第7話 族長は綺麗な眼をしたお狐様
不思議なことに、私たちの姿を見て驚かれたりとか、視線を集めるようなこともなかった。
おかげで集落の中を落ち着いて移動することができたけど、背中が開いた服を着るのは、慣れていないから凄い恥ずかしい。
それに……。
(これってさ……ゼンさんが上着を貸してくれたら、こんな恥ずかしい思いをしないですんだんじゃ?)
と思ったけれど、ここまで来てしまったらもう、後の祭り。
だって、遠くで狐の耳をぴくぴくとさせて、目を閉じたまま、こちらに顔を向けている。
ここで騒いでしまったら、周囲の注目を集めてしまって、恥ずかしい思いをすることになる。
(……それにしても、すっごい触り心地が良さそうだなぁ。あとでモフらせてもらおうかな)
たぶんこの人が、お父様が言っていたグロウフェレスさんだと思う。
けど、九本の尾が生えているだなんて——反則だ。
名前が長くて呼びづらいし、見た目は九尾の狐にそっくりだから……。
「うん。グロウフェレスさんじゃなくて、キューちゃんって呼ぼう」
「……は?」
「あ、えっと」
思わず心の声が口から出てしまった。
背後からゼンさんの困惑した声が聞こえる。
そしてキューちゃんも、驚きのあまり閉じていた目をぱちりと開けたかと思うと、九本の尾の毛を逆立てて、こっちを見ている。
(……どうしよう。ここでキューちゃんは、グロウフェレスさんのことじゃない……じゃないって言っても説得力ない。やばいかも)
焦って咄嗟にゼンさんの後ろへ隠れ、そこからキューちゃんを覗く。
すると再び目を閉じ、優雅な所作で近づいてくると――急に片膝をついて、ひざまずいた。
(ちょっと! そんなことをしたら綺麗な尻尾が汚れちゃう! ……あとでブラッシングしてあげないと!)
キューちゃんが何かを話そうとするけど、その度に私がゼンさんの背中にぴたっと貼りつくせいで、一向に会話が続かない。
「……シャルネ・ヘイルーン様、初めて貴方の目に留まり光栄です。」
このままだと話が進まないって分かったのか。
キューちゃんがゼンさん越しに、私に向かって話しかけてくる。
「この世界に来られたばかりで、大変困惑をなされているとは思うのですが。それを承知の上で、お伝えさせて頂きたいことがあるのです——聞いて頂けますでしょうか」
「……え?あ、うん」
「ありがとうございます。まずは魔神様よりお聞きになられているとは思いますが、私の名はグロウフェレスと申します」
落ち着いた声で、ゆっくりと話してくれるキューちゃんに少しだけ安心感を覚えて、ゼンさんの後ろから顔を出してみた。
すると、耳をぴくぴくと細かく動かして、顔を私の方へと向けて優しげな笑みを浮かべてくれる。
「魔神様直属の僕として、この箱庭で魔族の戦いを止めるために尽力をしております」
「……う、うん。お父様から聞いてる、よ?」
「ふふ、後一人……ケイスニルという者がいるのですが。彼は強者と戦うことを好むような無頼漢なので、いずれどこかの戦場でお会いするでしょう」
無頼漢の意味がわからないけど、キューちゃんがそう言うのだからきっと、怖い人なのかもしれない。
それなら、もし会うことがあっても、極力は近づかないでおこうかな。
だって……怖いのはいやだし。
「あ、あの!」
「はい、シャルネ様。どうなさいましたか?」
「キュ、キューちゃんって、呼んでもいいですか?」
ゼンさんが止めようとして私の顔を見るけど、キューちゃんが手を前に出して静止する。
「キューちゃん——ですか。シャルネ様がそうお呼びになられたいのでしたら、構いませんが……」
「……構わないって、あんたそれでいいのかよ。この集落の長なんだから、最低限は威厳があった方がいいんじゃないか?」
「確かにその通りだと思います。ですが……ゼン。怖がられる人間より、愛嬌があった方が、可愛げがあって親しまれると思いませんか?」
「可愛げってあんた、何を言って——」
困惑した表情で、そう言葉にするキューちゃんを見たゼンさんが、口を手で押さえて必死に笑いを堪え始める。
(……なんで我慢するのかな、笑いたい時は笑ったほうがいいよ?)
そう思って、後ろからゼンさんの脇腹をくすぐる。
すると、我慢ができなくなったのか、膝を崩して笑い始める。
「……ゼン、笑い過ぎですよ」
「い、いや、これはシャルネが!」
私に向けて指を差すゼンさんに顔を向け、九本の尾をゆっくりと持ち上げると……。
空気を裂くような音が、地面に叩きつけた尾から遅れて広がり、土埃が周囲に舞い上がる。
「……悪い」
その一撃で、さっきまでの笑い声が嘘みたいに消え、緩んだ空気が、音を立てずに引いていく。
驚きのあまり、ゼンさんの服を掴んだ私をキューちゃんが物静かな顔で見る。
「言い訳はやめなさい。……さて、話の続きになるのですが。シャルネ様にはこの箱庭を支配する神々を滅ぼして頂きたいのです」
争いを止めて欲しいとは、お母様とお父様からお願いされていたけど、まさか——神々を滅ぼして欲しいって言われるだなんて思わなかった。
そんな私の思いを見透かすかのように、目を開けると黒いダイヤモンドのように輝く瞳で、静かに見つめる。
「か、神様をころ……す、の?」
「えぇ、この箱庭で起きている戦いを治めるために、滅ぼす必要があります。……その後の国は、箱庭の人間たちに何とかして頂きましょう」
「それって、やることをやったら……ほ、放置ってこと?本当にいいの?」
一度手を付けたのなら、最後までしっかりと責任を持たなきゃいけない。
だって、戦いが終わって平和にあったあとが、一番大変だと思うし、やることやってさようなら。
そんなことをしたら、この箱庭に住む人たちに迷惑をかけてしまう。
「私たち魔族と天族は、外の世界から来た異物ですからね。戦いが終わったあと……もしかしたら、この地に残る可能性もあれば、元の世界に帰れるかもしれない」
「……う、うん」
「なのに、無責任に戦後の処理を我々がやるだなんてことを言えるわけがない。それなら始めから、我々の存在をそこに入れるべきではないでしょう」
そう言葉にすると、再び目を閉じてしまう。
せっかく、私ほどではないけど宝石みたいに綺麗な瞳をしているのだから、ずっと開けていた方が良いと思うんだけどな。
(……残念。ほんっとに残念だよ)
もし、私がキューちゃんにずっと目を開けていて欲しいとお願いしたら、言うことを聞いてくれるだろうか。
静かにゼンさんの後ろから出て、キューちゃんへと近づくと、欲に身を任せて獣の耳が生えている頭に手を置いて、撫で始めた。




