第二十三話 悪魔の器
――俺がベッドの上で寝たまま、三日の時が経ちました。相変わらず持病は治らず、シェリィさんとワダツミさんは連日見舞いに来てくださっています。彼女達は、クエストという仕事をしているらしいのですが、いつもボロボロの姿で帰って来るのを見るに、とても大変な仕事ということがわかります。今はこの宿の代金もシェリィさんに出してもらっているので、俺は本当に、足手まといになってしまっています。
「ベリルが、いれば……」
ベリルは不思議な力で、いつも俺を助けてくれました。病気で動けないはずだった俺の身体を動かしてくれて、症状を抑えてくれたのです。俺の持病を知っている父は、そんな俺を見ていつも驚いていました。……こうして思い返して見ると、俺はずっと守られてばっかりです。
「うっ……」
思わず胸が痛み、俺は蹲ります。……本当に忌々しい。この病気さえなければ、俺も誰かの力になれるのに……
「――では、力になってもらいましょう」
ふと、凛とした声が聞こえました。声のした方を見ると、そこには神秘的な服装をした銀髪の女性が宙を浮いていました。
「え……?」
「……悪魔の器、####コウ。その身体を持って、貴方から生まれた悪魔ベリルを封じなさい。これは天界からの勅命です」
「悪魔……?あの、どちら様でしょうか……?」
突然よくわからない事を言ってきた女性に、俺は首を傾げます。女性は厳格な表情で俺の質問に答えました。
「……私の名はフェリス。秩序の大天使フェリスです。悪魔ベリルの器コウ……天界の規定により、貴方には現在眠っている悪魔ベリルのしでかした罪を、償ってもらいます」
「悪魔?ベリル……?何を言っているのですか?」
「……貴方はもう、理解しているはずです」
……何を言ってるのでしょう。ベリルが……悪魔?そんなわけがありません。彼はもう一人の俺で……心の内で葛藤していると、フェリスさんはため息を吐いてこう言いました。
「はぁ……なら、言い方を変えましょう。今、悪魔ベリルは危機に晒されています。貴方には、ベリルを救ってもらいたいのです」
「ベリルを……」
「これから貴方に私の力を与えます。その力を使って、ベリルを危機に晒しているホロウという者を打ち倒してください」
「俺が……ですか?」
「貴方以外に誰がいるのですか」
フェリスさんは呆れたように言いました。いきなりそんな事を言われても、俺には戦う力なんて……
「フェリスさんは、手助けをしてくださらないのですか?」
「……私は罰を執行するために遣わされただけなので。貴方にしか、ベリルは救えません」
……そう言われては、反論できません。ベリルは俺にとって大切な存在です。彼がいなければ、俺は今ここにいないのですから。俺は覚悟を決めて口を開きました。
「……わかりました。俺が……やります」
「その言葉を待っていました。では、これから力を与えます」
フェリスさんの言葉を聞くと同時に、身体が光に包まれます。それを見ながら、俺は遠くの空に視線を向けました。
――意識が朦朧として、上手く思考が纏まらない。まるで水の中にでもいるかのようだ。身体は動かせないし、呼吸もできない。……いや、そもそも俺に呼吸は必要ないのだったか。五感も働かない。俺は存在しないのも同義だ。
「俺は一体……」
……何故、俺はこんな所にいる。あいつの中にいた時とは違う。この空間には何もない。何もかもが空っぽだ。
「……そうだ、思い出した」
俺はホロウに刺された。力を奪われて、あいつの中から引っ張り出されて……あいつ?誰だそれ?とにかく、こんなつまらん所にいるのは、ホロウのせいで……
「……いや、違う。あいつのせいだ」
顔も姿も瓜二つのあいつ――あいつがいなければ、俺がこんな目にあうこともなかったんだ。あいつが俺の依り代でなければ……!
「そうだ、俺はあいつとしてじゃなくて、ベリルとして生きるんだ。あんな空っぽの奴じゃなくて、意志を持つ###として……」
そんな事を言っていると、遠くからあいつの気配がした。何度も感じた、あいつの気配が。俺は睨むようにそっちに意識を向け、あいつの姿を明確に捉える。
「……来たか、コウ」
何度も俺を苦しめて、俺から自由を奪ったあいつ――コウが、こちらに向かっている。
「お前は……また俺の邪魔をするのか」
ならば、全力で迎え撃ってやる。俺とお前の関係に、今度こそ終止符を打つ。俺が――ベリルとして生きるために。
「かかってこい……コウ!」
お前を……全力で殺す。
――フェリスさんに力を与えられた俺は、彼女に連れられて宿の外に出ていました。本当に動く事が出来るのかは半信半疑でしたが、それは杞憂でした。今の俺は症状が全て抑えられ、五体満足に歩く事ができます。とても自分の身体とは思えません。歩きながら腕や首を動かしていると、隣に浮かぶフェリスさんが俺の手を掴みました。
「では、時間もありませんし、急いでベリルの元に行きましょうか」
「は、はい。でも、ベリルはどこに……」
「……私につかまっていてください。ベリルの元に飛んでいきます」
フェリスさんはそう言うと、空に向かって一直線に飛び上がります。凄まじいスピードで、俺の身体が引っ張られました。
「ええ!?ちょ、ちょっと……!」
「文句は受け付けませんよ。先程も言ったように、もう時間がないのです」
フェリスさんは有無を言わさずに、決まった方角に向かって飛んでいきます。景色が徐々に移り変わり、やがて、赤く燃えるような灼熱の大地が視界に広がります。その中心に、人影が一つ見えます。
「あれは……」
「あれが、悪魔ベリルを宿す者です。貴方が……倒すべき相手です」
「悪魔……あの、何故ベリルを悪魔と呼ぶのですか。先程もベリルをそのように呼んでいましたが、ベリルはそのような存在では……」
「――貴方にとってはそうかもしれませんが、私達にとっては違います」
俺の言葉は、フェリスさんの言葉に遮られました。フェリスさんは何かを憎むような声色で言葉を続けます。
「ベリルは正真正銘の悪魔。邪悪な力を使う異形の存在……秩序の大天使である私にとっての、天敵です」
フェリスさんの言葉は、耳を疑うようなものでした。言葉を失う俺に、フェリスさんは冷たい声色でこう言いました。
「……少し話しすぎましたね。ともかく、あなたは何も考えなくてよいのです。あの悪魔を止める……それだけを成し遂げてください」
フェリスさんの言葉に、俺は戸惑いながらも頷きました。




