第二十四話 虚無龍
――数日後。魔物暴走の日は、突然にやってきた。
「冒険者諸君!ついにこの日がやってきたぞ!我らイチの町自警団が、この町を守る英雄となる日が!」
ギルドの外……町の出入り口付近で集まっている冒険者の前で、アライブが高らかに口上を述べる。彼女の周りには騎士団の鎧を来た兵士も集まっており、冒険者達は彼女の声を聞いて、士気が高まっているようだった。
「ギルドの調査で確認されている魔物は、強力なものばかりだ!気を抜けばすぐに命を奪われてしまうだろう!だがしかし、歴戦の冒険者である諸君ならば、きっと知恵と勇気を絞り、打ち勝つ事ができるはずだ!武器を取れ、心を燃やせ!我らの町を、人を守るのだ!」
「「「うぉぉぉぉぉー!!」」」
アライブの口上が終わると、冒険者や騎士達が雄叫びをあげた。周りの冒険者はすっかりアライブの言葉に心を奪われているらしく、どこか高揚したように魔物を迎え撃つ準備を始める。わたし――シェリィは、ワダツミと共に全体の状況を見ていた。
「おや、コモンズ嬢ではないか!その様子……戦う準備は、既に整っているようだな!」
気づくと、アライブがこちらに来ていた。彼女はわたしを見つけると、明らかに目の色を変えて声を掛けてきた。
「えっと……何か用でしょうか、アライブ様」
「ああ、少し様子見をしにきただけだ。……それより、アライブ様というのは、なんだか堅苦しいな……年も近いのだし、呼び捨てで呼んでくれても構わぬのだぞ?」
「滅相もございません。ただの平民であるわたしがあなた様のような騎士にそのような振る舞いをするわけには……」
「身分の違いなど気にしなくてもいい。私はコモンズ嬢を対等な仲間だと思っている。もちろん、ここにいる他の冒険者もな。――あっ、呼び捨てが難しいというのなら、アライブお姉ちゃんと呼んでくれても……」
「申し訳ありません!少し、仲間と準備がありますので!どうかお引き取りをっ!」
「む、そうか?それでは、また後で話をしよう」
妙に馴れ馴れしいアライブは、潔く引き下がり、他の冒険者の方へ歩いていった。……なんなのあの人。
「……シェリィ、珍しく必死だった」
「おだまりなさい、ワダツミ。……見てたなら手助けくらいしてくれてもよかったんじゃない?」
「ワダツミのデータベースには、ああいう状況は「てぇてぇ」というものに該当すると記録されている。よって、手助けをする必要はないと判断した」
「いや、「てぇてぇ」って何よ……」
ワダツミはたまに、わけのわからない事を言ってわたしをからかってくる。とてもあの無機質なゴーレムと同類の魔物とは思えないわね。見た目とは裏腹に、小さな子供って感じがするわ。そんな事を考えていると、ワダツミがわたしの顔を覗き込んできた。
「……シェリィ、本当に参加して大丈夫?」
「何言ってるのよ、大丈夫に決まってるでしょ。わたしも一応高レベル冒険者なんだから、魔物暴走への対処に参加する実力はあるわよ」
「そうじゃなくて、身体のこと」
「この健康でスタイル抜群なわたしの身体に、何か文句があるのかしら」
「……全体的に、小さいと判断」
「だれが小さい身体ですってぇ!?もう一回言ってみなさいよ!」
思わずワダツミの胸ぐらに掴みかかる。……確かにわたしは同年代と比べて背も小さいし、そこまで育ってないけど!事実を羅列しないで!人は言葉一つで簡単に死ぬのよ!?
「小さい身体、は考慮している項目とは違う」
「本当にもう一回言ったわね!?まだ十五歳なんだから、これから育つに決まってるでしょ!?」
そう言って抗議の視線を向けると、ワダツミは無言でわたしの腕に手を添える。彼女は無表情のまま、真剣な声色でこう言った。
「……脈拍が安定していない。目にクマがある。……シェリィ、睡眠不足?」
「……!」
わたしはワダツミの胸ぐらを掴んでいた手を離し、距離を取る。ワダツミはわたしの顔を覗き込んできた。
「シェリィ、最近調子が悪そう。ここ一週間ずっとギルドで寝泊まりしているし、起きている間は魔物を討伐している。睡眠の質が悪くなっていると仮定」
「……しょうがないでしょ。前も言ったように、人手不足なんだから」
「シェリィの他にも、魔物に対処できる人間はいる。このまま同じパフォーマンスを繰り返すのは自殺行為。一度、ちゃんとした休息を取る必要があると提案する」
「……必要ないわ」
ワダツミの提案を一蹴し、わたしは剣の手入れを始めた。……ワダツミの言葉は正しい。けど、わたしの中にある感情が、休むことを許してくれない。コウへの後ろめたさ、彼を守ってあげないといけないというわたしの想い。これは、わたしが背負わないといけないんだ。
「……シェリィ」
ワダツミのどこか心配したような声色の呟きは、わたしの耳には届かなかった。
――――
「集まってきたな、冒険者共……!」
火山の山頂で、ホロウは獰猛な笑みを浮かべて呟く。彼は絶えず眷属である魔物を生み出しながら、目に映る町に魔物を送り出している。
「この世界にいる全ての人間を破壊すれば、世界は私のものとなる。そうだろう、虚無龍?」
≪……シッタコトカ。アマリズニノルデナイ、ジンマノナレノハテヨ。ワレハセカイヲキョム二オトスノミ。キサマノチカラナドタカガシレテイル≫
ホロウの言葉に、虚空から響く声が答える。地を這うような低い音であるその声は、ホロウだけが聞き取れていた。
「そのような口を聞いて良いのかい?君の力は私が握っているというのに」
≪……アクシュミナヤツダ。マサカ、ワレノカラダヲ武具二分割シ、眷属二モタセルトハナ≫
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。私にとっては、転生者も虚無龍も……世界を破壊するための駒に過ぎないからね」
≪……フン、セイゼイ、アシヲスクワレヌコトダナ≫
「君こそ、足を引っ張らないでくれよ?私の計画には君が必要なんだ。君も、それを知って手を貸してくれているのだろう?」
気を損ねたのか、虚無龍の声は響かなくなった。ホロウはため息を吐いて、仕方がないとばかりに町の様子に目を向ける。
「……全てを破壊し、私の時代を創る。今に見ていろよ、欲望と虚無の神……!」
――――
「あの、すみません!ちょっといいでしょうか!?」
準備を終え、魔物が来るまで待機していたわたしの前に、一人の女性がやってきた。女性はどこか緊張した様子で、わたしの方を見ている。
「……?何か用ですか?」
「し、シェリィさん……ですよね?あの……あたしの事、覚えていますか?」
女性にそう言われて、彼女の顔をよく見てみると……彼女は、この前異形の少女に襲われていた、白い短剣を持った女性だということに気がついた。このあたりでは珍しい黒髪黒目で、コウの噂が流れるのを止めてくれた人だ。
「もちろん覚えていますよ。こんな所で、奇遇ですね」
「あ、え……そ、そんなに畏まらないでください……あなた方は、あたしを救ってくれた恩人なんですから……」
「あら、そう?じゃあ、普通に喋らせてもらうわね」
「は、はい。あ、あの、あたし、カグヤって言います……!よ、よろしくお願いします!」
「カグヤね。それでカグヤは、何故わたしの所に来たの?」
わたしがそう言うと、カグヤはおどおどとした様子でこう言った。
「じ、実はあたしも、魔物暴走を止めるためにここに来たんです。コウさんやシェリィさんに助けられたこの命を、誰かの役に立てたいと思いまして……」
「立派な志ね」
「あ、ありがとうございます……そ、それで参加者の名前を見た時に、シェリィさんの名前を見つけて……お力になりたいと思い、ここに来ました」
「……つまり、わたしに協力してくれるってこと?」
「は、はい!そうです!あ、あたしなんかじゃ役に立てないかもしれませんが……協力、させてください……!」
カグヤは必死な様子で頭を下げた。そんな彼女を見て、わたしは少し微笑ましい気分になる。彼女はわたしより背が大きいが、まるで子供に慕われる大人になったような気分だ。わたしはカグヤの肩に手を置いて、顔を上げさせた。
「じゃあ、よろしく頼むわね。でも、無理だけはしないこと。それが守れたら、仲間にしてあげるわ」
「……っ!は、はい!ありがとうございます!」
再び頭を下げたカグヤの肩を、わたしは優しく撫でた。




