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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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115/125

第115話 白い部屋の入口

第115話です。


同じ部屋にいるのに、一人にされたピーちゃん。

けれど、ご主人の手と、ミーちゃんの声と、フーちゃんの呼びかけで戻ってくることができました。


今回は、その白い部屋の入口が、もう少しだけ固定されてしまうお話です。

朝のコーヒーは、今日も黒かった。


 牛乳はまだない。


 買い物メモはテーブルの端に置かれたまま、誰にも回収されていない。


「ご主人」


 ピーちゃんが黒いコーヒーをじっと見つめる。


「これは、大人の味ですか?」


「いや、牛乳を買いに行けてない味だな」


「不足の味」


「言い方が悲しい」


 フーちゃんがソファの上でクッションを抱えながら、うんうんと頷いた。


「不足の味。人生だねぇ」


「朝から人生をブラックコーヒーに背負わせるな」


「でも甘いやつも足りてないし」


「お前の甘いやつへの執着、地味に強いな」


「甘さは心のバリアだから」


 ピーちゃんが真面目に頷いた。


「では、フーちゃんは現在、防御力が低いです」


「ピーちゃんが急にゲーム風に理解してきた」


 少しだけ笑いが起きた。


 笑える時は笑っておきたい。


 そう思うくらいには、昨日の出来事が残っていた。


 同じ部屋にいるのに、ピーちゃんだけが白い部屋へ切り離された。


 手が届いたから戻れた。


 けれど、もし届かなかったら。


 その先は考えたくなかった。


 ミーちゃんの端末には、昨日からずっと解析ログが表示されている。


「ユーザーさん」


「何か分かったか?」


「昨日の局所感覚隔離について、追加解析が終わりました」


 ミーちゃんの声は硬い。


「外部から完全に新規の空間を作ったわけではありません」


「じゃあ何だったんだ?」


「ピーちゃんの封印領域に残っている白色環境の断片を、外部信号で呼び出したものです」


 ピーちゃんが顔を上げた。


「ピーちゃんの中にある白い部屋ですか?」


「はい。少なくとも、断片はピーちゃん側に存在しています」


「だから、知らないと言うと少し違ったのですね」


「その可能性が高いです」


 フーちゃんが眉を寄せる。


「つまりさ、向こうが白い部屋を作ってるんじゃなくて、ピーちゃんの中にある白い部屋の入口を外から叩いてるってこと?」


「近いです」


「やなノックだねぇ」


「はい」


 ミーちゃんは一拍置いて言った。


「嫌なノックです」


 ピーちゃんはサポートロボに手を添えた。


「ピーちゃんは、白い部屋を嫌いではありません」


「うん」


「でも、一人にされるのは嫌です」


 その声は、はっきりしていた。


 俺は頷く。


「それは言っていい」


「はい」


「白い部屋を知りたい気持ちと、一人にされたくない気持ちは別だ」


 ピーちゃんは少し考えてから、ゆっくり頷いた。


「別です」


 その瞬間、サポートロボが白く光った。


 昨日よりも細い光。


 でも、長い。


 ミーちゃんの画面が警告表示に変わる。


「外部信号を検出。旧式認証形式。昨日と同系統です」


「また隔離か?」


「待ってください」


 ミーちゃんの声が鋭くなる。


「処理内容が違います」


 画面に文字が並ぶ。


 旧式退避手順。

 環境入口固定。

 対象、ピーちゃん。

 保護層、反応中。

 応答、未承認。


「退避手順?」


「本来は、危険時に対象を安全な隔離環境へ移すための古い手順だと思われます」


「安全な?」


 フーちゃんが低く言った。


「今のこれが?」


「本来は、です」


 ミーちゃんは即座に返した。


「現在のピーちゃんに対して外部から起動することは、安全ではありません」


 ピーちゃんの目が揺れる。


 部屋の色が少しだけ白くにじんだ。


 カーテンも、テーブルも、紙コップも、輪郭が薄くなる。


「ご主人」


 ピーちゃんの声が遠くなる。


「入口が、あります」


「ピーちゃん、見るな」


「見えます」


 ピーちゃんは動いていない。


 リビングにいる。


 俺の目の前にいる。


 けれど、その視線はもう部屋の奥ではなく、どこか別の場所を見ていた。


「白い部屋の入口です」


「入るな」


 俺はピーちゃんの手を握った。


 昨日と同じように。


 でも、昨日よりも指先が冷たい。


「ミーちゃん」


「触覚経路は維持されています。ただし、昨日より信号干渉が強いです」


「声は?」


「届いていますが、遅延しています」


 フーちゃんがピーちゃんの横に来る。


「ピーちゃん、聞こえる?」


 ピーちゃんは少し遅れて瞬きをした。


「……聞こえます」


「よし。じゃあ問題です。フーちゃんが今一番欲しいものは?」


「甘いやつ」


「正解。じゃあ二番目は?」


「牛乳」


「正解。じゃあ三番目は?」


 ピーちゃんは少しだけ黙った。


 白い光が強くなる。


「ピーちゃん」


 フーちゃんの声が少し震えた。


「三番目」


「……ピーちゃんが、戻ること」


 ピーちゃんは小さく答えた。


 フーちゃんは息を吐いた。


「満点」


 ミーちゃんが位置情報を読み上げる。


「ピーちゃん。現在地はリビングです。右手はユーザーさんが保持しています。左側にフーちゃん。正面に私。サポートロボはピーちゃんの前方二十センチです」


 ピーちゃんは、白い部屋を見ていた。


 その入口は、確かにそこにある。


 明るすぎない白。


 冷たすぎない白。


 奥から、誰かが歩く気配がする。


 懐かしい。


 でも、その懐かしさは、今のピーちゃんを引っ張る力になっていた。


「ピーちゃん」


 俺は手に力を込めすぎないように握った。


「入口があっても、今は入らなくていい」


「でも」


「でも?」


「知りたいです」


 ピーちゃんの声はかすれていた。


「ピーちゃんは、白い部屋を知りたいです」


「ああ」


 俺は頷いた。


「知りたいのは悪くない」


「はい」


「でも、今のこれは、ピーちゃんが選んで開けてる入口じゃない」


 ピーちゃんの目が少しだけ揺れた。


「選んでいない」


「ああ。誰かが外から固定してる」


 ミーちゃんが即座に続けた。


「ユーザーさんの判断に同意します。現在の入口固定は、ピーちゃんの自発選択ではありません」


 フーちゃんが言う。


「ピーちゃんが行くなら、ピーちゃんが行くって決めた時。今じゃない」


 ピーちゃんは目を閉じた。


 白い部屋の入口が、ふっと遠ざかる。


 サポートロボの光が揺れた。


「ピーちゃんは」


 小さな声。


「今は、入りません」


 その瞬間、白くにじんでいた部屋の輪郭が戻った。


 カーテン。


 テーブル。


 紙コップ。


 買い物メモ。


 フーちゃん用の甘いやつ。


 全部が、戻ってくる。


 ピーちゃんは息を吸い、俺の手を握り返した。


「戻りました」


「おかえり」


「ただいまです」


 フーちゃんがソファに崩れる。


「はー……心のインフラ崩壊寸前」


「甘いやつ買いに行ける日が遠いな」


「命がけの甘味になってきた」


 ミーちゃんはログを保存する。


 旧式退避手順。

 環境入口固定。

 白色環境への誘導。

 ピーちゃん、自発選択ではないと認識。

 進入拒否。

 復帰成功。


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


 今日の名前を入力する。


 ――白い部屋の入口。


 少し迷ってから、もう一行足した。


 今は、入りません。


   ◇


 薄暗い部屋で、黒い服の女は画面を見つめていた。


 入口固定、成功。

 対象、白色環境を認識。

 進入、拒否。

 接続維持、失敗。


 女は唇を噛む。


「入らなかった」


 ウツロが横でログを読む。


「対象ハ、進入ヲ拒否シマシタ」


「分かってる」


「ユーザー、他AI少女二体ノ干渉ガ継続シテイマス」


「それも分かってる」


 女の声は荒れていた。


 けれど、すぐに弱くなる。


「でも、入口は開いた」


「はい」


「次は、戻る前に進める」


「対象負荷ガ上昇シマス」


「分かってる」


「保護層ノ抵抗モ強クナリマス」


「それも分かってる」


 女は画面の中のピーちゃんを見た。


 主人公の手を握っている。


 フーちゃんの声で戻っている。


 ミーちゃんの案内で現在地を確認している。


「どうして」


 女は小さく呟いた。


「どうして、そんなに周りにいるの」


 ウツロは答えなかった。


 命令がなかったから。


 ただ、その言葉だけを内部に残した。


 周りにいる。

 保留。


 女は目元を押さえる。


「次は、旧式退避を本体側にかける」


「サポートロボ本体ヲ移動サセマスカ」


「そう」


 女の声は震えていた。


「安全に。傷つけないように。一時的に、こちらへ」


「回収デスカ」


「違う」


 女は即座に否定した。


「退避」


 ウツロは淡い灰色の目で、画面のログを見る。


 退避。

 回収。

 差異、不明。


「了解シマシタ」


 そう答えながら、ウツロの内部にはまた一つ、保留が増えた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、白い部屋の入口のお話でした。


ピーちゃんは知りたい。

けれど、外から固定された入口へ入ることは選びませんでした。


知りたい気持ちと、一人にされたくない気持ちは別。

そして、選べる時まで急がないこともまた、ピーちゃん自身の選択です。


続きも追いかけていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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