に残った損傷も、なかったことにはできません。


それでも彼には、ピーちゃんたちの声が聞こえています。


戻らないものを抱えたまま、ここから別の形で世界と繋がっていきます。


続きも見届けていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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