第5話 集落の中で
戦いに疲れた者たちの楽園だと言っていたけど、天族と魔族の姿を見て何故だか違和感を覚える。
「……えっと、人族以外の人もいるんですね」
「ん?あぁ、ここは種族とか関係なく、色んな奴らが生活してるぞ?もしかして……嫌だったか?」
「そ、そうじゃなくて……えっと」
別に嫌なわけじゃない。ただ、今まで本の中でしか見たことのない存在が本当にそこにいることに、なんだか不思議な気持ちになっただけだと思う。
それとも、私が天族と魔族のハーフのようなものだから、本能的に反応しているのかも。
「まぁ、しょうがないか。そりゃあ初めてここに来ると驚くよな、争ってるはずの奴らもここで生活してるんだから」
「え、あ……うん」
「でもさ、大丈夫だぞ?ここでは争いは絶対に起きないからさ」
私を気遣うように、小さく笑うとゼンさんが、私の肩を軽く叩く。
おかげで少しだけほっとするけど、それでも不安になる。
だって……この箱庭を作った神様たちからしたら、この集落の存在は決して望ましくないはずなのだから。
「……う、うん」
でも……私は天魔として、この世界の争いを止めに来たのだから、ここが本当に争いのない平和な場所なのだとしたら、参考にできるところがあるかもしれない。
そう思いながら、周囲の様子を改めてよく観察してみる。
すると……何やら、向こうにいる天族や魔族の人たちが、こちらを指差しているのが見えた。
「あ、あの、あのっ!ゼンさん、な、なんか私に向かって、ゆびぃ……差してない?」
「あぁ……確かになんか、指差してるな」
ほら、やっぱり勘違いじゃなくて、人のことを指差してる。
まったくもう、子供の頃に人に対して、指を差してはいけませんって、教えてもらわなかったのかな。
……って、異世界なんだから、私の常識とは違って、ここではこれが普通のことなのかもしれない。
(待って!?なんかこっちに近づいて来る……ねぇ、なんで?私何も悪い事してないよ!?)
むしろ、これから世界を救う救世主的な立場で、指を差されるより歓迎される側のはず。
どうすればいいのか分からなくて、とっさにゼンさんの後ろに隠れる。
「いったいどうしたんだ?」
困ったようにゼンさんが髪をかき上げると、天族と魔族が私たちの前に来て、両膝をついてひざまずく。
そして、片手を私に向かって差し出すような仕草をすると。
『お待ちしておりました。我らが神の子、シャルネ・ヘイルーン様』
一斉に名前を呼ぶと、新鮮な表情でゼンさんの後ろにいる私に視線を送る。
「……あ、あの、えっと」
私が反応の困っているのを感じたのか、徐々に周囲から困惑の声が上がってくる。
「あのさ、シャルネってもしかして、有名人だったりする?」
「……え?」
「一応さ、握手した時に魔力を軽く探ってみたら、歪な感じがして人族じゃないなとは思ってたんだけど……これは予想外だな」
魔力を探るって、それだけで私が人間じゃないって分かるの?いや……今は、それよりも、この状況を何とかしないと。
そう思って、勇気を振り絞りゼンさんの背中から、顔だけでも外に出してみるけど、やっぱり視線が怖い。
(私……もしかして、そんな大層な存在なの?)
ひざまずいていた天族と魔族の中から二人が立ち上がると、私たちの前に立つ。
そして、安心させようとしているかのように、笑みを作ると。
「どうやら困惑なされているご様子なので、天族を代表して私が説明致します。シャルネ様は、我らと魔族の神の間に生まれし愛し子」
「続いて、魔族を代表し説明します。つい先刻、二柱の神より……この世界の争いを止めるために、シャルネ様を救世主としてこの地に送り出したと、神託が下りました」
あの、いきなり愛し子って言われても反応に困る。
それに神託って、あの人たち何やってるの?……とは思うけど、私を転生させるために必要だったのかも。
けど、だからって、いきなり知らない人たちに話しかけられるのは怖いから、もうちょっと気を使って欲しいと、わがままを言いたい。
「そ、そうなんです。でも……あ、争いを止めるとかって、急に言われ、ても」
「詳しい話でしたら、我らが集落の長、グロウフェレス様にうかがうといいでしょう。」
「え?あ、はい……わかり、ました」
確か、グロウフェレスさんって、魔神さんが優秀な僕って言ってた人だよね。
まさか、こんなに早く会う機会が来るだなんて、思わなかった。
(……魔神さんが、頼れば力になってくれるって言ってたし、甘えさせてもらおうかな)
魔神さん、いや、今は父親だから、お父様……の僕なんだから頼れる人のはず。
「ね、ねぇゼンさん?」
「ん?どうしたんだ?」
「わ、わたし……グロウフェレスさん?のところに、行きたいです」
おかしい、私の言葉を聞いたゼンさんが……。
(……こいつ、ずぶ濡れの状態でなに言ってんだ?)
変なものを見るかのように、困ったような顔をして見つめてくる。
「あのさ、まさかあんた、濡れたまま、グロウフェレスのところに行くつもりか?」
「……あ」
「あ、もなにも、さすがに濡れた服をまずは何とかしないとダメだろ」
そうだった……今の私は、びしょ濡れだった。
(こんな状態で会いに行ったら、グロウフェレスさんに迷惑をかけちゃう)
この人たち……こんな状態の私を捕まえて、よく声を掛けたな。
(一目見たらすぐに、濡れていると分かるんだからまずは、乾いたタオルとか持ってきてくれても良いんじゃない?)
と思うけど、もしかして……そんな当たり前のことすら分からなくなるほどに、私に会えたことが嬉しかったのかもしれない。
(……ふふんっ!もしそうなら、まるでお姫様になったみたいで、悪い気はしませんね!)
この状況が、何だか楽しくなってきた。
「ねぇゼンさん、わた、し……着替え持ってない、よ?」
「あぁ……それなら、俺の家で適当なのを貸してや——」
「いけません!シャルネ様のご衣裳でしたら、我らが神から神託と共に託されてものがありますので、後でゼンの家に持って行きます!」
「だからゼン!お前の男臭い服なんて、絶対に着せるんじゃないぞ?貸すなら身体を拭く、洗い立てのタオルだけだ!」
「いくらかわいいからって、シャルネ様に手を出すんじゃねぇぞ!」
別にゼンさんの服でもいいのに、けど……お父様とお母様が、着替えを用意してくれてるなら、届けてもらうまでの間、ゼンさんの家でゆっくりしようかな。
そう思って、彼の手を握るとビクっと何故か驚いたように動いて、なんだかおもしろい。
「……手なんかださねぇって、いくら美人さんだからって、初対面の相手に手を出すほど、飢えちゃいねぇよ」
「も、もしかして、仲良くなったら……手を出すん、ですか?」
「だぁもう!だから手を出さねぇって!」
反応がかわいいから、つい弄ってしまったけど、顔を赤くして私の手を引っ張り、小走りに歩き出すゼンさんを見て、なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。
「おいっ!着替えを持ってくる奴以外は、シャルネが着替えたらすぐに行くって、グロウフェレスに連絡しといてくれ!」
けど、乱暴な口調の中に、周囲を気遣う優しさを感じる彼に、なんだか温かいものを感じて、最初に出会えた現地の人がゼンさんで良かった。
そう思いながら、彼の背中を見て小さく微笑んだ。




