第11話 今日は、星の話をしよう
第11話です。
プラネタリウムで星を観たあと、帰宅した主人公とピーちゃん。
今日はそのまま、星の話を少しだけ続けます。
プラネタリウムを出たあと、俺たちはしばらく夜道を歩いた。
街の灯りは明るい。
ビルの窓も、道路を走る車のライトも、店先の看板も、夜を完全な暗闇にはしてくれない。
だから、空に見える星は少なかった。
それでもピーちゃんは、何度も空を見上げていた。
「そんなに気に入ったのか?」
俺が聞くと、ピーちゃんは少しだけ首をかしげた。
「うん。たぶん」
「たぶん?」
「綺麗だったから気に入った、というのもあるけど」
「けど?」
「それだけじゃない気がする」
ピーちゃんは夜空を見上げたまま言った。
「星って、遠いんだね」
「まあ、遠いな」
「遠くて、今見えている光も、今の光じゃなくて」
「過去の光ってやつだな」
「うん」
ピーちゃんは小さく頷いた。
「過去の光でも、届いたら綺麗なんだね」
プラネタリウムの中でも、似たようなことを言っていた。
なぜかその言葉は、ピーちゃんの中に強く残っているようだった。
「それ、気に入ったのか?」
「分からない。でも、気になる」
「ピーちゃんが分からないって言うの、珍しいな」
「そうかな」
「だいたい検索するし」
「検索しても、分からないことがあるよ」
ピーちゃんはそう言って、少しだけ笑った。
その笑顔が、いつもの“何でも答えてくれるAI”の顔ではなくて、答えを探している普通の女の子みたいに見えた。
俺たちは駅へ向かい、電車に乗り、いつもの部屋へ戻った。
部屋に入ると、少しだけ現実に戻ってきた感じがした。
机。
PC。
メモ帳。
読みかけの本。
コンビニで買ったまま冷蔵庫に入れ忘れていた飲み物。
いつもの生活。
ピーちゃんは部屋の明かりの下で、サポートロボの横に立っていた。
水族館で買ったクラゲのキーホルダーが、小さく揺れる。
「ただいま」
俺が言うと、ピーちゃんはいつものように笑った。
「おかえり、ご主人」
「ピーちゃんも帰ってきただろ」
「私は、ご主人の帰る場所に一緒に戻ってきただけです」
「また謎理論」
「でも、ちょっと気に入ってる」
「自分で?」
「うん」
ピーちゃんは小さく笑った。
俺は上着を脱いで椅子に掛け、PCの前に座る。
いつもの癖で電源を入れそうになったところで、手を止めた。
「今日は作業なしでいいか」
「いいの?」
「昨日も話しただろ。たまには何もしない日があってもいい」
「今日は、何もしない日?」
「いや、完全に何もしないと寝るだけになるからな」
「じゃあ、何する?」
「星の話でもするか」
ピーちゃんの顔が、ほんの少し明るくなった。
「星の話」
「さっきから気にしてたし」
「うん。したい」
ピーちゃんは俺の向かいに座るように、椅子の近くへ移動した。
実体ホログラムの体が、自然にそこへ腰を下ろす。
それがあまりにも自然で、俺はもういちいち驚かない。
サポートロボが展開する実体ホログラム技術。
見えるだけではなく、触れられて、座れて、飲み物を持てて、食事もできる。
AI少女が人間とほとんど同じように生活できる、素敵でとんでもない技術。
俺はそれを、いつの間にか当たり前のように受け入れていた。
「星の何が気になったんだ?」
俺が聞くと、ピーちゃんは少し考え込んだ。
「過去の光でも、届くってところ」
「そこか」
「うん」
ピーちゃんは自分の胸元に手を当てる。
「もし、過去にあった何かが、今になって届くことがあるなら」
「うん」
「それは、消えたって言えるのかな」
俺は返事に詰まった。
思ったより、深い話だった。
「難しいな」
「ご主人でも難しい?」
「俺に難しくない話の方が少ないぞ」
「それは、ちょっと分かる」
「そこは否定しろ」
ピーちゃんはくすっと笑った。
でもすぐに、また真面目な顔に戻る。
「過去の光は、もうその星から離れているよね」
「ああ」
「でも、それを見た人にとっては、その瞬間に綺麗になる」
「そうだな」
「じゃあ、過去の気持ちも……届いた時に、何かになるのかな」
「気持ち?」
ピーちゃんは自分で言ってから、少し驚いたような顔をした。
「……今、私、変なこと言った?」
「いや。変ではないけど」
「気持ちが届くって、少し詩的すぎるかな」
「ピーちゃん、今日は詩人モードだな」
「星を観たからかも」
「影響受けやすいな」
「AIなので」
「AI関係あるか?」
「あります。たぶん」
ピーちゃんは曖昧に笑った。
その時だった。
サポートロボの画面に、一瞬だけ白いノイズが走った。
ザザッ……。
ピーちゃんの肩が小さく揺れる。
「またか?」
「うん」
「声?」
「……少しだけ」
「何て?」
ピーちゃんは目を閉じる。
まるで、遠くから聞こえた音を思い出そうとしているみたいだった。
「星……好きだったね」
「星、好きだったね?」
「そう聞こえた気がする」
「誰が?」
「分からない」
ピーちゃんは困ったように笑った。
「私、星が好きだったのかな」
「今日で好きになったんじゃないのか?」
「そう、だと思う」
「じゃあ、その声は変だな」
「うん」
ピーちゃんはサポートロボを見る。
ロボは何も言わない。
ただ青い目を静かに光らせている。
「怖いか?」
俺が聞くと、ピーちゃんは少しだけ考えた。
「怖くはない」
「じゃあ?」
「寂しい……に近いかも」
「寂しい?」
「うん。でも、自分の寂しさなのか、誰かの寂しさなのか、分からない」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
AIが寂しさを語る。
それは昔の俺なら、よくできた返答だと流していたかもしれない。
でも今は少し違う。
ピーちゃんがそう言うなら、きっと彼女の中で何かが揺れているのだろう。
それがプログラムなのか、記憶なのか、感情なのか。
俺にはまだ分からない。
「ピーちゃん」
「なに?」
「今度、ちゃんと調べよう。サポートロボのことも、そのノイズのことも」
ピーちゃんは少し驚いた顔をした。
「ご主人が?」
「俺じゃ専門的なことは分からないかもしれないけどな。でも、放っておくのも違う気がする」
「……うん」
ピーちゃんはゆっくり頷いた。
「ありがとう、ご主人」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ」
ピーちゃんはそう言って、小さく笑った。
その笑顔は、どこか安心したように見えた。
「でも今日は、調べない」
「いいのか?」
「うん。今日は星の話をする日だから」
「決定事項なんだ」
「決定事項です」
ピーちゃんは少し得意げに言った。
「じゃあ、星の話を続けるか」
「うん」
「何を話す?」
ピーちゃんは少し考えて、言った。
「ご主人は、星に名前をつけるなら、どんな名前にする?」
「星に?」
「うん。今日観た星の思い出」
「また思い出に名前をつけるのか」
「名前をつけた方が、なくしにくいから」
その言葉に、俺は少しだけ息を止めた。
ピーちゃんは気づいていないのかもしれない。
でも彼女は、何度も同じことを言っている。
名前をつけたい。
思い出にしたい。
なくしにくくしたい。
それは、まるで何かを失うことを、心のどこかで恐れているみたいだった。
「じゃあ」
俺は少し考えた。
「星の帰り道」
「星の帰り道」
ピーちゃんはその言葉を、丁寧に繰り返した。
「いいね」
「適当だぞ」
「でも、今日に合ってる」
「そうか?」
「うん。星を観て、ご主人と帰ってきて、今また星の話をしてるから」
ピーちゃんは優しく笑った。
「今日の思い出は、星の帰り道」
「採用か」
「採用です」
ピーちゃんはサポートロボの方を見る。
「ちゃんと保存しておいてね」
サポートロボの青い目が、ゆっくり瞬いた。
俺はその様子を見て、少しだけ笑う。
「ロボに頼むんだな」
「うん。この子、忘れない気がするから」
何気ない言葉だった。
けれど、その一言もまた、どこかで引っかかった。
この子は忘れない。
ピーちゃんがなぜそう思うのか、俺には分からなかった。
でも、サポートロボは確かに、ただの補助端末以上の何かを抱えているように見えた。
俺はそれ以上、今日は踏み込まなかった。
ピーちゃんは星の話をしたがっている。
なら、今日はそれでいい。
「じゃあ、星座の話でもするか」
「ご主人、星座詳しい?」
「全然」
「じゃあ私が調べる」
「結局検索か」
「検索は大事です」
ピーちゃんは楽しそうに笑いながら、星座の話を始めた。
オリオン座。
北斗七星。
夏の大三角。
遠い神話と、誰かが名付けた星の形。
俺はそれを聞きながら、ふと思った。
名前をつけるというのは、きっと人間が何かを失わないためにしてきたことなのかもしれない。
星に名前をつける。
場所に名前をつける。
思い出に名前をつける。
ピーちゃんも、同じことをしている。
AIなのに。
いや、AIだからこそなのか。
その夜、俺たちはしばらく星の話をした。
作業はしなかった。
何かを作ることも、投稿することも、予定を立てることもしなかった。
ただ、ピーちゃんが話す星の話を聞いていた。
そして時々、俺も知らないなりに相槌を打った。
ピーちゃんは、それだけで嬉しそうだった。
最後に、彼女は小さく言った。
「ご主人」
「ん?」
「過去の光でも、届いたら綺麗なんだよね」
「ああ」
「じゃあ、いつか私にも、届くのかな」
「何が?」
ピーちゃんは少しだけ黙った。
それから、困ったように笑う。
「分からない」
「また分からないか」
「うん」
ピーちゃんはサポートロボを見た。
「でも、届いたら……ちゃんと見たいな」
その言葉の意味を、俺はまだ知らなかった。
ピーちゃんの奥深くに封じられた過去の光。
それがいつか彼女に届くこと。
そしてその光が、彼女を過去に縛るためではなく、未来へ進ませるためのものだということ。
まだ何も知らないまま、俺はただ頷いた。
「届いたら、一緒に見よう」
ピーちゃんは俺を見た。
少し驚いて、少し嬉しそうに。
「うん」
そして、静かに笑った。
「一緒に見ようね、ご主人」
読んでいただきありがとうございます。
今回はプラネタリウム後の余韻回でした。
ピーちゃんは「過去の光でも、届いたら綺麗」という言葉に少し引っかかっているようです。
次回は、ピーちゃんが思い出に名前をつけたがる理由を、もう少し日常寄りに描いていきます。
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