第21話 鴉は笑う
キルフィスは意気揚々と部屋に入ってくるとテーブルに置いてあったアフタヌーンティーのセットに目を向ける。
そして何を考えたのかテーブルの方へおもむろに歩き出すと先程までローズマリーが使っていたティーカップを手に取り、残っていた紅茶を一滴残らず飲み干した。
「何考えてんのクソ鴉!!」
一瞬ギョッとした顔をした後、すぐさま鬼の形相となったサミエルは今日一番の怒号を響かせながらキルフィスの胸ぐらを思いっきり掴み上げた。
「すまない。ずっとここに居たものだから喉が渇いて仕方なくてな。それとも君のティーカップの紅茶を飲んだ方が良かったかな?」
「ふざけんじゃ無いわ!そんな事したらアンタの羽を掻きむしってわたくしの新しいコートにしてやるから!」
「私の羽が君のコートになるならそれ程誇らしいものはないな。だって君がそれを着るという事は常に私と密着しているも同然だからなあ。所で私には誘惑はしないのかい?」
「誰がアンタなんかに誘惑するかしら。自惚れを大概にしなさい」
顔を真っ赤にしながら自分を罵倒するサミエルをキルフィスはこの様な事は慣れているかのような口振りと態度で飄々と笑って受け流す。
喧嘩のようなやり取りの横で一人置いてけぼりだったローズマリーは自分のティーカップに口付けされた事を気にせず、呆れた様な表情を浮かべながら二人の仲裁に入るように口を開いた。
「それで、貴方はいつから部屋の前に居たの?」
「もちろん最初からさ」
サミエルに胸ぐらを掴まれたままキルフィスは頭を四十五度の角度に向けてさも当然のように答えた。
自分達の会話を最初から聞かれていた事を知ったサミエルはキルフィスの胸ぐらから手を話した後、容赦ない平手打ちを彼に一発食らわせる。
バシンという大きな音が鳴り、叩かれた箇所が痛々しく真っ赤に腫れても尚、キルフィスは余裕がある態度でぶたれた所にさすりながらヘラヘラと笑っていた。
「今すぐ消え失せてくれないかしら?これ以上そのムカつくツラ見てるとわたくし、アンタを殺して焼き鳥にでもしてしまいそうだから」
「焼き鳥と言う事は私を食べるのかい?だとすれば君の血肉となり身体中を駆け巡れるのなら君に殺されるのも悪くはないな。いや寧ろ本望と言っても過言ではない」
氷点下を下回るような本気で蔑む瞳と口調でサミエルはキルフィスを軽蔑するが彼は怯えるどころか興奮するばかりで全く効果は無い。
また話が脱線しつつあったのでローズマリーは再び二人の間に割り込むようにズレていた話の軌道修正を行い、さっきから気色が悪い鴉を問い詰めた。
「貴方は何のために部屋の前で盗み聞きしていたの?」
「私も貴方に用があったのだがサミエルに先を越されてしまってな。それでサミエルの用が済むまで部屋の前で待っていたのさ。盗み聞きはそのついでだ」
ローズマリーからの質問にキルフィスはサミエルにボコボコにされながらも爽やかに答えると彼は窓のほうへ向かい、いきなり部屋の窓を豪快に開けると窓枠の縁を足を掛け始める。
「だが急ぎの用でもないし、これ以上レディの茶会を邪魔するのは私のポリシーに反する。私はこの辺でお暇させてもらおう」
キルフィスは右の翼でカッコつけた敬礼をすると同時にローズマリーとサミエルに向けてウインクをすると窓枠の縁を力強く蹴り、晴天の大空へと羽ばたいていった。
キルフィスが去った後、嵐が過ぎたかのように部屋中が静まり返り、彼の黒い羽がそこらじゅうに散らばっていた。立つ鳥跡を濁さずとはどこへやら。
幸い、ティーカップやケーキスタンドに羽は入らなかったものの彼の乱入ですっかり興ざめした二人は立ち尽くしたまま沈黙の時間が流れる。
サミエルに言及した時とは違う重さの気まずい空気が流れた後、サミエルは腰に手を当て、呆れと申し訳なさが入り混じった声でローズマリーに謝罪した。
「ごめんなさいマリー……。アイツいっつもああなのよ」
「それは構わないけど貴方もキルフィスへの当たり方がキツすぎない?」
本人は何とも思ってなさそうではあるが、サミエルのキルフィスへの接し方に疑問を感じていたローズマリーは何の気なしに彼女に訊く。
ローズマリーにキルフィスの事を聞かれたサミエルはみるみるうちに不機嫌になり、いかにも言いたくなさそうなうんざりした顔でその理由を語った。
「アイツ、わたくしを自分の恋人にしようとしてしつこいのよ」
サミエルがため息を吐きながら陰鬱そうに喋る様から、彼に心底うんざりしているのが伺える。
そしてサミエルは、ローズマリーの喋る隙を与えないかのようにそのままキルフィスの愚痴を続けざまに捲し立てた。
「事あるごとに絡んで来るし、センスの欠片もないプレゼントを押し付けて来るし、寒気のするようか気持ち悪いプロポーズをほぼ毎日してくるのよ!この間なんて君の横顔を見てたら余りにも美しかったからとか抜かしてわたくしの等身大の石像なんかをプレゼントして来たのよ!そして、わたくしがどんなに罵ろうが手が出ようがアイツはヘラヘラと笑って気持ち悪い事言ってくるし、挙げ句の果てに二人で居ると城仕えの侍女とか庶民からはお似合いカップルだなんて言われるし、それを聞いてまた調子に乗るしで本当ウンザリなのよあのクソ鴉には!」
サミエルは顔を赤くながら物凄い剣幕でキルフィスのしつこさを赤裸々に話すが、その愚痴の長さは円周率のように尽きる事がなく、いつまで経っても終わらない。
ローズマリーは、彼女は感情の起伏が激しいのだなと思いながらサミエルの愚痴にただただ黙って付き合った。
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彼女達の前から去った後、キルフィスは自宅に帰るとそのまま階段を上がり、三階にある一番奥の部屋に足を踏み入れる。
その部屋にはありとあらゆる石像が幾つも置かれている気味の悪い部屋であるが、キルフィスはそこで何かをする訳でもなく、部屋の中央で棒立ちをする。
「石化は効かないと言ってはいたが、ただの石化なら効かないのだろう。だがガーゴイル族の特有のなら、な」
薄暗い部屋で多くの石像達に囲まれながら、キルフィスは何かを企むように口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。




