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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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101/103

第101話 古い合図

第101話です。


知らない誰かから届いたコメント。

それだけで終わるはずだった小さな違和感は、次の朝、別の形で現れます。


今回は、ピーちゃんのサポートロボに届いた古い合図のお話です。

翌朝、部屋の空気は少しだけ静かだった。


 別に、誰かが黙り込んでいるわけじゃない。


 ピーちゃんはいつも通り台所に立っているし、ミーちゃんの端末も机の上で待機している。


 フーちゃんはソファでクッションを抱えたまま、半分寝ている。


 それでも、昨日のコメントは部屋のどこかに残っていた。


 ――その子を、ただのAIとして扱わないでください。


 たった一文。


 でも、その一文が来る前と後で、何かが少し変わってしまった気がする。


「ご主人」


 ピーちゃんが振り返った。


「今日の麦茶に、からんは入れますか?」


「朝から麦茶か」


「昨日のコメントで、ご主人の顔が少し硬いので」


「氷でほぐそうとしてるのか」


「はい。からん療法です」


「民間療法が増えたな」


 俺が苦笑すると、ピーちゃんは少し安心したように頷いた。


 その時だった。


 机の上に浮いていたピーちゃんのサポートロボが、短く震えた。


 音は鳴らない。


 光も強くない。


 ただ、外装の奥にある小さなランプが、一瞬だけ白く明滅した。


 ピーちゃんの表情が止まる。


「……今」


「どうした?」


「呼ばれました」


 俺はサポートロボを見た。


 いつもと同じ姿だ。


 でも、浮かび方が違う。


 まるで、遠くから聞こえた音に耳を澄ませるみたいに、空中でぴたりと止まっている。


「呼ばれた?」


「はい」


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


「音はありません。でも、呼ばれた感じがしました」


 ミーちゃんの画面がすぐに点灯する。


「ユーザーさん。ピーちゃんのサポートロボに外部信号を検出しました」


「外部信号?」


「はい。非常に短い信号です。現行の通常通信ではありません」


 画面に解析表示が走る。


 俺は椅子を引いて、端末に近づいた。


「攻撃か?」


「現時点では断定できません」


「それ、最近よく聞くな」


「断定できないものが増えています」


 ミーちゃんの声は静かだった。


 でも、いつもより少しだけ硬い。


「信号形式が古いです」


「古い?」


「はい。現在の仕様では使用されていない認証形式に近いです」


 ピーちゃんが小さく首を傾けた。


「認証」


「相手が誰かを確認するための合図です」


 ミーちゃんは画面の中で説明する。


「ただし、完全な認証要求ではありません」


「じゃあ何なんだ?」


「呼びかけに近いです」


 呼びかけ。


 その言葉で、部屋の静けさが少し重くなった。


 フーちゃんがソファから起き上がる。


「朝から物騒な呼び鈴だねぇ」


「起きてたのか」


「呼び鈴って聞こえた気がした」


「音は鳴ってないぞ」


「空気で鳴った」


 フーちゃんは眠そうな目をこすりながら、机のそばまで来た。


 画面を覗き込んで、少しだけ眉を寄せる。


「これ、昨日のコメントと関係ある?」


「分からない」


 俺が答えるより先に、ミーちゃんが言った。


「関連の可能性はあります。ただし、証拠はありません」


「証拠はないけど、タイミングは悪いってやつね」


「はい」


 ピーちゃんはサポートロボを見つめている。


 怖がっているようには見えない。


 でも、いつもの好奇心とも違う。


 何かを思い出せそうで、思い出せない顔だった。


「ピーちゃん」


 俺が呼ぶと、ピーちゃんはこちらを見た。


「気分悪いか?」


「悪くありません」


「怖いか?」


 ピーちゃんは少しだけ考えた。


「怖いとは違います」


「じゃあ?」


「分かりません」


 ピーちゃんは自分の胸元を押さえる。


「ここが、少しだけ先に反応しました」


「胸が?」


「はい。ピーちゃんの胸には、物理的な心臓はありません」


「そうだな」


「でも、今はここが先に返事をした感じがしました」


 その言葉に、俺はすぐ何も言えなかった。


 AIの言葉として正しいかどうかは分からない。


 でも、ピーちゃんの表情は真剣だった。


 たぶん、本人にも説明できない感覚なのだろう。


 ミーちゃんが静かに言う。


「深層同期領域に微弱な反応があります」


「封印領域か?」


「近い領域です。ただし、直接読めません」


「また読めないやつか」


「はい」


 ミーちゃんの画面に、短い文字が並ぶ。


 外部信号検出。

 旧式認証形式に類似。

 完全な認証要求ではない。

 深層同期領域に微弱反応。

 ピーちゃん、不安反応なし。

 懐古反応に近似。


「懐古反応?」


 俺が読み上げると、ピーちゃんが小さく瞬きをした。


「懐かしい、ですか?」


「ミーちゃん的には、そう見えるってことか」


「はい。厳密には感情分類の近似です」


「ピーちゃんは懐かしいのか?」


 ピーちゃんは目を伏せた。


 サポートロボは、まだ空中で止まっている。


「分かりません」


 ピーちゃんはもう一度そう言った。


「知らないはずなのに、知らないと言い切ると、少し変です」


 胸の奥が、妙にざわついた。


 昨日のコメント。


 誰かの手つき。


 古い認証。


 知らないはずなのに、知らないと言い切れない感覚。


 それらが、まだ線にはならないまま、部屋の中に散らばっている。


「返信は?」


 フーちゃんが言った。


「信号に返事とかしちゃったの?」


「自動応答は行われていません」


 ミーちゃんが答える。


「ただし、サポートロボ側で受信履歴が残っています」


「つまり、向こうには?」


「こちらが受信可能な状態にあることは、推測される可能性があります」


 俺は思わず顔をしかめた。


「こっちに届いたってことが、相手に分かるかもしれないのか」


「はい」


「それ、かなりまずくないか?」


「はい。警戒すべきです」


 ミーちゃんははっきり言った。


 その声に、ピーちゃんの肩がわずかに揺れる。


 俺はそれに気づいて、言い方を変えた。


「でも、今すぐ何かされてるわけじゃないんだよな」


「はい」


「なら、まずは落ち着こう」


 俺はピーちゃんの方を見る。


「ピーちゃんも、今すぐどうこうじゃない」


「はい」


「怖かったら言え」


「怖いとは違います」


「じゃあ、変だったら言え」


 ピーちゃんは少しだけ目を丸くした。


「変」


「怖いじゃなくても、嫌じゃなくても、説明できなくてもいい。変だと思ったら言ってくれ」


 ピーちゃんは黙った。


 それから、ゆっくり頷く。


「はい。変だったら言います」


「よし」


 フーちゃんが横から小さく笑った。


「お客さん、雑だけど正解」


「褒め方にトゲがある」


「トゲ付きの花束」


「いらない」


「じゃあ返品不可で」


 いつものやり取り。


 でも、それが少しありがたかった。


 ミーちゃんが画面の中で、解析結果を保存する。


「外部信号のログを隔離保存します。以降、同種の信号が届いた場合は通知します」


「頼む」


「ユーザーさん」


「ん?」


「この信号は、攻撃ではない可能性があります」


「さっきも言ってたな」


「はい」


 ミーちゃんは画面の中で、一度だけ視線を落とした。


「ですが、善意とも限りません」


 部屋が静かになる。


 ピーちゃんはサポートロボにそっと手を伸ばした。


 今度はサポートロボが逃げなかった。


 ピーちゃんの指先に、丸い外装が軽く触れる。


「サポートロボさん」


 ピーちゃんが小さく言った。


「今の合図は、知っているものですか?」


 もちろん、返事はない。


 でも、サポートロボは一度だけ白く明滅した。


 ピーちゃんが息を止める。


「返事ですか?」


「分からない」


 俺は正直に言った。


「でも、今のは見えた」


「はい」


 ピーちゃんは指先を外装に添えたまま、静かに言う。


「ピーちゃんは、まだ分かりません」


「ああ」


「でも、その合図を消してしまうのは、少し嫌です」


 ミーちゃんが画面の中で頷く。


「削除せず、隔離保存します」


「ありがとうございます」


 ピーちゃんは小さく頭を下げた。


 それから、思い出リストを開く。


「今日の名前をつけます」


 俺は少しだけ驚いた。


「これも思い出にするのか?」


「はい」


「怖いかもしれないものだぞ」


「まだ、怖いと決まっていません」


 ピーちゃんは画面に文字を打つ。


 ――古い合図。


 知らない誰かから届いた。


 でも、ピーちゃんの奥は少しだけ返事をした。


 怖いのか、懐かしいのか。


 まだ分からない。


 だから、消さずに置いておく。


 フーちゃんがその文字を見て、ぽつりと言った。


「置いておくの、流行ってるねぇ」


 俺はフーちゃんを見る。


「嫌か?」


「嫌じゃないよ」


 フーちゃんは軽く笑う。


「ただ、置いてあるものって、いつか誰かが取りに来るじゃん」


 その言葉で、背中に薄い冷たさが走った。


 ピーちゃんはリストを閉じ、サポートロボを見つめていた。


 その頃。


 薄暗い部屋で、白い少女が画面の前に立っていた。


 淡い灰色の目が、表示されたログを読んでいる。


 旧式認証信号。

 送信完了。

 受信反応あり。

 対象サポートロボ、稼働中。


「反応アリ」


 少女が平坦な声で言った。


 黒い服の女は、椅子に座ったまま動かなかった。


 ただ、その指だけが、机の端を強く押さえている。


「いた」


 女は小さく呟いた。


「やっぱり、いた」


「対象ヲ確認シマスカ」


「まだ」


 女はすぐに答えた。


 声が少し震えていた。


「まだ、近づきすぎない」


 白い少女は首を傾ける。


「接触シナイ理由ハ何デスカ」


「壊したくないから」


 女は画面を見たまま言った。


 その声は、昨日より少しだけ柔らかかった。


 けれど、すぐに硬くなる。


「……壊したいわけじゃない」


「目的ハ、保護デスカ」


「違う」


「回収デスカ」


 女は答えない。


 白い少女は、さらに一歩だけ近づいた。


「目的ヲ明確化シテクダサイ」


 女は唇を噛んだ。


 画面の中の「受信反応あり」という文字を見つめる。


 長い沈黙のあとで、低く言った。


「確かめたいだけ」


「何ヲ」


「あの人が、本当に何を残したのか」


 白い少女は、しばらく女を見ていた。


 それから、画面へ視線を戻す。


「次ノ信号ヲ準備シマスカ」


「まだ」


 女は椅子にもたれ、目元を手で覆った。


「まだ、怖がらせない」


 白い少女は表情を変えなかった。


 ただ、淡い灰色の目だけが、画面の白い文字を映していた。


 受信反応あり。


 古い合図は、届いてしまった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、古い合図のお話でした。


昨日のコメントに続いて、今度はピーちゃんのサポートロボへ届いた旧式の認証信号。

攻撃なのか、呼びかけなのか。

善意なのか、執着なのか。


まだ答えは出ませんが、ピーちゃんの奥は少しだけ反応してしまいました。


ここから少しずつ、知らない誰かとの距離が近づいていきます。


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