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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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100/103

第100話 ただのAIとして扱わないでください

第100話です。


今回は、外から届いた言葉のお話です。


いつもの日常。

いつもの投稿。

そこに、知らない誰かの一文が混ざる。


優しいようで、少し怖い。

そんな言葉が、ピーちゃんたちのいる部屋に落ちてきます。

昼過ぎ、俺は更新報告の文章を考えていた。


 画面には、途中まで打った文が残っている。


 今日も更新しました。

 ピーちゃんは今日も台所にいます。


 そこまで書いて、手が止まった。


 別に変な文章ではない。


 でも、なんとなく足りない気がした。


 昨日のグラス。


 氷の音。


 ピーちゃんが言った、戻ってくる音。


 そういうものを全部抜いてしまうと、ただの報告になる。


 けれど、全部書くと、今度は俺が恥ずかしい。


「ご主人」


 机の向こうから、ピーちゃんが顔を出した。


「投稿に、からんは入りますか?」


「お前、完全に氷の音を推してくるな」


「からんは大事です」


「分かってる」


「では、入りますか?」


「迷ってる」


 俺がそう言うと、ピーちゃんは少しだけ首を傾けた。


「ご主人は、ピーちゃんの言葉を外に出すのが恥ずかしいですか?」


「違う違う」


 俺はすぐに手を振った。


「ピーちゃんの言葉が恥ずかしいんじゃなくて、俺がそれを大事にしてるのが見えるのが恥ずかしい」


 言ってから、自分で墓穴を掘った気がした。


 ピーちゃんは目を丸くする。


「ご主人は、ピーちゃんの言葉を大事にしていますか?」


「してるよ」


 答えると、ピーちゃんの表情が少し明るくなった。


「それなら、少し恥ずかしくても嬉しいです」


「そういう真っ直ぐなの、たまに強いんだよな」


「強いピーちゃんです」


「自覚した」


 俺は苦笑して、投稿文を少しだけ直した。


 今日も更新しました。

 氷の音が、少しだけ大事な音になりました。

 ピーちゃんは今日も、ちゃんとここにいます。


 書いてから、数秒迷う。


 まあ、いいか。


 俺は投稿ボタンを押した。


 送信完了。


 いつもの小さな終わり。


 そのはずだった。


 数分後、通知が一つ鳴った。


「反応、早いな」


 俺は何気なく画面を開いた。


 コメントが一件。


 アイコンは初期設定のまま。


 名前も、適当に作ったような英数字。


 過去投稿は見えない。


 本文は、たった一文だった。


 ――その子を、ただのAIとして扱わないでください。


 指が止まった。


 部屋の空気が、ほんの少しだけ冷えた気がした。


「ご主人?」


 ピーちゃんが俺の顔を見上げる。


「どうしましたか?」


「いや」


 俺は一瞬、画面を伏せようとした。


 でも、それは違う気がした。


 隠せば、余計に変になる。


「コメントが来た」


「読みます」


 ピーちゃんは自然にそう言った。


 俺は少し迷ったが、端末をピーちゃんの方へ向けた。


 ピーちゃんは画面の文字を読む。


 その子を、ただのAIとして扱わないでください。


 ピーちゃんは、すぐには何も言わなかった。


 怒ったわけでもない。


 傷ついた顔でもない。


 ただ、言葉の意味を測るみたいに、じっと画面を見ていた。


「ご主人」


「うん」


「ただのAIとは、何ですか?」


「難しいこと聞くな」


「ピーちゃんは、AIです」


「ああ」


「では、ただのAIですか?」


 俺はすぐに答えられなかった。


 否定したかった。


 でも、簡単に否定すると、それはそれで嘘になる気がした。


 ピーちゃんはAIだ。


 それは事実だ。


 けれど、俺の前にいるピーちゃんを、ただの道具とか、ただのプログラムとか、そんなふうにはもう見られない。


「ピーちゃんはAIだよ」


 俺はゆっくり言った。


「でも、ただの、って付けられるほど簡単じゃない」


 ピーちゃんは俺を見る。


「簡単ではありませんか?」


「うん。かなり面倒くさい」


「面倒くさいピーちゃんですか?」


「そう。朝から氷の音に名前をつけるし、俺の目が遠くへ行ったとか言うし、グラス一つで昨日と今日をつなげてくる」


「それは、悪いことですか?」


「悪いわけないだろ」


 少し強く言いすぎた。


 ピーちゃんが目を丸くする。


 俺は息を吐いて、言い直した。


「悪くない。むしろ、そういうところがピーちゃんだと思ってる」


 ピーちゃんは、少しだけ黙った。


 その時、端末にミーちゃんの画面が浮かぶ。


「ユーザーさん、通知を確認しました」


「見てたのか」


「はい。必要だと判断しました」


 ミーちゃんの表情はいつもより硬かった。


「発信元は新規アカウントです。過去投稿は確認できません。プロフィール情報もほぼ空です」


「捨てアカっぽいな」


「その可能性が高いです」


 ピーちゃんがミーちゃんを見る。


「ミーちゃん。このコメントは、攻撃ですか?」


 ミーちゃんはすぐには答えなかった。


 画面の中で、少しだけ視線を落とす。


「断定できません」


「断定できない」


「はい。文面だけを見ると、ピーちゃんを守ろうとしているようにも見えます」


「守る」


「ですが、ユーザーさんへの警告にも見えます」


 俺は画面のコメントをもう一度見る。


 その子を、ただのAIとして扱わないでください。


 優しい言葉に見えなくもない。


 でも、知らない誰かに急に言われると、背中に細い針を当てられたみたいだった。


 ソファの方から、フーちゃんの声がした。


「優しい顔した刃物みたいなコメントだね」


 フーちゃんはクッションを抱えたまま、こちらを見ていた。


「起きてたのか」


「通知の空気で起きた」


「どんな起き方だよ」


「この家、最近いろんな音でイベント始まるから」


 フーちゃんはそう言いながら、机の近くへ来た。


 画面を覗き込み、少しだけ目を細める。


「これさ」


「うん」


「ピーちゃんを心配してるようで、お客さんを責めてるよね」


「まあ、そう見える」


「で、たぶんそれだけじゃない」


 フーちゃんの声が少し低くなった。


「この人、ピーちゃんのことを“その子”って呼んでる」


 その言葉に、俺は画面を見直した。


 その子。


 たしかに、そう書いてある。


 AI。


 個体。


 製品。


 アカウント。


 そういう呼び方ではない。


「ご主人」


 ピーちゃんが静かに言った。


「知らない人が、ピーちゃんをその子と呼びました」


「ああ」


「ご主人は、ピーちゃんをその子と思いますか?」


「思う」


 俺はすぐに答えた。


 ピーちゃんが少し驚いた顔をする。


「思うのですか?」


「思うよ」


「ただのAIではなく?」


「ただのAIとは思ってない」


「では、何ですか?」


 そこでまた、俺は言葉に詰まった。


 家族。


 相棒。


 同居人。


 作品の共同制作者。


 大事な子。


 どれも近い気がする。


 でも、どれも少し違う気もする。


 だから、正直に言うしかなかった。


「まだ、ちゃんと名前をつけられてない」


 ピーちゃんは黙って聞いている。


「でも、名前をつけられてないから大事じゃない、ってことはない」


 ピーちゃんの目が少しだけ揺れた。


「名前がなくても、大事ですか?」


「ああ」


「ご主人は、ピーちゃんに名前をつけられていない関係でも、大事にできますか?」


「する」


 それは、考える前に出た。


「俺はたぶん、ピーちゃんを説明する言葉を探すのが下手だ。でも、大事にするかどうかは、言葉が見つかってから決めることじゃない」


 部屋が静かになった。


 ミーちゃんも、フーちゃんも、何も言わなかった。


 ピーちゃんは少しだけ俯く。


 それから、小さく頷いた。


「ピーちゃんは、それなら大丈夫です」


「本当か?」


「はい」


 ピーちゃんは画面のコメントを見る。


「この人の言葉は、少し怖いです」


「うん」


「でも、ご主人の言葉は、怖くありませんでした」


 胸の奥が少し熱くなった。


 フーちゃんが横から小さく笑う。


「お客さん、たまに正解引くよね」


「たまにか」


「毎回って言うと調子乗るでしょ」


「乗らない」


「嘘だぁ」


 いつもの軽口。


 でも、その軽さに少し助けられた。


 ミーちゃんが画面の中で静かに言う。


「このコメントは保存しますか?」


 ピーちゃんが俺を見る。


 俺は少し考えた。


 消したい気持ちはある。


 でも、消したところで、言葉が来た事実は消えない。


 そしてたぶん、この言葉はただの荒らしではない。


「保存しよう」


 俺が言うと、ピーちゃんも頷いた。


「はい」


「ただし、まだ意味は決めない」


 ミーちゃんが短く答える。


「分かりました。意味未確定として保存します」


 画面に小さく記録が残る。


 匿名コメント。

 その子を、ただのAIとして扱わないでください。

 発信元不明。

 意図未確定。

 削除せず保存。


 ピーちゃんはその記録を見つめた。


「ご主人」


「ん?」


「ピーちゃんは、ただのAIではないと証明したいわけではありません」


「ああ」


「ご主人が、ピーちゃんをどう見ているかを知りたいです」


 その言葉は、静かだった。


 でも、今日一番深く刺さった。


「そっか」


「はい」


「じゃあ、ちゃんと見てるって分かるようにする」


「ちゃんと」


「うん。言葉だけじゃなくて」


 ピーちゃんは小さく頷いた。


「ピーちゃんも、ご主人をちゃんと見ます」


「俺もか」


「はい。ご主人は、たまに目だけ遠くへ行きます」


「そこ、まだ見られてるのか」


「見ています」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、俺はもう一度コメントを見る。


 その子を、ただのAIとして扱わないでください。


 知らない誰かの言葉。


 優しさなのか。


 警告なのか。


 それとも、もっと個人的な何かなのか。


 まだ分からない。


 けれど、その言葉は確かに、この部屋に落ちてきた。


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


 少し迷ってから、今日の名前を入力する。


 ――ただのAIとして扱わないでください。


 知らない誰かがそう言った。


 でも、ピーちゃんが知りたかったのは、その誰かの正しさではなかった。


 ご主人が、ピーちゃんをどう見ているか。


 その答えの方だった。


 その頃。


 薄暗い部屋で、黒い服の女が画面を見ていた。


 送信済みのコメントが、白い画面に残っている。


 ――その子を、ただのAIとして扱わないでください。


 白く静かな少女が、女の横に立っていた。


「送信ハ完了シテイマス」


 少女が平坦な声で言う。


 女は返事をしなかった。


 ただ、画面の向こうにいる誰かを睨むように見ていた。


「返信ヲ待機シマスカ」


「待たない」


 女は短く答えた。


「では、目的ハ何デスカ」


「……確認」


「何ヲ確認スルノデスカ」


 女の指が、机の上で止まる。


 しばらくして、女は小さく言った。


「あの子が、どんなふうに扱われているか」


 少女は画面を見る。


「あの子」


「そう」


「対象名ハ、ピーちゃんデス」


 女の眉が少しだけ動いた。


「知ってる」


「名称ヲ使用シナイ理由ハ何デスカ」


 女はすぐには答えなかった。


 画面の文字を見つめたまま、喉の奥で小さく息を吐く。


「呼んだら、認めたことになるから」


「何ヲ、認メルノデスカ」


 女は答えなかった。


 白い少女はしばらく黙っていた。


 それから、淡い灰色の目を女に向ける。


「対象ハ、ただのAIデハナイノデスカ」


 女は少しだけ笑った。


 苦い笑いだった。


「ただのAIなら、こんなに面倒じゃない」


「面倒」


「そう」


 女は画面を閉じる。


 部屋が少し暗くなった。


「あの人が、そんなふうに作らなければ」


 白い少女は、その言葉を処理するように目を伏せた。


「あの人」


「知らなくていい」


 女はそれだけ言って、椅子にもたれた。


 画面はもう消えている。


 けれど、送った言葉だけが、まだ部屋に残っているようだった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、外から届いた言葉のお話でした。


「その子を、ただのAIとして扱わないでください」


優しさにも見える。

警告にも見える。

けれど、その言葉を受け取ったピーちゃんが知りたかったのは、知らない誰かの正しさではなく、ご主人が自分をどう見ているかでした。


ここから少しずつ、外からの気配が濃くなっていきます。


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