第8話 綺麗な黒い瞳
唖然とするゼンさんが、視界の端に映るけど、気にせず撫で続ける。
(何か考えてた気がするけど、手触りが気持ちよくて……どうでもよくなりそう)
手から伝わる感覚が気持ち良い。
とがった狐の耳の中から先まで、全てにおいて手触りが良いのは最高だと思う。
「……シャルネ様、いったい何を?」
「あ、えぇっと——」
やり過ぎた。
いくらお父様の僕だからって、こんなに失礼なことをしてしまったら、キューちゃんも怒るんじゃないだろうか。
「……すみませんが、私の話を聞いておられましたか?」
「え、あ、うん……き、聞いてるよ?」
「本当かよ、場の雰囲気を台無しにするような勢いで、グロウフェレスの頭を撫でて頬を緩めている奴が言っても、説得力はないぞ?」
困惑しているキューちゃんの変わりに、ゼンさんが返事をしてくれた。
そんな頬を緩めているだなんて、だらしないことはしてない……と思う。
「ほ、ほら……こう、五柱の神様たちをこう、て、ていっ! やぁー!って感じで倒して争いを止めてって、こと……ですよね?」
「ていっやーとは、シャルネ様は随分と不思議な表現をなさるのですね」
「え、えっと……小さい頃に、そうやって戦うお話を見たの、で」
転生前、まだ小さかった頃にテレビでやっていた作品の真似をしただけで、特別な意図があったわけじゃない。
けど、身振り手振りで説明する私を見たキューちゃんが、妙に納得した表情を浮かべ。
「つまり、魔神様の影響を受けたのですね。あの方は争いが好きですから」
と言葉にするけど、なんだか不名誉なことを言われているような気がして、少しだけ複雑。
私が好きだったのは、誰かのために一生懸命に戦う姿で、別に争いが好きというわけじゃない。
「……とりあえず、大まかにはその認識で合っていますので、大丈夫ですよ」
「よ、よかったぁ——あっ! そういえばキューちゃんに一つ、お……お願いがあって……」
「おや、どうしました?」
狐の耳をぴくぴくと動かし、私が何を言おうとしているのか探るように、キューちゃんが首を少しだけ傾ける。
「あ、あの、目を開けて欲しいなぁって……」
「目を——ですか?」
「き、きれいな目をしてるので、見ていたいなぁって……だめ、ですか?」
次の瞬間、僅かに驚いたような表情を浮かべる。
これはもしかして、凄い失礼なことを言ってしまったのかも、そう思ってゼンさんの方を見るけど、まるで……。
(……こいつ、すげぇな)
とでも言いたげな表情で、私とキューちゃんのことを交互に見ているだけで、返事は返してくれなかった。
「不吉を呼び寄せる目と言われている、私の目を本当に見たいのですか?」
「え、あ……はい。だって、宝石みたいで……凄い綺麗だから」
ゆっくりと切れ長の目を開いていく。
まるで黒いダイヤモンドのように、幻想的で怪しい光を放つ瞳に思わず吸い込まれそうな錯覚を覚える。
もちろん、私の目の方が綺麗で美しいけれど、それとは違う。
生命が警報を鳴らすかのような危険な魅力を感じて、目が離せない。
思わずもっと目を覗き込もうと、キューちゃんの顔へと手を伸ばす。
「誰かに目を見つめられる経験が今までなかったので、少々……気恥ずかしいですね」
「え、は、はひ!?」
私の手を優しく握って、恥ずかしながらも嬉しそうに笑うキューちゃんを見て、思わず上ずった声が出てしまった。
「はひってなんだよ……」
「それは、ちょっと……驚いちゃって」
「驚いてそんな、素っ頓狂な声を出す奴、初めて見たぞ?」
後ろで呆れたように話しかけるゼンさんに、思わず振り向いて何か言い返そうとしたけど、確かにその通り過ぎて、言葉が出てこない。
どう見ても、私のさっきまでの行動っておかしいし、言い訳をしても説得力がないもの。
「あ、あぁ……こほん、とりあえず話を戻しますが、まずシャルネ様には、神々を滅ぼすにせよ、実戦経験が足りていないと——魔神様よりお聞きしております」
名残惜しそうに握っていた手を解いたキューちゃんが、ゆっくりと立ち上がる。
「じ、実戦経験……です、か?」
「えぇ、私が旅に出ても問題ないと判断するまでの間ですが。この集落に留まり、戦闘訓練を積んで頂きます」
と目を細めて、小さく微笑む。
その姿を見て、何故だか嫌な予感がして、思わず後ろに数歩下がってしまう。
「あぁ……シャルネって、結構弱そうだからな」
「ゼ、ゼンさん?」
「グロウフェレスに鍛えてもらった方がいいと思うぞ?」
「えぇ、私も魔神様と天神様より、直接シャルネ様の指導役を任せられておりますので、どうかご安心ください」
……戦闘訓練かぁ。
怪我とかしたら、やだなぁ。
敵が出てきた瞬間に不思議な力に覚醒して、そのまま一瞬で倒せる——みたいな都合のいいことが起きないかなぁ、なんて思うけど。
そんなことが現実にないから、訓練が必要なんだろうなと思うと、ちょっとだけ気が重い。
出来れば痛い思いはせずに強くなりたいなぁ……なんて思いながら、私はお父様——魔神様に指導役を任されたキューちゃんを見上げた。




