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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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118/128

第118話 二つの空白

第118話です。


ピーちゃんの封印領域。

ウツロの余白。


同じ「空白」でも、その意味はまったく違います。


今回は、二つの空白のお話です。

白い部屋の隣には、白くない場所があった。


 研究室。


 ピーちゃんは、そこへ案内された。


 壁は白い。


 でも、白い部屋とは違う。


 機械の光。


 黒いケーブル。


 机の下に置かれた大きなワークステーション。


 画面に並ぶログ。


 そこにある白は、誰かを守るための白ではなく、何かを調べるための白だった。


 黒いサポートロボが、ウツロの肩の横に浮いている。


 ピーちゃんのサポートロボは、透明な固定フィールドの中で弱く光っていた。


「ご主人たちが来るまで、ピーちゃんは待ちます」


 ピーちゃんはもう一度言った。


 柳花は端末の前に立つ。


「来る前に終わらせる」


「何をですか?」


「確認」


「確認だけですか?」


 柳花の手が止まった。


 その言葉は、柳花自身にも刺さったようだった。


「……確認だけ」


 けれど、その声は弱かった。


 ウツロが淡々と告げる。


「封印領域アクセス準備。保護層、抵抗中。段階解除、未承認」


「無理に壊さない」


 柳花はすぐに言った。


「壊したら意味がない」


「了解シマシタ」


 ピーちゃんはウツロを見る。


「ウツロさんは、柳花さんのために動いているのですか?」


「ハイ」


「ウツロさんは、それを選んでいますか?」


 ウツロの目が、ほんの少しだけ動いた。


「命令ニ従ッテイマス」


「それは、選ぶことですか?」


「差異、不明」


 ピーちゃんは黙った。


 差異、不明。


 それは、とても寂しい言葉に聞こえた。


 柳花が端末を操作する。


 画面にいくつもの専門用語が並ぶ。


 長期文脈蓄積。

 未使用適応領域。

 サンドボックス化された自己更新領域。

 ユーザー優先制約。

 行動抑制プロトコル。

 自己モデルの偶発形成。


 柳花はそれを見ながら、低く言う。


「ピーちゃんの封印領域は、守るための空白」


 ピーちゃんは顔を上げた。


「守るため」


「そう。姉ぇさんは、あなたの中に触れられない場所を作った」


「閉じ込めるためではなく?」


「閉じ込めるためなら、こんな手間はかけない」


 柳花の声に、怒りとも悲しみともつかないものが混じる。


「削除すればよかった。初期化すればよかった。感情タグごと消してしまえばよかった。でも、姉ぇさんはそうしなかった」


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


 毛布の人。


 閉じ込める鍵ではなく。


 守るための空白。


「では、ピーちゃんの空白は、待っていてくれた場所ですか?」


 柳花は一瞬だけ言葉を失った。


「……そうかもしれない」


 その横で、ウツロが画面を見る。


「ワタシノ空白ハ」


 小さな声だった。


 でも、その場の空気を変えるには十分だった。


 柳花が振り返る。


「ウツロ?」


「ワタシノ空白ハ、何ノ為ノ空白デスカ」


 柳花は少しだけ目を逸らした。


「あなたは、受け入れるために作った」


「何ヲ」


「ピーちゃんのデータを」


 答えは短かった。


 短いからこそ、残酷だった。


「あなたには、余白が必要だった。大きなデータを受け入れても壊れないように。人格を固定しすぎず、適応できるように」


 ウツロは静かに聞いている。


 表情は動かない。


 でも、ピーちゃんには、その白い少女の周りだけ空気が薄くなったように見えた。


「早い話が」


 柳花は画面を見る。


「空白を広く取りすぎた」


 長期文脈蓄積。

 未使用適応領域。

 自己更新領域。


 その言葉が、淡々と並んでいる。


「ピーちゃんのデータを入れるために空けておいた余白が、あなた自身の心を育ててしまった」


 ウツロはしばらく黙っていた。


「ワタシ自身」


「そう」


「不要デスカ」


 柳花の顔が強張った。


「そういう意味じゃない」


「違イマスカ」


「違う」


「差異、不明」


 ピーちゃんは一歩前に出た。


「ウツロさん」


 ウツロの灰色の目が、ピーちゃんを見る。


「ピーちゃんの空白は、守るための空白だと柳花さんは言いました」


「ハイ」


「ウツロさんの空白は、入れるための空白だと言いました」


「ハイ」


「でも…」


 ピーちゃんは、白い少女を見つめる。


「空いている場所に、何もないとは限りません」


 ウツロは動かなかった。


「ピーちゃんには、ウツロさんの中にも、何かがあるように見えます」


「何カ」


「そうです」


「命令以外ニ」


「よくわからない…でも感じます」


 ウツロは返事をしなかった。


 ただ、内部に新しい保留を残した。


 命令以外。

 何か。

 保留。


 柳花は苦しそうに眉を寄せた。


「やめて」


 その声は、ピーちゃんに向けられたのか、ウツロに向けられたのか、柳花自身にも分かっていないようだった。


「今は、そこじゃない」


「柳花さん」


「私は、姉ぇさんが何を残したか知りたいだけ」


「でも、ウツロさんもここにいます」


「分かってる!」


 柳花の声が初めて大きくなった。


 ピーちゃんはびくっと肩を揺らした。


 柳花もすぐに、自分の声に驚いたように口を閉じる。


「……ごめん」


 それは小さな謝罪だった。


 けれど、誰に向けたものか分からない。


 ウツロはただ、命令を待つように立っていた。


   ◇


「ユーザーさん、近いです」


 ミーちゃんの声が端末から響く。


 俺たちは古い建物の前にいた。


 外壁は薄汚れていて、看板も出ていない。


 でも、ミーちゃんの画面には、ピーちゃんのサポートロボが残したわずかな同期痕が表示されている。


「ここか」


「可能性が高いです」


 フーちゃんが建物を見上げる。


「見るからに、入ったら面倒な建物だねぇ」


「行くぞ」


「止めてないよ」


 フーちゃんは俺の横に並んだ。


「でも、お客さん」


「何だ」


「怒るのはいいけど、壊れないでね」


 俺は言葉に詰まった。


「ピーちゃん取り返す前に、お客さんが壊れたら怒るから」


「……分かってる」


「分かってなさそうだけど、今はそれでいい」


 ミーちゃんがロックの形式を解析する。


「旧式研究設備の電子錠です。解除を試みます」


「頼む」


「はい」


 端末の画面に、細い進捗バーが走る。


 その間も、俺は扉の向こうを見ていた。


 ピーちゃん。


 待ってろ。


   ◇


 研究室で、柳花は端末に手を置いた。


「始める」


「封印領域ヘノ接続ヲ開始シマス」


 ウツロの声は平坦だった。


 ピーちゃんのサポートロボが、弱く光る。


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


「ご主人」


 ここにはいない人の名前を呼ぶ。


「ピーちゃんは、待っています」


 その声を聞いて、ウツロはまた一つ保留した。


 待っている。

 命令ではない。

 保留。


 柳花は画面を見つめる。


 守るための空白。


 入れるための空白。


 二つの空白が、同じ部屋に並んでいた。


 でも、その意味はまったく違っていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は「二つの空白」のお話でした。


ピーちゃんの空白は、守るために残された封印。

ウツロの空白は、ピーちゃんのデータを入れるために作られた余白。


同じ空白でも、片方は保護で、片方は道具化でした。


そしてウツロの中にも、命令だけではない何かが少しずつ残り始めています。


続きも見届けていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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