第19話 貴方が欲しかった
サミエルは、産まれてから今まで欲しい物は全てに手に入れてきた。
幼い頃は両親に溺愛され、欲しい物に指一本伸ばせば親が全てプレゼントしてくれた。
魔王軍に入ってからは美貌と軍長である権威を巧みに使い、彼女に擦り寄る者や逆らえない者からたくさんのプレゼントを貰った。
香水、バッグ、自分好みの女など、貰ったプレゼントの数はもう覚えていない。
欲しい物が何でも手に入る環境にサミエルは嫌気すら覚え、一度でもいいから自分の手で欲しい物を手に入れたいと考えていた。
そんな時、彼女の前に現れたのがローズマリーだった。
すらっとした体つき、窓の光を浴びて淡く光る金の長髪、凛々しく整った顔付き、自分のほぼ同じ大きさの胸、彼女はサミエルにとってまさに理想の相手だった。
サミエルは一瞬で虜になり、彼女が欲しいと思った。だが、今まで欲しい物は向こうからやって来た為、自力で手に入れる術など知る由もない。
サミエルは会議の間、ローズマリーを自分の物にする策を考え、そして思いついたのが誘惑だった。
サミエルはローズマリーを城のフリースペースに連れて来た後、一旦席を開けて城仕えの侍女にアフタヌーンティーのセットを作るように命じ、持っていた淫魔の秘薬を紅茶の茶葉の中に全て混ぜ込んだ。
そしてこの紅茶をローズマリーに飲ませた後、誘惑を使って彼女を手に入れようとしたのだ。
「あっ……あっ……」
ローズマリーの変貌ぶりにサミエルは身体を硬直させたまま言葉を詰まらせ、恐怖の余りに瞳が潤い始めた。
「答える気は無い……か」
何の感情をこもってない声でローズマリーは吐き捨てるとゆっくりと立ち上がってそのまま出口の方へ歩き出した。
「待って!」
状況が色々と変わりすぎて頭が混乱しているがこのままでは何もかもが終わってしまうと思ったサミエルは咄嗟に上半身を起こし、彼女を引き止める為に精一杯の声で叫んだ。
サミエルに呼び止められたローズマリーは足を止め、彼女を方へ頭を向けたがその顔はどこまでも冷たく、白けたようなしかめっ面だった。
「何?」
「どこへ行くつもりなの……」
無機質な声で返事をした彼女にサミエルは恐怖で身体が動かせず、ぐちゃぐちゃになった思考回路と縮こまったか細い声で行く先を尋ねる。
「ガレディアの所」
そっけなく返された答えにサミエルの顔から血の気が引き、身体の震えと油汗がどんどん止まらなくなっていった。
(マズい……マズいわ。今の事を魔王様に知られたらタダでは済まないわ……。)
魔王軍将であり、ガレディアのお気に入りである彼女を無理矢理自分の物にしようとした事がバレれば厳しい処罰は免れない。
よくて魔王軍からの放逐、最悪処刑。どう転んでも破滅の未来しか待っていなかった。
「じゃあ。もう行くから」
「ちゃんと話すから魔王様の所へは行かないで!」
扉の方を向き、さっさと立ち去ろうとするローズマリーにサミエルは己の浅はかな愚行を後悔しながら、彼女をその場から必死に留まらせた。
「本当に話すのでしょうね?」
「はい……。話します……」
こちらに疑いの目を向けるローズマリーの問いに、サミエルは先程までとは別人のような声で細々と答えた。
ローズマリーは踵を返し、何の迷いもない足取りでサミエルの方へ向かうと完全に絶望し、頭を垂れて力なくうなだれている彼女を無言でじっと見下ろす。
そして膝を曲げて長い髪が床に着く事も気にせず、中腰になりながら彼女の目の前で手を伸ばした。
「立てる?」
突然、差し出された救いの手にサミエルは思考が追いつかず、目を丸くしながらただ呆然としていた。
(どうしてあんな事した相手に平然と差し伸べられるの……。どうしてわたくしの言った事をすぐ信じられるの……。本当に貴方は一体……)
「どうしたの?」
何もせずにこちらをじっと観ているサミエルを不可解に感じたローズマリーはただ純粋な瞳と声で彼女に尋ねる。
「……ありがとう」
サミエルは顔を伏せたままローズマリーに淡々とお礼を言うと差し出された手を握り、その場から立ち上がった。




