第23話 城の外へ(2)
執務室を後にしたローズマリーは先に退室して壁に寄りかかりながら自分を待ってくれていたキルフィスの肩を叩く。
キルフィスは肩を叩かれた方を向くとそこには誰もおらず、1つの小さな火の玉が宙に浮いていた。
「ひぃ!」
目の前で怪奇現象が起きていると勘違いしたキルフィスは目を見開き、余り大きくは無いが驚きの声を上げる。
その直後、火の玉はゆらゆらと動き出すと1つの文章を綴りだした。
「何々?私よ、ローズマリー・ヘルゲートよ。驚かせてごめんなさい。今、認識阻害の魔法をかけてるからこうする事でしかやりとりが出来ないの」
キルフィスは火の玉から出来上がった文字を読み進め、火の玉の正体が彼女である事を知り、誤解を解く。
「それで、どうやって貴方の家まで行くの?」
そして火の玉は更に動き出し、キルフィスに自宅までの交通手段はどうするのかを尋ねた。
「私の家まではゴーレム車を使う。転移魔法を使えば一瞬で着くし安全だが、貴方は今までカゴの中の小鳥だったのだから魔族の国の街がどうなっているのか興味あるだろう」
キルフィスからの提案にローズマリーはハッと息を飲んだ。
ローズマリーはこちらに来てから一度も魔王城の外に出てはいない。
厳密にはアルバートとの手合わせの時だけ薄暗い森へ訪れたが、その一度きりでそれ以来彼女の生活圏はあの城の中で収まっていた。
これからこの国の将として戦う為、ローズマリーはアイルハート王国の成り立ち等は本で知識を付けてはいたが街の風景やそこで暮らす魔族達はこの目で見た事が無い。
ガレディアの理想を叶える為にここにいるのだが、彼女が治める国をより良いものにする事もローズマリーは考えていた。
その為には自分の目で街の現状を確かめる必要があったのだが、城の中を移動するのにさえ認識阻害の魔法をかけ、扉の開ける際は周りに魔族が居ない事を確かめてからではないと部屋の出入りも出来ない自分が街の視察なんて夢のまた夢だと諦めてはいた。
だがここにきてキルフィスの配慮により、視察が行えるまたとないチャンスが訪れたのだ。
「分かった。所でゴーレム車というのは何なの?」
「ゴーレム車は身分の高い魔族が利用する乗り物だ。ゴーレムは石でできた人形で、オーガをも超える剛力である事から物資の運搬や建築作業といった力仕事を行う際によく利用される。力仕事以外でも家事の手伝いなどの雑用もこなせるから何かと便利だし、人形だから食事も必要ない。だが、ゴーレムはウーラルレックという希少な石でしか作れないうえ、ゴーレムを作ることができる職人も多くない。故にゴーレムを持っているという事はこの国では金持ちの証なのだ」
ゆらめく火の玉で綴られた文章にキルフィスはそれに淡々と答える。
(あっちでいう馬車のようなものか)
キルフィスから話を聞いた後、ローズマリーは祖国の事を思い出し、ゆっくりと瞳を閉じた。
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クラウディア王国において馬車は貴族など身分が高い者が利用する物で、ローズマリーが初めて馬車に乗ったのは、七勇者に選ばれた時の事だった。
ローズマリーが育った村は辺り一面自然に囲まれた緑豊かな場所でこれといった特徴もなく、住人のほとんどは顔見知りで自宅で育てた農産物や狩った獣の肉をよくお裾分けしてもらったりとのどかで平和な場所だった。
数年前のある日、両親の死後に自分を引き取ってくれたブルドーの家の自室で寝ていたローズマリーは外の騒がしさに目を覚ました。
「何でこんなに騒がしいのよ……」
余りの騒々しさに苛ついたローズマリーは寝起きがてら窓を開けて部屋の中から様子を見渡す。
外を見ると村の人達が皆、家から出てざわざわしながら一箇所に視線が集まっており、村人達の視線の先には数台の馬車と王国に仕えている兵士が直立不動で立っていた。
騒ぎの理由が分かったが何でこんな辺鄙な村に王国兵が来てるのか気になりはしたものの睡魔には勝てず、ローズマリーは軽くあくびをして体を横にする。
そのまま二度寝をしようとした矢先、今度はバタバタと家の中から騒音が鳴り出した。
「マリー起きろ!」
騒音の正体はブルドーであり、ブルドーは長時間鍛錬でもしたかのように大粒の汗を流し、息切れしながらローズマリーの部屋の扉を勢いよく開ける。
その音で完全に目が覚めたローズマリーは眉間に皺を寄せながら不機嫌そうにブルドーを睨んだ。
「何よこんな朝っぱらから」
「起こしちゃってごめん……。じゃなくて!今、ヤバい事になってるんだ!」
「ヤバい事って」
「俺達が七勇者に選ばれたんだ!!」
その言葉にローズマリーは一瞬で目を見開いた。
数日前、新たな七勇者が国の若者の中から選ばれる事はローズマリーが住む村でも話題になっていた。
ローズマリーもブルドーや彼の両親と共に自分達が七勇者に選ばれたりしてと冗談混じりに言いながら、食卓の席に花を咲かせた。
七勇者に選ばれた者は後日、王国の兵士が訪れて勇者の儀までの間、本人とその家族が王宮に招待される事になっている。
七勇者の公表日はバラバラで、これまで火、水、雷、風、鋼の勇者は公表されていたが、心の勇者と愛の勇者が誰になったのかまだ公表されていなかった。
その最後の2枠に自分と幼馴染が選ばれた事にローズマリーは一瞬ブルドーが何を言ってるのか分からず、身体が固まって何も言葉が出ない。
いや、突然勇者に選ばれて、いわば人生が180度変わった事に動揺しない者がいるのだろうか。
「何言ってるのブルドー。きっと何かの間違いでしょ」
「いや、本当だーー」
「マリーちゃん起きてる!?」
自分が勇者に選ばれた事にローズマリーは冗談か人違いだと思い、身体を横にしながら再び眠りにつこうとする。
その瞬間、黒い鉄鉱石をそのまま身体の一部にしたような艶のある漆黒の髪を肩まで伸ばし、やや吊り上がった紫色の瞳の女性が、先程のブルドーよりも大きく家を壊しかねない轟音を響かせながらローズマリーの部屋に入ってきた。
彼女はブルドーの母親で、両親を亡くしたローズマリーを引き取ってくれたのも彼女だった。
小柄で華奢な見た目に反して性格は豪快で男勝りな姉御肌気質で、かつては自分も何倍もある熊を素手で倒したり、盗賊の襲撃に遭った際は1人で返り討ちにしたりとその強さから"鬼神"と呼ばれていた。
また面倒見がよく、引き取ったローズマリーを自分の娘のように心から愛した。
「おばさん今起きーー」
「マリーちゃんとブルドーが七勇者に選ばれたのよ!?」
ブルドーの母はおもむろにローズマリーの肩を掴むと彼女の言葉を遮り、これでもかと揺さぶった。
初めて見る彼女が取り乱す姿にローズマリーは、揺さぶられながらも七勇者に選ばれた事が現実である事をようやく理解する。
しかし、揺さぶられるうちに段々気分が悪くなってきたがブルドーの母は息子と義理の娘が七勇者に選ばれた事に頭がいっぱいでその事に全く気付かない。
「母さん落ち着いて!」
このままでは危ないと判断したブルドーが無理矢理母親を引き離した事でようやく解放されたが、余りの気持ち悪さにローズマリーは顔を真っ青にしながら倒れるようにベッドに横たわった。
「ご、ごめんねマリーちゃん。突然の事だったから気が動転しちゃって」
「だ、大丈夫です……。ちょっと気持ち悪いですけど……」
我に返った義母からの謝罪にローズマリーはまだ顔に血の気が戻らず、ベッドで横になったままか細い声で力無く答える。
朝からの大騒動がようやく収まり出した頃、タキシードに身を包み、耳が少し隠れる程の明るい茶髪に眼鏡をかけたブルドーの父親がひょっこりと顔を出して部屋の様子を伺っていた。
「3人共、早く支度しないと王国兵の人達を待たせてるよ」
ブルドーの父は苦笑いしながら先程までドタバタしていて外に出られる格好ではない3人に支度を促した。
父の言葉にブルドーと義母は王国兵が訪れてからかなり時間が経っている事に気付き、慌ててローズマリーの部屋を飛び出していった。
嵐が過ぎ去ったように静かになった自室でローズマリーはブルドーの母に揺さぶれた影響でまだ気分が悪いが、身支度を済ませようとベッドから立ち上がる。
かといって初めて行く王宮に何を着ていけばいいのか分からず、ローズマリーはクローゼットから適当に服を取り出すとブルドーの母が櫛と一着のドレスを持ってきて再び部屋に入ってきた。
「そんな服で行くつもりなのマリーちゃん!」
「王宮なんて行ったことないから何を着ていけばいいのか分からなくて」
「これから女王陛下や国のお偉いさん達にたくさん会うんだからきちんとした格好じゃないとダメでしょ!」
「そういうおばさんこそその服で行くつもりですか」
ブルドーの母は髪はといているが、服装は先程部屋に入ってきた時と全く変わっていなかった。
ローズマリーにその事を指摘されたブルドーの母は、櫛やドレスを持ったまま少し彼女に詰め寄ると少し笑みを浮かべて口を開いた。
「私の格好なんてどうでもいいの。自分より娘を綺麗にしたいと思うのは親として当たり前じゃない」
「おばさん……」
「それに私の身支度なんてすぐ終わっちゃうんだから」
ブルドーの母は親として自分の子供を綺麗に仕立てたいと思う事は当たり前だとローズマリーに話した。
例え、血の繋がっていない義理の娘だとしても。
ブルドーの母に返す言葉もないローズマリーはそのまま義母と共に身支度を始めた。
「でもそのドレスいつの間に」
「ああこれ?こういう事もあろうかと用意してたのよ」
そう言うとブルドーの母は持ってきたドレスをローズマリーの目の前で自慢気に広げた。
そのドレスはエメラルドグリーンを基調とした長袖のドレスで、胸元に赤い宝石のブローチがついた身体のラインがはっきりとする代物だった。
「私にはこんな綺麗なのは似合わないですよ」
「そんな事言わずにほらほら」
今までドレスなど着た事がないローズマリーはどうせ自分には似合わないと着るのを躊躇う。
そんなローズマリーにブルドーの母は否応なしにそのドレスを彼女に着せると背中を押しながら、続け様に姿見の前に立たせた。
「やっぱり、すっごく似合うじゃないマリーちゃん!」
「そ、そうですか」
「そうよ!まるでどこかのお姫様みたいよ!」
「言い過ぎじゃないですかそれ」
渋々ドレスを着たローズマリーをブルドーの母は手を叩きながら興奮気味に彼女を褒めちぎる。
どこまでも大袈裟な義母にローズマリーは困惑しつつも身支度を進めていった。
「じゃあ今度は髪をといてあげるわ。さ、こっちに座って」
ドレスの着付けが終わり、ブルドーの母は髪の手入れをローズマリーに促す。
彼女に言われるがまま、ローズマリーはその長い髪を床に広げながら化粧台の前に腰掛けた。
「いつも思うのだけど、マリーちゃん髪の毛がすっごく長いから手入れのしがいがあるのよね」
「そうですか」
たわいもない話もしながらブルドーの母は、全体の半分以上が床に着いている程長いローズマリーの髪を毛先まで丁寧にとき、ローズマリーは彼女の話に適当に相槌を打つ。
しばらく髪をといてもらっていると、ローズマリーはある異変に気づき始めた。
髪が長すぎるのでかなりの時間を要したが、ようやく終わりが見えた時、背後から嗚咽混じりの声と鼻を啜る音が聞こえ始めた。
「おばさん……?」
様子がおかしいブルドーの母を不審に感じたローズマリーは彼女の方に頭を動かした。、
すると彼女は身体を小刻みに震えさせ、大粒の涙を流しながらローズマリーの髪をといていたのだ。
「なんで泣いてるのですか」
初めて見た義母の涙に驚き、ローズマリーは困惑しながら泣いている理由を尋ねる。
「ごめんね……。マリーちゃんの髪をとくのがこれで最後になるのだと思ったら……止まらなくなって……」
彼女から返ってきた答えにローズマリーは心の中から何かが込み上げる感覚に襲われた。
引き取られてから毎日、ブルドーの母に髪の手入れをしてもらうのがローズマリーの日課だった。
引き取られた時から既にふくらはぎの辺りまで伸ばしており、1人では長過ぎて手入れが出来ないので両親を事故で亡くすまでは母親に手入れをしてもらっていた。
身寄りがない自分を引き取ってくれただけでもありがたいので、追い出されないようにいい子でいよう思ったローズマリーは引き取られた翌日、生まれて初めて自分の髪の手入れをしてみた。
だが、といてる途中で櫛が髪に引っかかったり、長過ぎて毛先まで届かなかったりと思うように上手くいかない。
長い間、自分の髪と格闘したが途中で諦めてしまったローズマリーは跳ねに跳ねまくったボサボサの髪で1階のリビングへと足を運んだ。
その様子を見たブルドーの母は目を見開いて驚愕すると朝食の支度をすぐにやめ、飛ぶようにローズマリーの元へと駆け寄った。
「マリーちゃんどうしたのその髪!?」
「自分で髪をとこうとしたらこうなっちゃって」
ブルドーの母に聞かれた事にローズマリーは自分の髪を弄り、彼女から目を逸らしながら恥ずかしそうに答える。
「そんなの私に言ってくれたらやるのに」
「でも私はおばさん達の子供じゃないからわがまま言ったらおばさんの迷惑にーー」
「マリーちゃん」
必死でいい子でいようとするローズマリーの言葉をブルドーの母は鋭い声で遮ると腰を下ろしながら真剣な顔つきで彼女を見つめる。
機嫌を損ねてしまったと思ったローズマリーは咄嗟にごめんなさいのごの字が口から出かけた時、ブルドーの母は彼女をまっすぐに見つめたまま口を開いた。
「それのどこがわがままなの?髪をとくのくらい迷惑でも何でもないわよ。それにマリーちゃんはもう私達の子供なんだからいくらでもわがまま言ったって構わないわ」
白い歯を見せながら言われたブルドーの母の言葉で、ローズマリーは取り繕う必要は無いのだと悟る。
その事に気づいた瞬間、昨日まで重くのしかかってた心の荷が下り、今までの自分でいられる事に安堵した。
それから毎日、ローズマリーはブルドーの母に髪をといて貰う事になった。
何気なかった日常が今日で終わり、新しい道へ進む時が来たこと気づいてしまったローズマリーは今までの懐かしき思い出やこの先の不安が一気に押し寄せ、顔を下に向けながら必死に泣くのを堪える。
「おばさん……私はこれから先、七勇者の1人としてやっていけるのでしょうか……」
そして、顔を下に向けたまま自分の真後ろにいるブルドーの母に将来の不安を包み隠さずに吐露した。
だが、ブルドーの母は泣きながら彼女の髪をとくだけでいつまで経っても返事は全く返って来ない。
「やっぱり何でもないですーー」
そう言って答えを諦めた時、突如としてブルドーの母は両腕を肩に掛けて背後からローズマリーを強く抱きしめた。
「おばさん……?」
「これから先、辛い事や苦しい事がたくさんあると思う、だけど辛くなったらいつでもここに帰っておいで。私は、私達は何があってもマリーちゃんの味方だから」
ローズマリーは思わず前の方を向き、化粧台の鏡を見るとブルドーの母は真っ赤に腫らした目元から一筋の涙を流しながら彼女に優しく微笑む。
背後から言われた義母の言葉にローズマリーはとうとう泣くのを堪え切れなくなってくるが、人前で泣いてるのを見られたくないという感情がどうしても勝ってしまう。
「ありがとう……おばさん……」
ローズマリーは身体を小刻みに震わせながら顔を再び下に向け、感極まった声で静かに涙を流した。
王宮へ行く身支度をようやく終え、ローズマリーはブルドーの母と共に階段を降りていく。
玄関には、既に身支度を終えたブルドーと彼の父が待っていた。
「ローズマリーちゃん。そのドレスすごく似合ってるよ」
「そ、そうですか」
階段を降りてきたローズマリーにブルドーの父はいの一番に彼女を褒める。
だが、未だに似合ってないと思っているローズマリーは顔を伏せ、義父からの褒め言葉を素直に受け取れない。
「マリー」
その直後に髪を整え、タキシードに着替えたブルドーが今まで見せた事が無かった凛々しい表情でローズマリーを見つめながら、彼女の肩をしっかりと掴んだ。
「父さんはお世辞ではなく本当に似合ってるから言ったんだし、俺も今のマリーはすごく綺麗だと思う。だから、人の好意を無下にするような事を言うのはやめて欲しい」
「ご、ごめん……」
普段は優しいブルドーからふつふつと感じる静かな怒りに呆気に取られたローズマリーは思わず彼に謝った。
「よく言った!」
「ヴゥッ!?」
その直後、ブルドーの背中からバシーンと鈍い音が聞こえ、その痛さにブルドーは背後を押さえながら膝から崩れ落ちる。
息子の勇姿に感激したブルドーの母が彼の背中を思いっきり叩くと、強烈な痛みに悶えるブルドーの顔に自分の頬をぐりぐりと押さえつけながら息子を褒めた。
「いやぁマリーちゃんったら何回言っても謙遜ばかりするんだから思いっきり頭を引っ叩いてやろうかと思ったけど、アンタがビシッと言ってくれたから叩かずに済んだよ!流石は私が産んだだけあるわね!」
ブルドーの母からポロッと出た言葉に心の底から恐怖を感じたローズマリーは顔から血の気が引き上がり、瞳の色と同じくらい真っ青になった。
物凄い激痛で言葉が出ないブルドーをよそに、ブルドーの母は彼の真横で高笑いしながらバシバシと肩を叩く。
「母さん。王国兵の人達が待ってるから早く支度して」
いつまで経っても外に出られない事に、ブルドーの父は腰に手を当てながら半ば呆れた様子で妻に身支度を促す。
「あぁごめんごめん。すぐ終わるから待ってて」
夫から早く支度するよう言われたブルドーの母は、さっきまで息子の肩に回していた腕を離し、上機嫌にその場を離れた。
「おまたせ〜」
そのわずか数分後に黒のワンピースに着替え、メイクまできちんと済ませた格好で再び家族の前に姿を現した。
「もう終わったの!?」
下手すると自分より早いのではないかと思う程、母の身支度の早さにブルドーは驚愕の声を上げた。
家族全員が王宮へ向かう支度を終えたのを確かめた後、ブルドーの父が玄関のドアを開ける。
ドアを開いた先には王宮から派遣された兵士が直立不動で立っていた。
「お待たせしてすみません」
「いえ、そうでもございませんよ」
長い間待たせてしまった事にブルドーの父は兵士にお詫びの言葉を口にすると、兵士は軽く返事をする。
返事を済ませた後、1人の兵士が手を上げるとその場にいた兵士全員がローズマリー達に視線を向けるとこちらへ向かって歩き出した。
突然、こちらに向かって来た兵士達にローズマリーは何をするのか検討がつかずに身構える。
次の瞬間、その場にいた兵士全員が頭を下げ、彼女達の前に跪いた。
「ブルドー・オーリック様!ローズマリー・ヘルゲート様!そしてご両親様!この度は栄えある七勇者に選ばれた事、誠におめでとうございます!あなた方に永遠の栄光と祝福があらんことを!」
突然の出来事にローズマリー達は困惑し、ブルドーの母は頭を下げたまま微動だにしない彼らに恐る恐る近づく。
「あのぉ。頭を上げて下さい」
ブルドーの母は震えた声で跪いたままの兵士達に言うと彼らは地面から顔を出した筍のように皆、一同に立ち上がる。
そして、即座に外部から守るようにローズマリー達の周りを囲み出した。
「これは一体……」
「新たなる勇者様とそのご家族様を王都までお連れするのが我々の責務です。では、どうぞこちらへ」
ブルドーの母が再び尋ね、兵士がそれに淡々と答えた後、彼から案内されたローズマリー達は側面に立つ兵士達で作られた壁の中を歩き出す。
「オーリックさん!こんなめでたい日が来るなんてね!」
「まさかオーリックさんとこのお子さんが2人共七勇者に選ばれるなんて」
「おめでとう!ブルドー君!ローズマリーちゃん!」
馬車へ移動していると、壁の外から村の人達が自分達に対して祝福の歓声を上げた。
村の人達に対してローズマリー達は軽く笑みを浮かべながら手を振りかえす。
馬車が停まっているところまで歩くと、複数台停まっている馬車の中でも豪勢な装飾が施された一際目立つ2台の馬車に通された。
「どうぞ、お乗り下さい」
兵士が馬車の扉を開けて乗車を促すと、ローズマリー達はブルドーと義父、ローズマリーと義母に分かれて馬車に乗り込む。
「それでは出発します」
先頭の馬車に乗る兵士が出発の合図を出すと、ローズマリー達を乗せた一行は王都に向けてゆっくりと走り出した。
馬車に揺られながら、ローズマリーは窓から身を乗り出して故郷の方を見ると、手を振りながら自分達を見送る村の人達がどんどん小さくなっていくのが目に映った。
その光景に、ローズマリーの心の中になんともいえない感情が込み上がって来る。
この村を出る日が来るとは思わなかった。
私が勇者に選ばれるとは思わなかった。
選ばれたからには務めを果たすつもりではいるが、他の勇者達と上手くやっていけるのか、そもそも私に勇者が務まるのか、考え出したらキリのない不安が私を襲い掛かる。
でも同時に、これから始まる新しい人生に希望を感じている自分もいる。
今はただ、期待に胸を膨らませながらこの長い旅路に身を委ねよう。
これから待ち受ける未来に期待と不安を胸に秘めながら、ローズマリーは馬車の中から見える景色をただボーッと眺めた。
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「えっと……。まだそこに居るのか?」
キルフィスの不安げに呟かれた言葉にローズマリーは一瞬で我に帰る。
「ごめんなさい。さぁ、行きましょうか」
「では案内しよう。こっちだ」
慌てて火の玉で謝罪の文字を綴ると、キルフィスはローズマリーをゴーレム車が停まっている場所へ案内した。
(また思い出してしまった。みんなを裏切った私にはそんな資格は無いというのに。おじさんも、おばさんも、村の人達も、もう……。)
祖国での記憶が蘇ったローズマリーには、故郷の義父と義母、そして幼い頃から自分を見守って来た村人達の顔が脳裏に浮かび上がる。
ローズマリーは裏切った身でありながら未だに祖国に思いを馳せる自分に嫌悪しながら、キルフィスの後ろを黙ってついて行った。
「げっキルフィス……」
サミエルが魔王城の廊下を歩いていると、前方から忌々しい鴉が歩いて来るのが見えた。
(城内でアイツと出くわすなんてツイてないわね)
キルフィスを見つけたサミエルは、その場で彼との記憶がフラッシュバックした。
城内でキルフィスと出くわすと、何処へいくのかだの一緒にお昼にしないかだのしつこく絡まれるので彼の顔を見かけただけで辟易していた。
(隠れそうな場所もないし、このまま突っ切るしかなさそうね)
サミエルはどうせ絡まれると思ったが、気づかれないように顔を伏せながらキルフィスの真横を通りすぎる。
普段なら遠くで見かけただけで飛んでくる彼が、自分に見向きもせずにそのまま通り過ぎて行った。
「……?」
ダメ元でやってみた事があっさりとうまくいった事と、いつもと様子がおかしいキルフィスに、サミエルは彼の方を振り返りながらその場に立ち尽くした。
「着いたぞ。これがゴーレム車だ」
魔王城で所有しているゴーレム車乗り場に着くと、ローズマリーは目を見張った。
そこには、車と連携している取手の部分を握り、軍長であるゴウケツやフレイザードとほぼ同じ身長はあるであろう赤色の巨大な石の人形が何十体と並んでいた。
「お先にどうぞ。ミス・マリー」
ゴーレム車の扉を開き、キルフィスは先にローズマリーに乗るように促した。
お言葉に甘え、ローズマリーは乗り込んだ後に合図をキルフィスに送ると、彼もまたゴーレム車に乗り込む。
キルフィスは車内の椅子に座り込むと、おもむろに手を叩く。
手を叩いたのとほぼ同時にゴーレムは鈍い音を鳴らしながらゆっくりと動き出した。
「今なんで手を叩いたの?」
「ゴーレム車は車内の音に反応する。乗車する者が全員乗った後に手を叩いたりなどしてゴーレムに出発の合図を送るのだ」
「随分優れた技術ね」
「それ故に作れる者も少ないのだ」
車内でキルフィスを会話しているうちに2人を乗せたゴーレム車は魔王城の門に差し掛かった。
「ここを過ぎれば魔王都だ。私の自宅に着くまでは街の様子でも眺めてるといい」
アイルハート王国を訪れてから数週間、ローズマリーは初めて城の外へ足を踏み出した。




