番外編 禁忌の研究者:六話
放課後。昨日と同じように、俺達は俺の部屋に集まっていた。
「……とりあえず、攻略は進んだんじゃない?」
「……そうなのか?今日は何も進展がなかった気がするんだけど」
「んー、少なくともフラム先輩の反応は悪くないものだったと思うよ。食事を食べさせ合うってのは恋愛イベントの定番だとも文献に書いてあったし……」
……凄いな。そんな少女漫画みたいな文献があるのか。機会があればぜひ見てみたいものである。
「それにしても、君は全然嬉しそうじゃないね。人間って恋人が出来ることを嬉しく思うんじゃないの?」
「まぁ、皆がそうじゃないってことだな。俺は……恋人っていうのに、興味がないだけだよ」
「え、どうして?」
「今まで、そういう経験をしたことがないんだ。昔は人の関わりだって少なかったし、恋愛なんてしてる暇もなかった」
親もいなかったし、義理の両親だってそこまで仲が良いようには見えなかった。だから俺は友情や、弟や妹に対する家族愛しか知らない。恋愛なんて、出来るような人間でもない。
「なるほどねぇ……恋人作ってみたいとか、考えなかったの?」
「ないな。誰かをそういう意味で好きになったこともない」
「……君、マジで恋愛ゲーム向いてないね」
「おいこらやめろ」
ストレートに言ってくるなよ、傷つくだろ。……ていうか、なぜ俺は自ら悲しい過去を明かしているんだろう。俺は机に突っ伏しながら、ぐぐもった声で言った。
「……お前はどうなんだよ」
意趣返しの意味も込め、俺はぶっきらぼうにアルジュナに問う。俺の言葉を聞いたアルジュナは首を傾げながら身の上を話し始めた。
「僕は生まれてこの方、研究しかしてなかったからね。我が神に創られ、知識の欲を与えられて……≪神の使徒≫として幾千の時を生きた。退屈過ぎて、ちょっぴり過激な実験を行ったりもしたなぁ……懐かしいなぁ……」
……アルジュナの言葉から、俺は彼女が魔物だったということを思い出した。ミドラといいこいつといい、魔物というのは人間と大分感性や倫理観が違うのかもしれない。そりゃシオン――シオンは魔族だが――にキレられるよな。
「そもそも僕は魔物だから。見た目は美少女だけど、僕には性別なんてものはないし、恋愛感情なんてものは持ち合わせていない。僕はただの、禁忌を好む研究者さ」
「ふーん……」
……アルジュナの言葉は飄々としたものだったが、平坦とした声色だった。まるで、自分は研究するためだけに生まれたとも言っているようだった。アルジュナの言葉が止まり、少しの静寂が訪れる。
「……もしかして、僕達ってお互い恋愛に向いてない?」
「……そうだな。このままだと多分お前とシオンが鉢合わせる事になるかもしれん」
「うわああー!考えたくなーい!頼むからユウ君頑張ってよ!」
「いや、そう言われてもだな……」
……確かに前進はしているのかもしれない。しかしそれが目標までどのくらい進んでいるのかが分からない。いくら手を組んでいるとはいえ、ゲームみたいにスピード攻略出来るわけでもない。つまり、今まで通り行動していくしかないわけで。それは俺にとってもアルジュナにとっても不利益である。あれ、地獄かな?
「……こうなったら……!背に腹は代えられない!」
「お、おい。大丈夫か?目つきがやばいぞ」
「……アルジュナ、行きまーす!」
アルジュナがこちらを見たと同時に、俺はベッドに押し倒された。…………は?何が起こってんの……?顔を上げてみると、やばい目つきのアルジュナと目が合う。
「あ、アルジュナ……?何してんのお前……」
「……賢い僕は閃いた。僕がすぐに世界をいじって僕を「攻略対象」にする。そして僕が君の恋人になれば……君はこの世界から出られて、僕は族長の娘からも離れられる。一石二鳥だと思わないかい?」
「思うけど……お前今からなにする気?目が怖いんだけど」
アルジュナは上着を投げ捨て、制服の袖をめくった。俺は手をがっちり掴まれて動けない。……こいつ、めっちゃ力強いな!アルジュナはやばい目つきのまま、俺に顔を近づけ、こう言ったのだ。
「……恋人になる条件は二つ。一つは、何かしらの好意を持って主人公が告白し、ヒロインが告白を受け入れること……もちろん逆も可……もう一つは……片方からのとある部分の肉体的接触っ!つまりキスという行動からそれ以上!もちろん逆も可っ!」
……静寂が、満ちた。俺は目を点にして、アルジュナをぼんやりと見上げる。――そこから事態を理解するのに、三秒かかった。自分が置かれている、危機的状況を。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?お前、ふざけんなよ!?お前俺にマジで何しようとしてんの!?」
「……ユウ君。今攻略対象に「僕」を追加したよ。後は君が天井のシミを数えていればいいだけだ」
「ちょっと待ってほんとに待って!俺まだ十六だぞ!?千何歳のお前が俺に手を出すのはマジでやばいと思うんだ!」
「……ユウ君。年齢の差なんて些細なものさ。僕から見れば千歳も十歳も変わらないよ」
「それはお前の基準だろうが!それに、お前は本当にそれでいいのかよ!?」
「命あっての物種……昔から伝わる言葉だ。僕はまだ死にたくない。族長の娘かマルベリー様に殺されるくらいなら、僕はどんな手段も厭わないし、この身体だって売れるよ」
マジかよ。こいつはシオンとシオンの母親に一体何をされたんだ。目が据わってるんだけど。
「大丈夫。人間の「そういうこと」は文献で研究したよ。やり方も知ってるし、君はただ僕に身体を預けるだけでいい」
「嫌だよ!というか、こんな横暴が許されていいのかよ!?これは恋人とかいうレベルじゃなくない!?」
「それは、君の世界に文句を言ってほしいね。僕はこの世界に「ぎゃるげー」に含まれる要素をぼんやりと詰め込んだだけだから。少し違和感があったとしても、それはおかしなことじゃないんだよ」
やばい。気が狂った奴に何を言っても意味はないようだ。このままでは大切なものを失ってしまいそうである。
「大丈夫。少し痛いかもしれないけど、それは一瞬だよ」
「いやぁぁぁぁ、誰か助けてくれぇぇ!」
俺が必死に抵抗し、アルジュナが制服のボタンに手をかけた時……突如、爆発音が響いた。
「な、なんだ!?」
「……っ!?この気配は……!」
アルジュナは音のした方を向き、俺を拘束する力を弱めた。その隙に俺は抜け出し、窓から外の様子を見る。……外には、漆黒の龍が空を飛んでいた。学園の外……広がる街や森に火がついていた。
「あ、あれって……火事!?」
「大丈夫。人間がいるのはあの学校だけだ。あれは全部幻みたいなものだよ」
アルジュナが俺の横で窓の外を覗く。彼女は珍しく神妙な表情をしながら、外を眺めていた。
「あれって、ドラゴンか?」
「あれは、シャドウプルートー。生成されたばかりの不安定な世界に現れる破壊の龍だ。放っておくと世界を破壊して、他の世界まで行ってしまうね」
「それって、やばいんじゃないか?」
「……この世界を破壊されるわけにはいかないな。ちょっと行ってくる」
「っておい!?アルジュナ!?」
アルジュナが走って部屋を出ていったので、俺はそれを追いかけていった。




