第6話 鏡の先の少女
ゼンさんの後ろを歩いているうちに、一人暮らしをするには、ちょうど良い大きさの一軒家が見えてくる。
(これがゼンさんの家なのかな、けど……二人で使うにはちょっと、狭そうかな)
転生する前の世界だったら、これくらいの部屋は安いお金で借りることはできただろうけど、もしかしたら……これくらいの大きさが、ここでは普通なのかも。
「とりあえず身体を拭く物を持ってくるから、先に中に入って待っててくれ」
「……う、うん」
ゼンさんの言葉に返事をしながら、家の中に入る。
さすがにびしょ濡れの状態で椅子を借りるわけにもいかないし、濡れた服を脱ごうにも玄関の近くで脱ぐわけにもいかない。
(……着替えが届いたら、奥の部屋で着替えよう)
そう思いながら、部屋の扉を開けて中に入ると、そこは小さなクローゼットと一人用のベッドがあるだけで、寝室のような雰囲気がする。
(寝室ってことは、ベッドの下に、人に見せられない物が――)
こういう時、青春物の漫画とかだとエッチな本が出てきて、ヒロインが興味本位で読み始めたところで、主人公が入ってくるっていう、気まずいシーンが来るはず。
(だめだ。初対面の人の家でそんなこと、これじゃあまるで、私がヒロインみたいじゃない)
そこまで考えて、良心の呵責から首をぶんぶん振る。
――けど、視線は勝手にベッドの下へ吸い寄せられていく。
そうして、気が付いた時には、丸まった靴下と脱ぎ捨てられていた服を拾い上げていた。
(……これは違う。エッチな本じゃない)
好奇心に負けた代償がこれだなんて……これはもう、青春を胸に感じるなんてものじゃない。
むしろ……嫌なものを見てしまったせいで、青い青春よりも、青い顔色になりそうだ。
「あぁ……とりあえず外に干してたタオルを持って来たから——って、おい。何やってんだ?」
「……え?」
声がした方向に反射的に振り向く。
すると扉を足で押さえながら、呆れたようにゼンさんが私の手元を見つめていた。
(……あぁ、終わった。はい私の人生、今終わりましたー!転生して一日目にして、異世界犯罪生活のスタートです!)
これで「私はこの世界の争いを止めるために、転生しました」だなんて言っても、説得力が何一つとしてない。
(……どうしよう、本当にどうしよう)
必死に言い訳を探しているけど、ゼンさんが納得してくれそうな答えが出てこない。
「悪い、脱いだ服、床に落としたままだったか?」
私を気遣うように、申し訳なさそうな表情でゼンさんが頭をかく。
「……たまにやっちまうんだよ。後で洗濯しようとしてそのままっていうの。汚い物見せて悪かったな」
「き、気にしてないから、大丈夫……です。それより体を拭きたいので、早くタオルをもらって……いいですか?」
「あ、あぁ、ごめん」
ゼンさんからタオルの入ったカゴを受け取ると、もう片方の腕に抱えられていた綺麗な服が目に入る。
「こ、これは?」
「ん?あ、あぁ、さっきタオルを持ってくるときに、あんたの着替えを受け取ったんだよ」
「へ、へぇ……」
「とりあえず着替えもあることだしさ、俺は部屋の外で待っているから、着替えが終わったら呼んでくれ」
部屋から出ていくゼンさんを見送ると、小さく息を吐きながら、タオルを手に取って、濡れている服を脱ぎ、カゴの中に入れる。
(……まるで陶器みたい)
拭きながら身体を見て、自分の今の姿に思わず息が漏れる。
綺麗な白い肌に、黄金色に輝く髪、顔は……鏡で見たことがないから分からない。
けど、ゼンさんが美人だと言っていたから——たぶん、美少女で間違いない。
勝ち組だ。
(……ふふ、前世は地味子ちゃんだったけど、今世では美人だなんて、心が踊ってしまいそう)
って、舞い上がってる場合じゃない。
私は今、初対面の人の家で着替えてるんだから……。
「ってこの服、すごいなぁ」
身体を拭き終わったから、着替えに手を伸ばして広げてみる。
スカートに十字架の装飾がついている、ゴスロリ風の修道服に似せたドレスが視界に映る。
(前世でゴスロリを着ている人を見た時は、自分には縁がないと思っていたけど、まさか……着ることになるなんて)
けど、背中が大胆に開いていて、かわいいというよりはセクシーな感じで、少しだけ着るのが恥ずかしい。
気を取り直して、他の服も手に取ってみる。
純白のワンピースに、腰の黒いベルト。おっきなリボンがおしゃれで、すごく可愛い。
けど……どれを手に取っても、全部背中が開いてしまっている。
(ねぇ、お父様とお母様は何を考えているの?もしかして……娘にセクシーな服を着せたがる困った親ですか!?)
驚きのあまり、思わずテンションが上がって変なことを考えてしまった。
これも全て、セクシーな衣装を用意した親が悪いんだ……私は悪くない。
(んー……この中ではまだまともな、ゴスロリ風の修道服ドレスを着ようかな)
袖を通してみると、やっぱり……背中に直接、空気が触れて違和感がすごい。
これで外に出るのかと思うと、やっぱり恥ずかしいけど、かわいい服を着れたのが嬉しくて、うきうきしてしまう。
「あ、あのゼンさん!手鏡とかあったり……します?」
「ん?あ、あぁ……それなら、クローゼットの中に鏡があるから、それを使ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
今の自分がどんな姿をしているのかが気になって、扉を少しだけ開けてゼンさんに聞いてみる。
クローゼットの中に鏡があるということだから、そっと扉を開いて――鏡に自分の姿を映す。
……息が止まる。
分かってはいたけど前世の面影は、そこにはなかった。
陶器のような白い肌に、黄金色に輝く髪、アクアマリン色をした綺麗な瞳が、きょとんとしたまま、私が私を見つめている。
幼さを残した儚げな雰囲気はまるで、おとぎ話の挿絵のようで、思わず見とれてしまった。
(……ゼンさんが、美人って言うのも納得しちゃう)
鏡越しに、まじまじと覗き込む。
まるで熟練の職人が手掛けたかのように、美しい宝石のような眼に、もう少しだけ近づいて見たくなって――
「っ……!」
距離感を見誤って、額が鏡に当たり、驚きと痛みで変な声が漏れてしまう。
「変な声が聞こえたけど、大丈夫か?」
「え?あ、はい。鏡に額を当ててしまっただけなので……」
「……問題がないならいいけどさ、着替えが終わったんなら、早くいこうぜ?」
扉越しに聞こえる彼の声に、今の行動が見られてなくて良かったと安堵しつつ、
クローゼットを閉じる。
そして扉を開けて部屋を出ると、驚いたように目を見開いたゼンさんがいて……。
「ゼ、ゼンさん?」
「……すごい綺麗だな」
「え?あ……あり、がとう、ございます」
ゼンさんから、綺麗って言われるなんて思っていなかったせいで、全身が茹で上がるかのように熱く感じる。
初めて誰かに自分の容姿を褒められたから、すごい……嬉しい。
「あぁ、けど……背中が丸見えなのはちょっと……いや、だいぶ目のやり場に困るな」
「え、あっちょっと!」
私に近づきながら、気にしないで欲しかったところを言われて、嬉しさが一瞬で恥ずかしさに変わる。
すると、背中の奥がじわっと熱を持つみたいにむずむずして、気持ちが悪い。
(……もしかして、感情が高ぶると羽が生えたりとかする?)
気になって背中に手を伸ばす。
触れてみると、肌の下に小さな突起みたいなものがあって――私は、自分がもう人じゃないことを改めて自覚してしまう。
「……わ、悪い気にしてたんだな」
「う、うん」
「それなら、グロウフェレスのところに着くまで、俺が後ろを歩いて隠してやるよ」
それだと私がまるで、ゼンさんを従えてるみたいで、逆に目立ちそうな気がする。
けど……玄関の扉を開けて、先に行くように促してくれる彼に伝えることが出来ず、外に出る。
「よし、行くか。あまり待たせすぎるのも良くないからな」
私の後ろを歩きながら、道を教えてくれるゼンさんに感謝をしながらも、目立っているから早く着いて欲しいと願ってしまった。




