第二十六話 内なる存在との戦い
火山の山頂に辿り着いた俺は、銀髪の男性――ベリルを取り込んだホロウという人物の前に立っていました。ホロウはこちらに気がつくと、訝しんだ様子でフェリスさんと俺を交互に見ます。
「……何者だ、君たちは。見たところ、天使とただの人間のようだが……」
「ようやく見つけましたよ、反逆者ホロウ。私は秩序の大天使フェリス――私がここにいる意味、お分かりですよね?」
「……チッ、スレイプニールの手先か……!それにそっちの人間は、悪魔の器……!私の持つ悪魔を奪いに来たか!」
「観念しなさい。これからあなたに裁きを与えます。……≪天使化≫」
「えっ?……くっ……ああ……!」
フェリスさんは俺に手を当てて、身体の中に何かを注ぎ込んできます。身体が燃えるように熱くなり、引き裂けるような痛みが俺を襲いました。
「……!?貴様、悪魔の器に天使の力を……!?やめろ!そんな事をすれば、私の悪魔の力が……!」
「……悪魔は既に、あなたと同化しつつあります。力を削るには、こうするより他ないのです」
「う、あぁ……!」
……ホロウとフェリスさんの声が耳に入りますが、俺は痛みでそれどころではありません。気を抜けば、意識が飛んでしまいそうです。
「……騙してしまってごめんなさい、####コウ。ですが、あなたの命はもう風前の灯……悪魔ベリルが肥大化する前に、ここであなたを創り変えます」
最後に、フェリスさんの声が聴こえて――俺は、眠るように意識を失いました。
――――
目の前の少年――コウに、フェリスは力を注ぎ込む。少年のうめき苦しむ声を聞き、眼前の敵――ホロウの姿を見ながら、フェリスは力を注ぎ終えた。
「…………」
コウの姿は、最早人間ではなくなっていた。黒髪黒目はそのままに、頭には光の輪が浮いていた。背中には六羽の翼を持ち、虚ろに宙を浮いていた。
「馬鹿な!?貴様、人間を天使に変えたというのか!?ありえん!そんな事は不可能なはずだ!」
「……私は秩序の大天使。秩序のために奇跡の一つすら起こせずに、その名は名乗れません」
「ぐっ……!まだだ。まだ私の悪魔の力は残っている!――はぁぁぁ!」
ホロウは両腕を突き出し、白き魔物達を生み出した。獰猛に吠える魔物達を前に、フェリスは宙で槍を構える。――それに合わせるように、コウも槍を構えた。
「――≪天槍≫」
フェリスの言葉と共に、二つの槍から光線が放たれる。それは白き魔物達を容易く焼き払い、消滅させた。
「な、何だと!?」
「反逆者ホロウ。あなたには二つの罪があります。一つ、自らを死者の案内人と偽り、勝手に転生者を生み出したこと。一つ、世界の理を崩し、災厄である虚無龍を呼び覚ましたこと……秩序の大天使の名の元に、あなたに裁きを与えます」
フェリスの気迫に飲まれたのか、ホロウの顔が歪み、彼は後ずさる。彼は追い詰められたせいか、必死の形相で片手に持つ白い剣を構えた。
「や、やめろ……!来るな……!」
「抵抗は無駄です。あなたの中にいる悪魔ごと、裁きの光で葬ります」
「やめっ――!」
フェリスは再び静かに槍を構え、全身に魔力を流していく。彼女の纏う光が強くなり、コウの持つ槍とフェリスの持つ槍が、光の柱と化した。
「――≪秩序の矢≫」
コウとフェリスが、同時に槍をホロウに投げる。ホロウの身体が二度貫かれ、身体の大半が崩れ落ちた。辛うじて残った首だけが地面に転がる。
「ぐはっ……!」
「……やはりしぶといですね。悪魔の力が抵抗しましたか……ですが、それも無駄な抵抗です」
「な、何故だ……!私は、この世界の、支配者、に……!」
「――あなたは所詮、ジンマの成れの果てに過ぎません。……眠りなさい。過去の遺物よ」
「貴様ぁぁぁぁ……!」
ホロウは殺意の籠もった目を向けるが、フェリスはどこ吹く風だ。ふと、ホロウが自らに視線を落とすと、彼の首が、下から消滅していっているのが見えた。
「い、嫌だ!消えたくない!私は、いや、私達はまだ死ぬわけには……!」
ホロウが最後の抵抗を示したその時――空間に、声が響いた。
≪――なら、その身体貸してくれよ≫
「……っ!?だ、誰だ!?――ぐっ、がっ……!?あがああああ!?」
ホロウの叫び声が響くと同時に、ホロウの姿が一瞬にして消え去り、黒い靄となる。黒い靄はホロウの立っていた場所に移り……やがて、一人の少年の姿となった。
「……!?あなたは、まさか……!?」
フェリスはその姿を見て、目を見開いて驚く。何故なら、目の前に現れたその少年は……コウと瓜二つの姿をしていたからだ。
「……よくやってくれた、天使サマ。やっとこのクソ野郎から解放された」
「あなたは、まさか……」
「そう。俺はベリル。ベリルだ。所謂――悪魔って奴だ」
少年――ベリルは。不敵な笑みを浮かべて、白い剣を肩に乗せた。
――――
――数刻前。
「ようやく来たか、コウ……!」
火山の山頂に現れた、どこか頼りない雰囲気の少年――コウは、俺ではなく、外側にいるホロウを見つめる。こうしての自分の姿を見ると、心の内から憎悪が湧いてくる。
「後ろにいる奴は……誰だ?」
コウの後ろにいる、羽根の生えた銀髪の女性。どこか神秘的な雰囲気を放つ天使のような彼女を見ていると、何故か嫌悪感が湧いてくる。なんなんだ、あの女は。……そんな事を思っていると、銀髪の女性はコウの背中に手を当てる。すると、コウは苦悶の声を上げ始めた。
「……!?あいつ、何してやがる!?――ぐっ、ぐああっ!」
一体これはなんだ。身体が焼けるように熱い。まともに意識を保てない。あの女、一体何を……!?そうしてしばらく苦痛に耐えていると、ふと、その苦痛は消え去った。意識を戻した俺は、ホロウの身体の内からコウの姿を見た。
「……なんだ、あれは?」
それは、コウではなかった。頭に光の輪を浮かせ、六つの羽を背中に生やした奴は……虚ろな表情で、こちらを見ていた。
≪――≪天槍≫≫
≪な、何だと!?≫
外から、ホロウの情けない声が聞こえる。見ると、あの銀髪の女とコウが、ホロウの眷属とやらを焼き払ったようだった。……ホロウは情けなく剣を構え、恐れを抱いた様子で二人から距離を取る。……何をしてるんだこいつは。俺をここに閉じ込めて置いて、ここで勝手に死ぬ気か?……絶対に許さねぇぞ、そんなの。コウに負けるのは絶対に許さない。どうにかして、こいつから身体の主導権を取り戻せないものか……そんな事を考えていると、銀髪の女とコウはこちらに槍を向けている。……それを見て、俺はピンときた。もし、ホロウが瀕死になって、抵抗する力が無くなれば……残った部分から、俺の力で再生できるんじゃないか?
「……ん?俺の、力?」
何を言ってるんだ俺は。俺はただの人間だ。そんな再生の力なんて、あるはずが……
「…………」
……確か、ホロウは俺を悪魔だと言っていたな。その言葉が本当なら、俺はあの天使みたいな女に抵抗できるんじゃないか?そうすれば、俺は表に――!
≪――≪秩序の矢≫≫
なんて思っていると、女がホロウに光の柱を投げつけた。……チャンスだ。ここで俺が、抵抗して――
≪い、嫌だ!消えたくない!私は、いや、私達はまだ死ぬわけには……!≫
「――なら、その身体貸してくれよ」
ホロウの断末魔を背に、俺は狙い通りあいつの身体を喰らって表に現れる。眼前に、変わり果てたあいつの姿を見ながら……




