第18話 誘惑の茶会
前回の投稿から大きく開けてしまい。申し訳ございません。次からは投稿ペースをあげられるよう頑張ります。
ローズマリーをとある場所へ連れて行くとサミエルは上機嫌な鼻歌を歌いながらティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
ご機嫌なサミエルに対し、連れて来られたローズマリーは彼女が何を企んでいるのか全く検討が付かず、腕を組みながら訝しげに彼女を見つめた。
「あら、どうしたの?そんなにわたくしの事が気になるの?」
「えぇ。とっても」
サミエルは彼女が自分をずっと見ている事に気付くと特徴的な胸部を見せつけ、人差し指を唇に引っ掛けながらいやらしく質問し、ローズマリーはそれに素っ気なく答える。
「それは嬉しいわ。わたくしの何がそんなに気になるのかしら?」
「貴方が私をここに連れてきた目的が何なのか」
ローズマリーは依然としてサミエルへの警戒を解かず、腕を組んだまま冷ややかな視線と声で敢えて直接聞き出した。
「そんなの単純よ」
明らかに信用されていないにも関わらず、サミエルはどこか余裕のある不敵な笑みを浮かべ、足を一歩前に出す度に豊満な胸を揺らしながらローズマリーに近づくと彼女の耳元に顔を近づけて囁いた。
「わたくし、貴方に興味があるの」
サミエルの耳がふやけるような甘ったるい声で呟かれた言葉にローズマリーは本能的に身の危険を感じ、とっさに座っていた椅子から立ち上がって腰に下げたアンペガサスに手を伸ばす。
そんな彼女の姿が面白く感じたのかサミエルは目元を綻ばせながらクスクスと笑った。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。貴方を襲おうだなんて微塵も考えていないから。ただ貴方と楽しくおしゃべりしたいだけなの」
「ここまで馴れ馴れしいと警戒するのは当たり前でしょ。そもそもここはどこなの?」
「ここは魔王城のフリースペースで来城者は自由に使っていい場所なの。さ、紅茶が冷めちゃうわ」
一向に自分を警戒し続けているローズマリーにサミエルは相変わらず飄々とした態度で話を続ける。
(彼女の事は何一つ信用出来ないが、腹の探り合いを続けても無駄みたいね。彼女の目的は分かるまでは泳がせる事にするか。)
ローズマリーはサミエルの事が信用出来ずにいるがこれ以上は平行線を辿る一方だと判断し、本性を表した時に対処する事にして大人しく椅子に座り直す。
彼女がようやく気を許したと思ったサミエルは、こちらに向かって来た時よりも朗らかな軽い足取りで自分の席に戻っていった。
「この紅茶、とっても美味しいのよ。飲んでみて」
サミエルから勧められ、ローズマリーは言われるがままにティーカップに手に取る。
ティーカップを持って口に近づけた途端、ローズマリーは違和感を感じ、眉間に皺を寄せた。
(なんだこの香り。あっちではこんな香りのする紅茶は知らないし飲んだ事も無かった。そういう銘柄かそれとも……)
注がれた紅茶の香りが一気に漂ったがその香りは今まで嗅いだ事のない不思議な香りだった。
「これ、何か入れた?」
「何も入れてないわ。確かにその臭いには戸惑うかもしれないけどそういう銘柄よ」
祖国の貴族達程ではないものの、ある程度紅茶を嗜んでいたローズマリーはサミエルが紅茶に細工を仕掛けたのではないのかと疑い、彼女に聞くが即座に否定されたので大人しく口に運んだ。
「……おいしい」
「でしょお。わたくしね、こうやって誰かとお茶会したかったんだけどアイツらに紅茶の良さなんて分かる訳なかったから今まで一人で飲んでたの。やっと分かる子が来てくれて本当に嬉しいわ」
ローズマリーの呟いた言葉にサミエルはさっきまでの意味深な笑みを崩し、新しい友達ができた少女のように瞳を輝かせながらあどけなく笑った。
そんな笑い方もするのかと思いながらローズマリーは紅茶を啜っていると、サミエルは一旦ティーカップをテーブルに置き、膝を着きながら再び何を企んでいるのか分からない怪しい笑みに戻って口を開いた。
「ところで、貴方に聞きたい事があるんだけど」
サミエルの言葉にローズマリーはティーカップを持ったまま鋭い眼光を飛ばして身構えた。
(やっぱり彼女も私が信用ならないのだろうな。それはまあいい。問題は彼女のその後の出方だ。)
ローズマリーはできる限り考えられるサミエルが取る行動を予測し、その対策方法を頭の中で張り巡らせる。
(もし正面から襲うならとっさに魔法を飛ばせばいい。だが、そもそも彼女に魔法が効くかは分からない。なら、窓から逃げるか?いや、外に部下を配置して外堀を埋められてるかもしれない。……アンペガサスで対抗するしか方法は無さそうね。)
アンペガサスに手を伸ばし、頭の中でそうこうしているうちにサミエルは一つの質問を彼女に投げかけた。
「貴方の金髪って地毛なの?」
「……は?」
サミエルが全く予想だにしない質問をしてきた事に、ローズマリーは思わず下顎が勝手に開き、穴の空いた風船のような気の抜けた声が喉からポロッと吐き出た。
「もしかして、なんでここに居るのかとか、人間なのに魔王軍将になれたのかとか聞かれると思った?」
面食らった表情をするローズマリーに対してサミエルは目を綻ばせ、口角を上げながらケラケラを笑った。
「確かに気にならないと言えば嘘になるわ。でもそんな事を聞いたって楽しくないじゃない?わたくしは魔王軍将でも敵国の元勇者でもない貴方という人間に興味があってそれをよく知りたいの」
相変わらずの色気ある甲高い声で話すサミエルの言葉に、ローズマリーは何も言い返せずに黙り込む。
(何も言い返せない……。泳がせるつもりではいたが今の彼女には醜い腹の内を感じられない。彼女は純粋に私の事を……)
しばしの間沈黙が訪れた後、ローズマリーはティーカップをテーブルに置き、ゆっくりと口を開いた。
「ええ。そうよ」
ローズマリーの答えにサミエルは興奮の余り、座っていた椅子を後方に飛ばしながら勢いよく立ち上がりながら彼女に顔を近づけた。
「貴方、今笑ったわ!とても素敵じゃない!」
サミエルから思いもよらない事を言われたローズマリーは身体を硬直したままただただ彼女の方を見つめた。
彼女からすれば、今自分が笑っていた事に自覚がなかったからだ。
ここに来てからというものアルバートと手合わせをしたり、正式にガレディア直属の部下になり、これから祖国との戦争へ身を投じていく。
そんな自分がガレディア以外、ましてや何を考えているのか分からないほぼ初対面の魔族に笑顔を見せるなど思ってもいなかった。
「私、笑ってた?」
「ええ。とても優しそうな笑みだったわ」
完全に彼女にペースを持っていかれそうになったが、ローズマリーは一旦紅茶を啜り、気を落ち着かせた。
「でもいいわよねー金髪って。わたくしも金髪で生まれたかったわ」
「その髪も私は結構いいと思うけど」
「この髪のせいで老けて見られる事が多いのよ」
ローズマリーに髪を褒められたが自分の髪の色が気に入らないサミエルは彼女から視線を逸らし、不満気に愚痴をこぼす。
「私はこの色あまり好きじゃないんだよね」
自分の髪を人差し指で巻きとりながらローズマリーはどこか憂いを帯びた儚げな表情をしながら呟いた。
「あら?どうして?」
「私の親、お父さんもお母さんも金髪じゃなかったから血が繋がって無いのではと思ってて」
ローズマリーの両親は二人とも茶髪であり、子どもの頃に髪の色が全く違う事を聞いた事があった。
その時は祖父母が金髪だったからその遺伝だと言われたものの、実際に会った事はおろか写真の一つも見た事が無かったため、子供ながらに不審に感じていた。
「嫌な事思い出させちゃってごめんなさいね。別の話にしましょうか」
それから二人は紅茶を飲みながら時間を忘れ、様々な話をした。
好きな物の話、ガレディアの事、恋バナ等、その数は数えていたらキリが無いほど。
この短時間に二人は笑いが絶えない時を過ごした。
「淫魔って異性としかしないと思ってた」
「あら、意外と多いわよ?同性を好む淫魔」
二人はサミエルの種族である淫魔の話で盛り上がっていた。
サミエル達淫魔は色欲に関する事に長け、そのほとんどは性に関わる仕事を生業としており、サミエルのように軍人になる者はごく稀である。
インキュバスは女性のみを、サキュバスは男性のみを対象にしていると思っていたローズマリーは同性とも行う場合もある事に驚きを隠せないでいた。
「わたくしも男より女の子の方が好きだし」
「そう」
サミエル自身も女性の方が好みだと言い、ローズマリーは紅茶を啜りながら興味なさげに軽く受け流す。
「特に貴方のような人が」
サミエルはローズマリーに聞こえない程度にボソッと呟くと席を立ち、彼女の方に向かって歩き出した。
「ねぇローズマリー」
「何?」
サミエルはローズマリーの名を呼ぶと顔をこちらに向けた彼女の右頬に手を添えて固定しそして、
「わたくしをずっと見て」
と言い、暗示をかけるとローズマリーの瞳は鮮やかな青から淫らに輝く桃色へと変化していった。
(早速効いてきたわね。まああれだけ飲めば無理もないわ)
サミエルは淫魔の誘惑が効きやすくなる薬を紅茶の中に混ぜており、その紅茶をローズマリーに飲ませていた。
その薬は臭いが強烈であり、何か入れたのかと聞かれた時はバレるかもしれないと危惧していたがそういう銘柄だとごまかし、事なきを得たのだ。
(貴方を一目見た時に思ったのよ。わたくしの運命の人だって。向こうの勇者だから誘惑が効かないのではと思ってたけどとんだ杞憂だったわね。さあ後は口付けをするだけ。これから貴方はわたくしのものよローズマリー。)
全てが順調に進み、サミエルは誘惑を完遂させる最後の工程である口付けをする為に彼女の唇に自分の唇を近づける。
これでローズマリーを自分のものにできると確信した時、
パシンッ
突然現れた頬の痛みと共に乾いた音が部屋中に鳴り響いた。
「えっ……?」
サミエルは何が起きたのか分からなかった。
誘惑は対象を意のままに操る事ができる能力で淫魔しか使えず、一度かかった者は使用者が解除するまで効果は続く。
サミエルは誘惑を最も得意としており、今まで失敗した事は一度も無かった。
(誘惑が失敗した……?いや、そんな訳無いわ。確かにあの子の瞳がピンクになったのを見たわ。という事は……)
サミエルは顔を動かす勇気が出ず、恐る恐る瞳だけをゆっくりとローズマリーの方に向けると彼女の瞳は元の青に戻っていた。
つまり彼女は自力で誘惑を解いてしまったのだ。
「ようやく本性を現したか」
さっきまでの穏やかな顔と声はどこかへ消え去り、ローズマリーは敵対者を目の前した時のような冷めた声と瞳でサミエルを睨む。
その直後、飛びかかるようにサミエルの腕を掴むとそのまま押し倒し、アンペガサスとは別に装備していた短剣を彼女の顔の真横に突き刺した。
「ひぃ!」
形勢を逆転された挙げ句、どうする事もなくただただ怯えるサミエルに馬乗りになりながらローズマリーは凍てついた顔で彼女を見下ろした。
「吐け。お前の目的は何だ」




