第三十話 転生
……退屈だ、とわたしは思った。店番をしながら、来るかもしれないお客様のために掃除ばっかり……もしかしたらわたしの仕事は店番ではなく掃除係なのでは、と勘違いするほどだ。
「暇ねぇ……」
――数カ月前、わたし――シェリィは冒険者を辞めた。パーティーを追放され、一人で黙々とクエストをこなしていたわたしは……とあるクエストで、大怪我を負った。薬草採取の途中にトレントに襲われ、腹部に大きな怪我を負った。そのせいで剣が振るえなくなり、わたしの魔法だけでは心許なく……わたしは冒険者を辞めて、故郷の工房を手伝って生活する事になった。ちなみに、わたしをクビにしたパーティーメンバーの男は、どういうわけかパーティーを解散することにしたらしく、その後の行方は不明。……まぁ、ざまあみろって感じね。
「そもそも、こんな田舎の村に、武器を買いに来る人がいるわけないじゃない……父さんも母さんも、考えが古いのよ。せめて農具だけにすればいいのに」
うちの工房は、武器や農業に使う道具を作る事を生業にしている。だが、こんな平和な田舎に武器を必要とする人なんていない。だから村で売れるのは農具だけで、両親は町に武器を売りに行っている。まぁそれでもお客は少ないんだけど。そんな事を考えていると、ふと、店の扉が開かれた。
「……いらっしゃいませー」
「やぁ、コモンズ嬢!息災か?」
入ってきたのは、金髪碧眼の、鎧を纏った女性だった。彼女の名はアライブ・ランス。わたしがいたイチの町に、王家から派遣された騎士の家の一人娘だ。彼女はトレントに襲われた時にわたしを助けてくれた人だ。その時に知り合って、今はよくうちの工房に足を運ぶようになった。
「ああ……アライブ様。こんにちは」
「こんにちは。今日も武器を見に来たのだが……おや、今日は武器を並べていないのか?」
「……今日は両親が出稼ぎに出ているので。タイミングが悪かったですね」
「そうか……残念だ。しかし、流石はコモンズ工房だ。農具の造形も素晴らしい。家の土産にでもしようかな?」
「それは止めてください」
……本人から聞いた話によると、アライブはこの工房の武器をとても好んでいるらしく、騎士団でも部下に買い与えたりもするらしい。……農具を家の土産にするのはどうかと思うが、それくらいうちの工房の武器が好きなのだろう。けどそんな事をされたらうちの工房が消されかねない。
「ハッハッハ、冗談だコモンズ嬢。そんな事をしたら、父上に叱られてしまうからな」
「……そういう問題ではないと思います」
「おや、そのように堅苦しい話し方は必要ないぞ。年も近いのだし、もっと砕けた感じで接してくれ」
「いえ、今は店番の途中なので……」
アライブは出会ってから、とにかくわたしの事を気にかけてくる。多分、怪我をしたわたしを気遣ってくれているのだろう。……それにしても、少し距離が近い気がするけど。
「ふむ……ならば、店番をしていないときなら、良いと言うことか?」
「違います。ただの平民のわたしが、アライブ様とそのように話すことは許されませんから」
「身分の違いなど、気にしなくてもいい。私はコモンズ嬢と対等な友になりたいと思っている。よければ、呼び捨てで呼んでくれても構わぬのだぞ?」
「呼びません」
強い口調でそう言うと、アライブは楽しそうに笑みを浮かべた。一体どこに笑う要素があったのかしら。
「手厳しいな。しかし、私が君を対等な友になりたいと思っているというのは嘘ではないぞ」
「……そうですか」
「おっと、長く話してしまったな。そろそろ私は帰らせてもらうよ。仕事があるのでな」
そう言って、アライブは店を後にした。……毎度のことながら、嵐みたいな人ね。
「……友達、か」
……わたしは生まれてこの方、友達なんて出来た事がない。小さい頃はずっと工房の手伝いをしていたし、冒険者になってからも、パーティーメンバーと良好な関係を築けたことはなかった。だから、わたしは一人で生きていこうとして……失敗した。
「……誰かとパーティーを組めれば、冒険者を辞めることもなかったのかな」
ありもしない独り言を呟いて、わたしは苦笑する。……わたしは自分が内弁慶であることを知っている。だから人と仲良くなんてできないし、仲良くしようとも思わなかった。……それがわたしの欠点だったなんて、今更気づくなんて……皮肉なものね。
「わたしだって……変わりたいよ」
わたしはカウンターに手を置いて俯く。……小さい頃、工房の手伝いばかりしていたわたしは、内気な自分を変えたくて、冒険者になった。どうやらわたしには才能があったらしく、みるみる内に成長して、冒険者になった。それで自分の実力を過信して……結局、怪我で引退して逆戻り。――最早あの頃の自尊心なんて、取り戻すことはできない。わたしは、変われない。
「わたしなんて……わたしなんてっ」
なんだか悔しくなって、カウンターを叩いた。カウンターの上にあるものが揺れて、小瓶やら何やらが倒れる。我に返ったわたしは慌てて倒れたものを直し、カウンターを元通りにする。――その時に、わたしはふと、ひとけのない工房を見た。
「あ……」
……昔からずっと変わらない内装に、綺麗に置かれている商品。一つ一つ父さんの手で作られた農具……小さい頃はなんとも思っていなかったそれらは、今のわたしには輝いて見えた。目に映るもの全てに、両親のこだわりが詰められている。たった、それだけで。わたしなんかよりも……輝いているように見えた。
――辛そうなシェリィを、見たくない――
――シェリィは凄い人です。俺なんかよりも、ずっと。
「……!?」
声が、聞こえた。どこか懐かしい、彼らの声が。わたしを助けてくれた――二人の声が。
「何……今の……?」
わたしは頭を押さえて、顔を見上げる。しかし、声を発したような人物は見当たらず、わたしは首を傾げる。すると――わたしの頬を、冷たいものがつたった。
「……あれ?」
なんで、わたしは泣いているんだろう。なんでこんな、に寂しいんだろう。なんで……こんなに、悲しいんだろう。
「ワダツミ……コウ……」
今、口に出た言葉の意味を、わたしは知らない。けど、それはわたしの背中を押してくれているようだった。不思議だけど、そう感じた。――次の瞬間、わたしは気を引き締め、自分の頬を叩いた。
「……頑張らなくちゃ」
そうだ。わたしは……無理に変わらなくてもいい。特別な事をしなくても、凄い事を成し遂げなくても……わたしを認めてくれている人はいる。わたしはその人に報いるために、「ありのままの自分」であり続けるだけでいい。それだけで……いいんだ。
「そうでしょう……二人共」
わたしはカウンターの裏に戻って掃除道具を手に取る。そして誰もいない店の中を、一人で掃除し続けた。両親が帰ってくるまで、ずっと。
――――
……異世界から無事戻ってきた私達は、家族三人でいつも通りの日々を送っていた。私は大学受験のための勉強を。アカリは徐々に学校に行く日数を増やし、母さんは仕事に追われているらしい。なんてことのない、平和な日常だ。
「……いい天気だな」
私は勉強をするために、近くの図書館に向かっていた。天気は良好で、外に出る日にはうってつけの日だった。私は思わず空を眺めながら、のんびり歩いていた。
「――痛っ」
すると、すぐ近くから声が聞こえた。視線を向けると、黒髪の少年が倒れているのが見えた。私は少年に駆け寄り、声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「す、すみません……転んでしまって……痛っ」
「……もしかして、足を挫いたのか?立てるか?」
「だ、大丈夫で……痛っ」
「手を貸そう」
……痛がる様子の少年に、私は手を差し伸べた。少年は遠慮しているような表情を浮かべていたが……素直に私の手を取り、私は彼の腕を肩に回した。
「どこか休める場所に行こう。足、大丈夫か?」
「は、はい」
私は少年を連れて歩き、やがて近くの公園に辿り着いた。私は少年をベンチに座らせて、怪我の状態を確認する。
「……腫れているな。誰か、連絡の取れる人はいるか?」
「は、はい。一緒に来た友達が……」
「その人に連絡を取ってくれ。私は病院がないか探すとしよう」
私がそう言うと、少年は自分の携帯を操作し、友人に連絡を取り始めた。私はそれを見て自分の携帯を開き、地図で近くに病院がないか探す。……幸い、それらしきものは見つかった。私はそれをメモして携帯から目を逸らし、少年の方を見る。
「あの……連絡しました。すぐに向かうと……」
「よかった。近くに病院があるから、そこで診てもらうといい。……もし、足が痛みが酷いのなら、私がすぐにでも連れて行くが……」
「だ、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「気にしなくていい。……友人が来るまで、私も待っていよう。怪我人を放っておくわけにはいかないからな」
「……ありがとうございます」
少年は俯きながら礼を述べる。……その様子に、どこか既視感を感じた。まるで、コウのような――――コウ?何を言っているんだ、私は……?
「……お姉さん?どうかしましたか?」
「い、いや。何でもない。少し考え事をしていたんだ」
「そ、そうですか……」
「……ああ、そうだ。病院までの地図を書いたから、渡しておくよ。少し雑だが……」
どこか気まずい雰囲気が流れたので、私は手に持っていたメモを少年に渡した。
「あ、ありがとうございます。なにからなにまで……」
「どういたしまして。次は転ばないようにな」
そう言って笑いかけると、少年は少し照れくさそうにした。――そんなやりとりをしていると、少し遠くから、走ってくる音が聞こえてきた。
「――コウさん!」
高い声が聴こえて振り返ると、そこには息を切らした茶髪の少女がいた。少年は少女の姿を見ると、パッと明るい表情になった。
「ルミさん……!来てくれたんだね」
「もう……いきなりいなくなって、心配したんですからね」
「ごめん、俺のせいで……」
「まぁ、無事でよかったです……あれ、そちらの方は……?」
「ああ、通りすがりのものだ。彼が倒れていたから、この公園まで運んだんだ」
「そうなんですか!?本当に、ありがとうございます……!」
少女は頭を下げて礼を述べる。この二人はとても礼儀の正しい人なんだな、と私は思った。
「どういたしまして。足を怪我しているから、近くの病院で一応診てもらってくれ。地図をこの子に渡してあるから」
「そこまでしてもらえるなんて……!重ね重ね、ありがとうございます!えっと、何かお礼を……」
「必要ないよ。それより、彼を早く病院に連れて行ってやってくれ」
「……わかりました。それでは、お言葉に甘えて……行きましょう、コウさん」
「……うん、ルミさん。お姉さん、本当にありがとうございました」
少年は最後に礼を言って、少女に肩を貸してもらいながら、公園を去っていった。私はその背中が見えなくなるまで見送り……自分も、公園を後にした。
「コウ……どこか、聞き覚えがあるような……?」
聞いたことがないはずの名前だ。ましてや、あの少年とは初めて出会ったんだ。聞き覚えがあるはずがないんだが……どこか、後ろ髪を引かれてしまう。
「……疲れているのだろうか」
……うん。きっとそうだ。そうに違いない。きっと、テレビの俳優か何かの名前と聞き間違えたんだろう。そうじゃなきゃおかしい。
「……図書館に行こうか」
思考の末、私は当初の目的を果たすことにした。胸の内に広がる疑惑を、掻き消すかのように。




