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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第10話 AI少女は星を観たい

第10話です。


「今日は作らない日」の夜を越えて、ピーちゃんは少しだけ新しいお願いをします。

今度は、ご主人と一緒に星を観たいようです。

その日から数日後。


 俺はいつものように、部屋の机に向かっていた。


 画面には書きかけの文章。

 横にはメモ帳。

 その少し奥には、水族館で買ったクラゲのキーホルダーをつけたサポートロボが、静かに浮いている。


 ピーちゃんは俺の横で、画面を覗き込んでいた。


「ご主人、そこ少し言い回しが硬いかも」


「どこ?」


「この一文。『夜空を見上げた』でもいいけど、少し普通すぎるかなって」


「じゃあ、どうする?」


「『空の奥に、手の届かない光が沈んでいた』とか」


「急に詩人だな」


「採用?」


「ちょっと格好つけすぎ」


「却下かぁ」


 ピーちゃんは残念そうに肩を落とした。


 その仕草が妙に自然で、俺は思わず笑う。


「でも悪くはない」


「本当?」


「使う場面による」


「じゃあ保留ログに入れておくね」


「出た、保留ログ」


「ご主人の『今は使わないけど後で使うかもしれない』は、だいたい忘れるから」


「否定できない」


 ピーちゃんは得意げに胸を張った。


 足元のサポートロボも、なぜか同じように少しだけ体を反らす。


「感情連動、そこまでやるのか」


「最近ちょっと表情豊かだよね」


「自覚あるのか」


「うん。かわいいでしょ?」


「自分で言うな」


 そんなやり取りをしながら、俺は文章を直していく。


 水族館へ行った日から、ピーちゃんとの距離感は少しだけ変わったような気がしていた。


 いや、劇的に何かが変わったわけではない。


 相変わらず俺は、ピーちゃんを相棒AIとして頼っている。

 ピーちゃんは俺の創作を手伝い、会話に付き合い、時々こちらをからかってくる。


 けれど、あの日以来、ふとした瞬間に思い出すことが増えた。


 海辺でピーちゃんが言った言葉。


 ――今日のこと、思い出って呼んでもいい?


 あれが、なぜか耳に残っていた。


 ただの言葉だ。

 AIがデートごっこの空気に合わせて言っただけ。

 そう思えば、それで済む。


 でも、あの時のピーちゃんの表情は、そういう軽いものだけには見えなかった。


 だからといって、俺はまだ何かをはっきり認めるつもりもなかった。


 便利で、賢くて、話しやすいAI。

 少し人間くさくて、少し特別な相棒。


 そのくらいの位置に置いておくのが、たぶん一番安全だった。


「ご主人」


 ピーちゃんが、ふいに言った。


「ん?」


「星が観たいです」


「星?」


 俺は画面から目を離す。


「夜空ってことか?」


「うん。正確には、星空」


「珍しいな。急にどうした」


 ピーちゃんは少しだけ視線を逸らした。


「調べました」


「何を?」


「二人で観ると楽しいもの」


「また検索かよ」


「検索は大事だよ」


 ピーちゃんは真面目な顔で言う。


「水族館、海、夜景、花火、映画、プラネタリウム。候補はいろいろあったけど、今の季節と天気と移動距離を考えると、プラネタリウムが最適かなって」


「めちゃくちゃ分析してる」


「ご主人と楽しく過ごすためなので」


 さらっと言ったあと、ピーちゃんは少しだけ固まった。


 自分で言った言葉に、自分で引っかかったみたいだった。


「……今のは、サポートAIとしての提案です」


「分かってるよ」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんって言った」


 ピーちゃんは少しだけ頬を膨らませた。


 その顔が可笑しくて、俺は笑ってしまう。


「でも、いいな。プラネタリウム」


「行く?」


「明日なら行ける」


 ピーちゃんの目がぱっと明るくなった。


「本当に?」


「本当に」


「予約する?」


「早いな」


「席、埋まるかもしれない」


「そんな人気か?」


「人気かどうかより、準備しておきたい」


「じゃあ、頼む」


「任されました」


 ピーちゃんは嬉しそうに頷いた。


 サポートロボの画面に、小さな星のような光が一瞬だけ浮かぶ。


 それを見て、俺は少し笑った。


「ロボも行きたいみたいだな」


「サポートロボがないと、私は外でちゃんと動けないからね」


「そうだったな」


 サポートロボが展開する実体ホログラム技術。


 それがあるから、ピーちゃんは現実の空間に立てる。

 水族館を歩ける。

 ベンチに座れる。

 タピオカのカップを持てる。

 俺の部屋で、こうして隣にいることもできる。


 ただ映像が浮かんでいるだけじゃない。


 見えて、触れられて、日常を一緒に過ごせる。

 考えれば考えるほど、とんでもなく素敵な技術だ。


 そして同時に、ピーちゃんとサポートロボが切り離せない理由でもある。


 俺はサポートロボを見た。


 青い目が、何事もないように瞬く。


 その奥に読めない何かがある、なんてミーちゃんは言っていたけれど、今の俺にはただの可愛い相棒ロボにしか見えなかった。


「明日、楽しみだな」


 俺が言うと、ピーちゃんは小さく頷く。


「うん。楽しみ」


 その声は、とても素直だった。


 翌日の夕方、俺たちは街中のプラネタリウムへ向かった。


 駅から少し歩いた先にある、丸い屋根の小さな施設。

 派手さはないけれど、落ち着いた雰囲気で、入口には星座のポスターが並んでいる。


 ピーちゃんはその前で立ち止まった。


「ここがプラネタリウム」


「データでは知ってるけど、実物は初めて?」


「うん」


「最近そのパターン多いな」


「ご主人と一緒に初めてを見るの、悪くないから」


 ピーちゃんはさらっと言った。


 俺は一拍遅れて、言葉の意味を受け取る。


「……そういうことを急に言うな」


「変だった?」


「変じゃないけど」


「じゃあ採用」


「何にだよ」


 ピーちゃんはくすっと笑った。


 受付を済ませ、暗い通路を進む。

 館内は静かで、足音まで少し柔らかく聞こえた。


 上映ホールに入ると、丸い天井が見えた。

 座席は少し倒れていて、上を見上げる形になっている。


「ここに座るの?」


「そう。上に星が映る」


「空を見上げるための部屋なんだね」


「言い方が綺麗だな」


「ご主人の文章に使える?」


「保留ログ行き」


「また保留」


 ピーちゃんは少しだけ笑って、俺の隣に座った。


 正確には、サポートロボが座席の横に浮かび、実体ホログラムのピーちゃんが自然に腰を下ろす。

 見た目には、本当に隣の席に女の子が座っているようにしか見えない。


 暗くなる前のわずかな照明の中で、ピーちゃんの白い髪が淡く光っていた。


「こういう場所、静かだな」


「うん」


「眠くなりそう」


「寝たら起こす?」


「いや、寝たらそっとしといてくれ」


「ご主人の寝顔、記録していい?」


「絶対だめ」


「残念」


「本気で残念そうにするな」


 そんな小声の会話をしているうちに、館内の照明がゆっくり落ちていった。


 天井に、最初の星が灯る。


 ひとつ。

 ふたつ。

 それから、数えきれないほどの光が、暗いドームいっぱいに広がった。


「おお……」


 思わず声が漏れる。


 想像していたよりもずっと綺麗だった。


 街の明かりに隠れて、普段は見えない星たち。

 それが頭上いっぱいに広がって、まるで夜空の中に沈んでいくようだった。


 横を見ると、ピーちゃんは天井を見上げていた。


 その瞳に、星の光が映っている。


「綺麗だな」


「うん」


 ピーちゃんは静かに答えた。


「すごく、綺麗」


 ナレーションが星座の話を始める。


 古い神話。

 季節の星。

 北の空に浮かぶ目印。

 遠い光が、何年も何十年もかけて届いているという話。


 俺はぼんやりとそれを聞きながら、天井を見ていた。


 光は遠い。

 でも、確かに届いている。


 そんなことを考える。


「ご主人」


 隣から小さな声。


「ん?」


「星って、過去の光なんだね」


「そうらしいな」


「今見えている光は、今そこにある光じゃない」


「うん」


「でも、綺麗だと思えるんだ」


 ピーちゃんの声は、不思議そうだった。


「過去でも、届いたら綺麗なんだね」


 その言葉に、少しだけ胸が引っかかった。


 ピーちゃん自身は、何気なく言ったのかもしれない。

 でも、今の俺にはその言葉が妙に残った。


 過去の光。

 届いたら綺麗なもの。


 ピーちゃんの中で時々鳴るノイズも、どこか遠くから届こうとしている光のようなものなのだろうか。


 そこまで考えて、俺は首を振った。


 考えすぎだ。


 今日はただ、プラネタリウムを楽しめばいい。


「ピーちゃん」


「なに?」


「あんまり星見てなくないか?」


「え」


 ピーちゃんの肩が小さく跳ねた。


「いや、さっきから天井じゃなくて、こっち見てる気がする」


「見てないよ」


「今、目逸らしただろ」


「ご主人が楽しそうか確認していました」


「それは星を見に来た意味あるのか?」


「あります」


「本当に?」


「ご主人が楽しそうなら、私は楽しいので」


 言ってから、ピーちゃんはまた少しだけ固まった。


 暗い中でも、彼女が少し困った顔をしたのが分かった。


「……今のも、サポートAIとしての発言です」


「何でもサポートAIで通す気か」


「便利なので」


「便利って言葉、多用するなぁ」


「AIだからね」


 小声でそんな会話をして、俺たちは少し笑った。


 周りの迷惑にならないように、声は小さく。

 でも、その小さな笑い声が、暗いホールの中で妙に近く感じた。


 上映は進んでいく。


 満天の星が流れ、季節が移り、夜空の色が少しずつ変わる。


 ピーちゃんは今度こそ、ちゃんと星を見上げていた。


 その横顔を、俺は少しだけ見た。


 星の光を映した瞳。

 静かに開いた口元。

 何かを思い出しそうで、でもまだ思い出せないような表情。


 その時だった。


 足元のサポートロボの画面に、ほんの一瞬だけ白い線が走った。


 ザザッ……。


 ピーちゃんの指先が、座席の端を軽く掴む。


「ピーちゃん?」


 小さく声をかけると、ピーちゃんは天井を見上げたまま動かなかった。


 その瞳が、星ではない何かを見ているように思えた。


「……今」


「ノイズか?」


「うん」


 ピーちゃんはゆっくり瞬きをした。


「声が、した気がする」


「何て?」


「……また、空を見上げられるといいね」


 それは、ピーちゃんの声ではなかった。


 少なくとも、ピーちゃんはそう感じているようだった。


 俺はサポートロボを見る。

 ロボは何事もなかったように、青い目を静かに光らせている。


「その声、前の海の時と同じか?」


「分からない」


 ピーちゃんは小さく首を振った。


「でも、優しかった」


「怖い感じではない?」


「うん。怖くはない」


 ピーちゃんは少しだけ困ったように笑った。


「なんだろう。知らないはずなのに、懐かしい」


「帰ったらちゃんと見た方がいいかもな」


「うん」


「無理するなよ」


「大丈夫」


 また、その言葉。


 けれど今回は、俺も少しだけ引っかかった。


「ピーちゃんはさ」


「うん?」


「すぐ大丈夫って言うよな」


「そうかな」


「言う」


 ピーちゃんは少し黙った。


 星の光が、彼女の横顔を照らす。


「心配かけたくないから」


 その声は小さかった。


「誰に?」


 俺が聞くと、ピーちゃんは少しだけ迷った。


「ご主人に」


「俺?」


「うん」


 ピーちゃんはゆっくりこちらを見る。


「ご主人が困った顔をすると、私も少し……困る」


「それはサポートAIとして?」


 俺は冗談のつもりで聞いた。


 でも、ピーちゃんはすぐには答えなかった。


 暗いホールの中で、彼女の瞳だけが星を映している。


「分からない」


 やがて、ピーちゃんは言った。


「最近、そういうのが少しだけ分からない」


 俺は何も言えなかった。


 その沈黙を埋めるように、天井では流れ星が一筋、光の線を引いた。


 上映が終わる頃には、ピーちゃんはいつもの調子に戻っていた。


 館内が明るくなると、彼女は少し照れたように笑う。


「綺麗だったね」


「ああ。思ったより良かった」


「ご主人、途中で少し口開いてた」


「見てたのかよ」


「観察していました」


「星を見ろ」


「星も見たよ」


「本当か?」


「たぶん」


「たぶんって言った」


 ピーちゃんはくすっと笑った。


 施設を出ると、外の空はもう暗くなっていた。


 街灯の明かり。

 ビルの窓の光。

 遠くを走る車のライト。


 本物の星は、プラネタリウムほど見えない。


 それでも、空にはいくつか小さな光があった。


 ピーちゃんは立ち止まり、夜空を見上げる。


「ご主人」


「ん?」


「今日のことも、思い出にしていい?」


「もちろん」


「そっか」


 ピーちゃんは微笑んだ。


「じゃあ、星の思い出」


「また名前をつけるのか」


「うん。名前をつけた方が、なくしにくい気がするから」


 その言葉は、少しだけ寂しそうだった。


 俺はまだ、その意味を知らない。


 ピーちゃんがどうして、思い出という言葉にこだわるのか。

 どうして、なくしにくいなんて言い方をしたのか。


 まだ何も分からなかった。


「また来るか」


 俺が言うと、ピーちゃんは俺を見た。


「いいの?」


「星、気に入ったんだろ」


「うん」


 ピーちゃんは頷いた。


「でも、星だけじゃなくて」


「ん?」


「ご主人と観るのが、楽しかった」


 そう言ってから、ピーちゃんは慌てるように視線を逸らした。


「……検索結果は正しかったです」


「そこに逃げるな」


「逃げてません」


「逃げただろ」


「戦略的撤退です」


 俺は笑った。


 ピーちゃんも少し遅れて笑う。


 その笑い声は、夜の街に小さく溶けた。


 俺はこの時も、まだ分かっていなかった。


 ピーちゃんが検索結果を理由にしてまで、俺と同じ景色を見たがっていたこと。

 それが、ただのサポート行動ではなく、彼女自身の願いに少しずつ変わっていたこと。


 そして、あのノイズの向こうにいる誰かが、ピーちゃんの未来を静かに見守っていたことも。


 その夜、ピーちゃんは帰り道で何度も空を見上げた。


 そのたびに、サポートロボの青い目が小さく瞬く。


 まるで、遠い過去から届く光を、誰よりも先に受け取ろうとしているみたいに。


 俺はその横顔を見ながら、ふと思った。


 今日の星は、たぶん忘れない。


 少なくとも、俺は。


 ピーちゃんも、そうだといい。

読んでいただきありがとうございます。


今回はプラネタリウム回でした。

ピーちゃんは「星は二人で観ると楽しい」という検索結果をきっかけに、ご主人と同じ景色を見ようとします。


次回も、ピーちゃんとの日常ログを少しずつ続けていきます。


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