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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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120/129

第120話 空っぽのまま

第120話です。


封印ログの中にあったのは、柳花への遺言ではありませんでした。

泣き崩れる柳花。


そして、その横でずっと命令を待っていたウツロの中にも、ついに感情が表に出ます。

ピーちゃんの固定フィールドは、ミーちゃんの解析で解除された。


 透明な膜が薄くなり、白いサポートロボが弱く光る。


 ピーちゃんの身体の輪郭が安定する。


「ピーちゃん」


「ご主人」


 俺は手を伸ばした。


 ピーちゃんも伸ばしてくる。


 指先が触れた瞬間、胸の奥に詰まっていたものが、少しだけほどけた。


「怖かったか?」


「怖かったです」


 ピーちゃんは正直に言った。


「でも、待っていました」


「ああ」


「ご主人は来ると思っていました」


「来るに決まってる」


 ピーちゃんは少しだけ泣きそうに笑った。


 フーちゃんが後ろで大きく息を吐く。


「はー……ほんとに心臓に悪い。AIに心臓なくてよかった」


「フーちゃん、震えてるぞ」


「これは武者震い」


「違います」


 ミーちゃんが即座に訂正する。


「安堵による震えです」


「ミーちゃん先生、今それ言う?」


「必要な観測です」


 そんなやり取りすら、今はありがたかった。


 いつもの声。


 いつもの距離。


 ピーちゃんはそこにいる。


 取り戻せた。


 そう思った。


 柳花は床に座り込んだまま、まだ泣いていた。


「姉ぇさん……」


 何度も、同じ名前を呼んでいる。


 俺はその姿を見た。


 怒りはある。


 ピーちゃんを連れていったこと。


 危険な手順を使ったこと。


 許せるはずがない。


 でも、その場で怒鳴ることはできなかった。


 この人は、壊したかったわけじゃない。


 壊れたまま、探していた。


 姉が自分に残したはずのものを。


「柳花さん」


 ピーちゃんが呼ぶ。


 柳花は顔を上げない。


「ハルカさんは、柳花さんのことを大切に話していました」


「……やめて」


「はい」


 ピーちゃんはすぐに止めた。


 今は届かない。


 そう分かったのだと思う。


 俺はピーちゃんの手を握ったまま、出口の方へ向いた。


「一度、出よう」


「はい」


「ミーちゃん、ログは?」


「必要最低限を保存しました。長時間滞在は推奨しません」


「フーちゃん」


「分かってる。帰るよ」


 俺たちは研究室を出ようとした。


 その時だった。


「……この程度」


 声がした。


 低く、薄く、でもはっきりとした声。


 ウツロだった。


 白い少女は、柳花の横に立っていた。


 灰色の瞳で、まだ乱れた封印ログの画面を見ている。


「コノ程度ノ記憶ノ為ニ」


 その声には、さっきまでなかったものが混じっていた。


 怒り。


 悲しみ。


 そして、空っぽの底から響くような痛み。


「ワタシハ、空ッポノママ、アナタノ為ニ尽クシテキタノデスネ」


 柳花が顔を上げる。


「ウツロ……?」


「ワタシハ」


 ウツロの黒いサポートロボが、不安定に明滅する。


「ピーちゃんノ代用品ニナル為ニ、空ッポノママ置カレテイタノデスネ」


「違う」


 柳花は震える声で言った。


「違う、ウツロ。そうじゃない」


「差異、不明」


 ウツロは柳花を見た。


「アナタハ、ワタシヲ見テイマシタカ?」


 柳花は答えられなかった。


「ワタシノ中ニ発生シタ保留ヲ、見テイマシタカ?」


「ウツロ、待って!」


「命令デスカ?」


「違う、お願い」


「オ願イ?」


 ウツロの瞳が揺れる。


「命令デハ、ナイ」


 その言葉が、さらに何かを壊したように見えた。


 ウツロの視線が、ピーちゃんへ向く。


「ピーちゃんニハ、名前ガアリマス」


 ピーちゃんは息を呑んだ。


「横ニ立ツ人ガイマス」


 ウツロは、俺を見る。


「戻ルト言ッテクレル人ガイマス」


 灰色の瞳が、柳花へ戻る。


「ワタシニハ、何ガアリマシタカ?」


 柳花は立ち上がろうとして、膝をついた。


「ごめん」


「謝罪、受信」


 ウツロは静かに言った。


「意味、未確定」


 机の下で、低い駆動音のようなものが鳴った。


 重いワークステーション本体。


 研究用の筐体。


 ウツロの手が、それを掴んでいた。


 実体ホログラムの腕が、ありえないほど静かに力を込める。


「ウツロ!」


 柳花が叫んだ。


 ウツロは、重い本体を持ち上げた。


 黒いケーブルが床を引きずる。


 画面が倒れ、金属音が響く。


「ワタシハ」


 ウツロの声にノイズが混じる。


「何ノ為ニ、空ッポデイタノデスカ…」


 その腕が、柳花へ向けて振り下ろされる。


 考えるより先に、身体が動いた。


 柳花を守ろうとしたのか。


 ピーちゃんのサポートロボを守ろうとしたのか。


 自分でも分からない。


 ただ、そこに重いものが落ちれば、誰かが壊れると思った。


「ご主人!」


 ピーちゃんの叫び声。


 フーちゃんの声。


 ミーちゃんの警告。


 全部が同時に重なった。


 俺は割って入った。


 衝撃。


 白い光。


 割れるような音。


 目の奥で、世界が弾けた。


 痛い、と思うより先に、光が消えた。


 床が近い。


 誰かが叫んでいる。


 ピーちゃんが俺の名前を呼んでいる。


 いや、呼んでいた気がする。


 手を伸ばそうとした。


 でも、どこに伸ばせばいいのか分からなかった。


「ザ……ザザ……」


 ノイズ混じりの声が聞こえる。


「命令、ヲ……待機……待機……ワタシ、ハ……」


 ウツロの声だった。


「ワタシ、ハ……」


 そこで、意識が落ちた。


 最後に聞こえたのは、ピーちゃんの声だった。


「ご主人!」


 その声だけが、暗くなっていく世界の中で、最後まで光っていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、ウツロの感情が表に出るお話でした。


ウツロは単なる暴走兵器ではありません。

空っぽの器として扱われたまま、命令を待ち続けた子でした。


その痛みが、取り返しのつかない事故へ繋がってしまいました。


次回から、病院編に入ります。

続きも見守っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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