最終話 顔無しの悪魔
――とある日の昼下がり。シェリィは、カウンターで頬杖をついて唸っていた。
「んー……暇ね」
理由は店の客足が少なく、手持ち無沙汰になっているからだ。いつもは武器の鍛造やら納品やらでとても忙しい彼女だが……偶然、今日は一つも仕事がなかったのだ。
「……あの、シェリィさん。一応ここに客がいるんですが」
「別にいいでしょ?暇なものは暇なのよ。ユウだって、さっきから武器を眺めてるだけで、手に取ってもないじゃない」
「すいません」
あっさりと手のひらを返した少年……ユウは、頭をかきながら視線を逸らした。そんな彼の後ろにいるのは……金髪碧眼の少女、フラムである。彼女はどこか不機嫌そうに、ユウをじっと見ている。
「おい、フラム。なんでさっきから無言で見つめてくるんだよ?怖いんだけど……」
「別に、理由なんてないけれど?」
そっぽを向いたフラムに、シェリィは何かを察してニヤリと笑みを浮かべた。すなわち――この子、暇つぶしに使えそう。と。
「まさか、ユウの知り合いにそんなに可愛い子がいるなんてね。連れてきたときはびっくりしたわ。もしかして、彼女とか……?」
「いや、そんなんじゃないです」
……後ろにいるフラムが胸を押さえている。シェリィは笑いそうになるのを堪えながら、ユウに話を振る。
「ユウって意外と、女の子の知り合いが多いわよね。前に店に来たときも、シオンやアオイと一緒に来たものね」
「!?」
「まぁ、そうですけど……」
「!?」
フラムが目を見開いて、交互にシェリィとユウを見る。……シェリィは思わず吹き出しそうになった。駄目だ、この子面白い。
「ど、どういう事!?まさか、私を一人だけ除け者にしたの!?」
「うるさっ……いや違うって。そもそもお前、用事があるとか言って来なかったじゃないか」
「うっ……」
痛い所を突かれたのか、言葉に詰まるフラム。シェリィはカウンターに頬杖をついたまま、愉快そうに笑っている。
「あら、ユウはその子だけ除け者にしたの?」
「違いますって!」
「もしかしたら、彼女はその子じゃなくてシオンかしら?それとも、アオイとか……」
「それは絶対にないです」
「そ、そう」
本気トーンで返され、今度はシェリィが言葉に詰まった。後ろではフラムが安堵の息を吐いている。……なんか、良かったわね。うん。――話題を変えよう。とシェリィは思った。
「そ、そういえば、あなたは初めてましてよね。わたしはシェリィ。この店の店主をやらせてもらっているわ。よろしくね」
「……フラム・ランスです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく……って、フラム・ランス……?あなた、ランス家の人なの?」
「……?ええ、そうですけど……」
シェリィが驚いているのを見て、フラムは首を傾げる。シェリィはフラムを見ながら、カウンターから離れて彼女の元へ駆け寄る。
「あなたが、ランス家の人ね!いつもうちの武器をご贔屓にしてくれてありがとう!」
「は、はい……?」
「あ、ごめんねいきなり。あなたの家……ランス家はね、この店とずっと前から取引をしているの。そうね……わたしの師匠の師匠が、この店を両親から受け継ぐもっと前からね。いやー、まさかわたしが生きている内に会えるなんて!こんな偶然があるのね!」
「師匠の、師匠……?この店って、そんなに歴史ある感じの店なんですか?」
首を傾げてそう言ったユウに、シェリィは興奮冷めやらぬ様子で語り始める。
「そうね……もうざっと百年くらい続いてるんじゃないかしら。あ、ちなみにわたしの「シェリィ」って名前も、師匠の師匠から受け継がれてる名前なのよ。つまり、わたしは三代目「シェリィ」……ってところかしら」
「へぇ……凄いですね」
「……初めて聞いたわ」
「まぁ、今は年に一度、武器の注文をされるだけだもの。……でも、あなたの父のグレイドさんはよく来てくださるわよ。上の娘が武具の収集を好んでいるから、娘の好きそうな武具はないかと聞かれた事もあったわね……」
「お、お父様が?」
フラムが困惑した様子で首を傾げる。その様子を見て、シェリィは面白そうに笑った。
「随分と優しいお父様ね」
「も、もう……お父様ったら……」
「グレイドさんらしいな」
フラムは顔を赤くして、視線を逸らした。ユウとシェリィは、微笑ましいものをみるような視線になっていた。
「そうだ。せっかくだから、フラムちゃんの武器も作ってあげましょうか?お安くしておくわよ。今なら、わたしお手製の人形もつけてあげる」
「人形……?」
「うちに代々伝わってる人形でね。何でも、師匠の師匠から伝えられた、幸運の人形だとか……ほら、これ」
シェリィはフラムの前に、店に飾っていた人形を見せた。それは青い瞳をした、白髪の少女の人形だった。黒い異国の衣装を纏っており、丈が少し短いのが特徴的だった。
「な、何これ……?女の子……?しかも、こんな破廉恥な……」
「そう?とっても良くできてると思うんだけど……あ、別の人形も用意できるわよ?もう一つ、黒髪の男の子の人形が……」
シェリィがそう言った、その時――カウンターの裏から、茶髪の少女――エメルナが出てきた。エメルナはおどおどとした様子で、熱弁をふるうシェリィに声を掛けた。
「あの、シェリィさん……」
「あら、エメルナ?どうかしたの?」
「その、お客様が……」
「え、本当?気が付かなかったわね……今行くわ!二人共、ちょっと待ってて」
シェリィは店の出入り口に視線を向け、フラムとユウを置いてそこに向かった。――そこには、エメルナの言葉通り、客の姿があった。
「ごめんなさい、少し立て込んでて……?」
シェリィは客に駆け寄り、視線を向け――言葉を止めた。――それは、白髪の少女だった。特徴的な青い瞳に、少し際どい黒い異国の衣装――今、シェリィが持っている人形と同じ姿の少女が、そこにいた。
「え、あなたは……?」
「……久しぶり、シェリィ」
少女――ワダツミは。少しだけ、口角を上げながらそう言った――
――――
漆黒の空間の中、コウ――フェイスレスは笑みを浮かべる。漆黒の瞳に愉悦の光を宿し、彼はユウを眺めている。
「……世界は、よりよい方へと向かっています。これもまた、我が神の導きでしょう」
フェイスレスは脳裏に自らの神を思い浮かべ、喜びを表現するかのように羽を羽ばたかせる。彼の求めるものは喜びのみ。欲望と虚無の神が与える、喜びのみだ。彼は神の信徒である。いや、神の信徒だった。だが彼は今もなお、自分の神を信じている。
「――コウはルミと結ばれる」
フェイスレスはポツリと呟く。彼は漆黒の瞳に虚無を宿し、言葉を紡いでいく。
「――###が生まれ、コウとルミは死ぬ」
「ルミは異世界へ転生し、その息子である###も異世界に転生する」
「そして、コウは――」
とめどなく言葉が溢れ、その間もフェイスレスは笑っている。まるで、物語を語るかのように、大仰な素振りで。しかし、彼の語りは、突然として終わりを告げる。
「……全く変わらねぇな、偽物野郎」
突然割り込んできた声。フェイスレスにとって聞き覚えのあるその声は、明確な殺意を宿していた。フェイスレスは振り返り、その声の主を見る。
「おや……ベリルさんではないですか。お久しぶりです。あの頃と、お変わりないようで」
「はっ、変わらねぇのはてめぇも同じだろうが、偽物野郎――いや、顔無しの悪魔。よくもまぁこんなへんぴな所に身を隠したもんだ」
声の主――ベリルは、異形の顔に不敵な笑みを浮かべながらフェイスレスを睨む。そして、彼は自分の拳を構えた。
「……あの時は油断したが……二度目はねぇ。今度こそ、てめぇをぶっ飛ばす。てめぇが何を企んでるのかは知らねぇが……とっとと消え失せろ」
「おやおや、随分と乱暴なことで。同じ神の信徒だというのに、嘆かわしい」
「俺は神の信徒なんかじゃねぇ……!俺は、欲望の大悪魔、ベリル様だ!」
フェイスレスの言葉を聞いて、ベリルはフェイスレスに殴りかかる。しかし、フェイスレスはいとも容易く躱し、ベリルに向かって手をかざした。
「――≪拘束≫」
「何っ!?……ぐあっ!」
フェイスレスの手から放たれた鎖が、ベリルの身体に纏わりつく。鎖はベリルを縛りあげ、動きを止めた。
「ぐっ……何、しやがる……!」
「まだ消されるわけにはいかないので。ああ、安心してください。すぐに送り返して差し上げますよ。あなたの主――スレイプニールさんの元にね」
「んなことしても、無駄だ……!もうてめぇの居場所は割れてる……!すぐに、てめぇを消してやるから――」
「――さようなら」
フェイスレスがそう言うと、ベリルの姿がその場から消失する。フェイスレスは興味を無くしたように視線を逸らし、再び彼の前に###の姿を映し出す。
「……少し、結界を強化する必要がありますね。彼の観察もまだですし……ああ、まだまだやりたいことが浮かんできます……!」
フェイスレスは再び愉悦の笑みを浮かべた。――彼は既に狂っている。彼を見たものは皆、同じ感想を抱くだろう。しかし彼は自分こそが正義だと信じて疑わない。彼を構成する――欲望を正義だと。
「###……あなたには既に、兆しが現れています」
フェイスレスは呟き、ユウの姿を瞳に写す。
「それが吉と出るか凶と出るか……今から見届けるのが、楽しみです」
彼の呟きが、漆黒の空間にこだまする。それはどこまでも、喜びに満ちていて……どこか、残虐さを秘めているものだった。
この物語はもう少しだけ続く予定です。よろしければそちらもお願いします。




