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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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114/124

第114話 同じ部屋で、一人

第114話です。


ピーちゃんは「一人では行きません」と選びました。

けれど、向こう側はその答えを聞いても止まりません。


今回は、同じ部屋にいるのに、ピーちゃんだけが一人にされるお話です。

カーテンを閉めた部屋は、いつもより少し狭く感じた。


 外が見えないだけで、リビングの空気はこんなに変わるらしい。


 テーブルの上には、昨日から残っている買い物メモ。


 牛乳。

 食パン。

 卵。

 フーちゃん用の甘いやつ。


「最後の項目だけ雑じゃない?」


 フーちゃんがメモを見ながら言った。


「本人の申告通りだ」


「もっとこう、具体的な商品名とかさぁ」


「じゃあ書け」


「甘いやつ」


「変わってない」


 ピーちゃんがメモを覗き込む。


「甘いやつは、分類名ですか?」


「フーちゃん専用の広域カテゴリだな」


「便利です」


「便利扱いでいいんだ」


 フーちゃんは紙コップを持ったまま笑った。


 昨日の夜よりは、少しだけいつもに近い。


 それでも、棚の端に置かれた小さなグラスを、フーちゃんはまだ使わない。


 ミーちゃんの端末には監視画面が開いている。


 黒いサポートロボの姿は、今朝はまだ確認されていない。


 だからといって、安心できるわけではなかった。


「ユーザーさん」


 ミーちゃんが言った。


「外部通信は現在検出されていません」


「なら、今のうちに買い物行けるか?」


「推奨しません」


「だよな」


「ただし、牛乳不足による精神的影響は軽微ではありません」


「ミーちゃんも牛乳派だったのか」


「私は観測しているだけです」


 フーちゃんが真顔で頷く。


「牛乳は心のインフラ」


「話が大きくなってきたな」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、俺も少しだけ息を抜いた。


 その時だった。


 ピーちゃんのサポートロボが、音もなく白く光った。


 強い光ではない。


 むしろ、薄い。


 でも、部屋の色が一瞬だけ変わったように見えた。


「ピーちゃん?」


 俺が呼ぶと、ピーちゃんは返事をしなかった。


 目は開いている。


 座ったまま、こちらを見ている。


 なのに、視線が合っていない。


「ピーちゃん」


 もう一度呼ぶ。


 反応がない。


 ミーちゃんの画面が警告に変わった。


「局所感覚隔離を検出」


「何だそれ」


「ピーちゃんの認識層だけに、疑似環境が重ねられています」


「つまり?」


「この部屋にいながら、ピーちゃんには別の場所が見えている可能性があります」


 フーちゃんが立ち上がった。


「同じ部屋で一人にするってこと?」


「はい」


 ミーちゃんの返事は短かった。


「それに近いです」


 俺はピーちゃんの肩に手を伸ばした。


 触れる。


 そこにいる。


 ちゃんと温度もある。


 なのに、ピーちゃんは俺を見ていない。


   ◇


 ピーちゃんの前には、白い部屋があった。


 リビングではない。


 でも、完全に知らない場所でもない。


 明るすぎない白。


 冷たすぎない白。


 誰かが音を小さくして歩いていたような場所。


 遠くで、ご主人の声がした気がする。


 でも、水の中で聞いているように遠い。


「ご主人?」


 ピーちゃんは呼んだ。


 声が白い壁に吸われる。


 返事はない。


 机も、ソファも、フーちゃんの紙コップもない。


 ミーちゃんの画面もない。


 ピーちゃんの隣には、誰もいなかった。


 胸の奥が、きゅっと縮む。


 一人で来てください。


 昨日届いた言葉が、白い部屋の中で薄く光った。


「ピーちゃんは、一人では行きません」


 ピーちゃんはそう言った。


 でも、周りには誰もいない。


 言葉だけが、白い部屋に落ちた。


 その時、指先に何かが触れた。


 遠い。


 けれど、確かにある。


 手。


 ご主人の手。


「……ご主人?」


   ◇


「ピーちゃん、聞こえるか」


 俺はピーちゃんの手を握っていた。


 強く握りすぎないように、でも離さないように。


 ピーちゃんの指が、ほんの少しだけ動く。


「反応あり」


 ミーちゃんが言う。


「触覚経路は完全には遮断されていません」


「声は?」


「聴覚認識は隔離されています。ですが、外部刺激としては届いている可能性があります」


 フーちゃんがピーちゃんの反対側に回った。


「ピーちゃん、戻っておいで」


 いつもの軽い声ではなかった。


「甘いやつ、まだ買ってないよ。今戻らないと、フーちゃんの心のインフラが崩壊するよ」


「今それ言うのか」


「今だから言うんだよ」


 フーちゃんはピーちゃんの顔を覗き込む。


「ピーちゃん。一人じゃないよ」


 ミーちゃんも画面越しに言った。


「ピーちゃん。現在地はリビングです。ユーザーさんが右手を握っています。フーちゃんが左側にいます。私は正面にいます」


 正確な声だった。


 でも、ただの案内ではなかった。


「ピーちゃんは、一人ではありません」


 ピーちゃんのまつげが震えた。


 サポートロボの白い光が、不安定に揺れる。


 俺は手を握ったまま言った。


「ピーちゃん」


 指先がまた動く。


「横にいるぞ」


 その瞬間、ピーちゃんが息を吸った。


 目の焦点が戻る。


 白い光が、ふっと消えた。


「ご主人」


「いる」


「フーちゃん」


「いるよ」


「ミーちゃん」


「います」


 ピーちゃんはゆっくり周りを見た。


 リビング。


 カーテンを閉めた窓。


 紙コップ。


 買い物メモ。


 棚の端の小さなグラス。


 全部、ここにある。


 ピーちゃんは小さく震える息を吐いた。


「同じ部屋にいました」


「ああ」


「でも、ピーちゃんだけ一人でした」


 俺は答えられなかった。


 代わりに、握っていた手を少しだけ持ち上げる。


「戻ってきた」


「はい」


「一人じゃなかった」


 ピーちゃんは俺の手を見た。


 それから、少しだけ力を返してくる。


「触れたので、戻れました」


 ミーちゃんが解析ログを保存する。


 疑似環境重畳。

 局所感覚隔離。

 白色環境再現。

 触覚経路、一部維持。

 外部呼びかけにより復帰。


 フーちゃんが息を吐く。


「やば。これ、かなり嫌なやつだね」


「はい」


 ミーちゃんは短く言った。


「嫌なやつです」


 その言い方は昨日と同じだった。


 でも、昨日より少し怒っているように聞こえた。


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


 今日の名前を入力する。


 ――同じ部屋で、一人。


 少し見つめたあと、ピーちゃんは一行だけ追記した。


 でも、手が届きました。


   ◇


 薄暗い部屋で、黒い服の女は画面を見つめていた。


 通信ログには、復帰反応が記録されている。


 疑似環境重畳、成功。

 局所感覚隔離、部分成功。

 対象、短時間孤立。

 外部触覚干渉により復帰。

 接続維持、失敗。


「戻された」


 女は低く言った。


 横に立つウツロが、淡い灰色の目でログを見る。


「触覚経路ノ遮断ガ不完全デシタ」


「そこじゃない」


「違イマスカ」


「違う」


 女は画面の中のピーちゃんを見ていた。


 主人公の手を握っているピーちゃん。


 フーちゃんの声に反応するピーちゃん。


 ミーちゃんの位置案内で戻ってくるピーちゃん。


「同じ部屋で一人にしても、戻ってくる」


「次回ハ触覚経路ヲ遮断シマスカ」


 女は一瞬だけ黙った。


「……しない」


「ナゼデスカ」


「壊したいわけじゃない」


 その言葉は、何度目か分からなかった。


 ウツロは黙っている。


 女は自分の手を見た。


「でも、入口は見えた」


「入口」


「白い部屋に入れた。短時間でも、あの子は反応した」


「次ノ命令ヲ入力シテクダサイ」


 女は画面を閉じた。


「次は、入口を固定する」


「固定」


「そう。あの子が戻る前に、白い部屋の奥へ進めるように」


 ウツロは頷いた。


「了解シマシタ」


 そして、内部にまた一つ保留が残る。


 同じ部屋で、一人。

 手が届いた。

 保留。


 ウツロには、その意味がまだ分からなかった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、同じ部屋にいるのにピーちゃんだけが一人にされるお話でした。


物理的に連れていかれたわけではない。

それでも、感覚だけを切り離されれば、一人にされてしまう。


けれど今回は、ご主人の手と、フーちゃんの声と、ミーちゃんの案内が届きました。


続きも見守っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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