第15話 新たな魔王軍将
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アルバートとの手合わせから数日後、ローズマリーはガレディアに呼ばれて彼女の執務室を訪れた。
「誰?」
「私よ。ガレディア」
「どうぞ入って」
扉を叩き、ガレディアの返事が返って来たので、ローズマリーは金色のドアノブに手をかけて微細な装飾が施された黒塗りの扉を開いた。
部屋に入ると、ガレディアの他にアルバートも居合せていた。
「あら?貴方も居たの?」
「私も魔王様に呼ばれてな」
「そう」
アルバートに軽く挨拶した後、積まれていた書類の整理を終えたガレディアが二人の方を向いて口を開いた。
「二人を呼んだのはマリーの今後についてなの」
「魔王様。でしたら何故私もお呼びになられたのですか?」
「アルバート。それは貴方に取っても重要な話だからよ」
いつにもまして真剣な様子のガレディアにアルバートは単に直属の部下だから呼ばれたのではない雰囲気を感じ取り、すぐに口を閉じて息を呑んだ。
「それじゃあ本題に入るけど。マリーには今後、魔王軍将に就いてもらおうと思うの」
「魔王軍将にですか!?」
アルバートは驚愕の余り思わず目を見開いて声を荒げながら、ガレディアの机に両手を強く叩きつけて言い迫った。
「そうよ。つまりマリーは貴方の同僚になるの」
「マリーの実力は認めますが、敵国から来た彼女を魔王軍将にするのはいかがなものかと思います!第一、他の者にどう説明するのですか!」
「アルバートの言い分も分かるけどこれは決定事項よ」
「ですが!」
淡々と話を進めるガレディアにアルバートは明らかに納得しておらず、彼女を問い詰めるように食い下がる。
アルバートが必死に抗議している理由が分からず、1人蚊帳の外だったローズマリーは2人が言い争っている間に割り込み、どういうことなのか聞いた。
「魔王軍将になるのは構わないけど、なんでアルバートはそんなに反対してるの?」
ローズマリーからの質問にアルバートはガレディアへの言及を一旦取り止め、彼女の方を向いて口を開いた。
「魔王軍将は魔王様直々に指名される事で就く事が許される役職で、国における権力も強くその座を狙っている者は山程いる。敵国の人間でそれも勇者であるお前がいきなり魔王軍将に任命されたらどうなると思う?」
アルバートから言われた事にローズマリーはハッと息を呑んでようやく理解した。
そもそもローズマリーは本来、敵対関係にあるクラウディア王国の人間でそのうえ勇者の称号を得ているいわば最も警戒すべき敵である。
つまりガレディアはこれから戦争する国の者に最高権限の役職を与えようとしており、どう考えても職権濫用以外の何者でもない。
更にこの事が民衆にバレればどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「ガレディアの信用が落ちる」
「それもあるが、どこの馬の骨とも知らんぽっと出の女に魔王軍将の座を奪われたとなれば、それを面白く思わん連中に魔王様やお前が命を狙われる可能性がある」
辛辣ではあるが筋の通ったアルバートの意見にローズマリーは理解を示して納得したが、ガレディアは理解こそしているものの納得してない顔をしながら口を開く。
「これからクラウディア王国と戦争するのだし、そうなるとただでさえ多忙なアルバートにさらに負担をかけさせてしまうからそれを和らげたいの。それに、せっかくマリーが私達に味方してくれたのだからマリーの好意を無駄にする訳にはいかないんだよね」
「確かにそうではございますがこればかりは」
「そうだよねぇ。どうしたらいいんだろう」
腕を組み、様々な思考を巡らせながら解決策に頭を悩ませるガレディアに何かを思いついたローズマリーは彼女に一つの提案を言ってみた。
「ガレディア。魔王軍将は引き受けるけど、功績は全てアルバートのものにするのはどう?」
ローズマリーの提案に2人を目を丸くし、ガレディアは机から身を乗り出しながら部屋の外に漏れかねない程の大きな声を上げる。
勢いよく立ち上がった影響でさっきまで彼女が座っていた金の装飾が施された一級品の椅子は後ろの壁にぶつかり、床に倒れた。
「ちょっと本気で言ってるのマリー!?」
「えぇ」
「そしたらマリーが浮かばれないじゃない!」
自らの存在を抹消し、この戦争に関する全ての功績をアルバートに譲るというローズマリーの提案にガレディアは声を荒げながら彼女に言い寄った。
ガレディアは戦争が終わった後、祖国を裏切ってまで自分達の味方になってくれたローズマリーの功績を讃える事で彼女の恩義に報いるつもりだった。
本人が言い出したとはいえ、その案を呑んでしまえば彼女を利用するのと何ら変わらない。
「それでいいの。私は本来こちら側につくべきでは無いのだし、功績とかに興味はない。だったらこうすればアルバートの負担は減る上に彼の名誉にもなる。悪い話では無いでしょ?」
「それはそうだけど……」
頭では理解しているが、これ以上ローズマリーを利用するような真似はしたくないガレディアは躊躇っており、彼女の案を受け入れようとしない。
そんな2人のやり取りと真横で見ていたアルバートが軽く咳をすると、真剣な面構えでガレディアに進言するように口を開いた。
「どちらにせよマリーの存在は秘匿にしなければなりませんし、彼女の案が最善でしょう」
アルバートまでもがローズマリーの提案に賛同した事により、ガレディアは口元を震わせながらどこか腑に落ちない様子だったが溜め息を吐いた後、倒れた椅子を大人しく戻して座り直し、諦め気味に彼女の意見を呑む事にした。
「分かった、そうする。それじゃあ就任の儀を執り行いましょう。といってもするのはここでだけど」
「就任の儀?」
「就任の儀は、魔王軍将に指名された者が魔王様直々に任命される事で責務と忠義を背負う儀式の事だ。本来、就任の儀は魔王の間を使い、城に多くの民を招き、王都や地方では出店などが多く建ち並んで盛大に行うのだが、こんなささやかな就任の儀は初めてだ」
(向こうでいう勇者の儀のようなものね)
就任の儀がどういうものなのかをアルバートから聞いたローズマリーは、かつて勇者に選ばれた時に行われた勇者の儀を思い出した。
クラウディア王国では勇者に選ばれた者達を王宮に集め、国王の目の前で忠誠を捧げる勇者の儀というものが存在する。
勇者の儀では身分を問わず王宮に国民を招き入れ、玉座の間で多くの人達に見守られながら行われる。王都や地方でも出店が多く建ち並んで非常に活気に溢れ、王国内でも大規模に行われるイベントだ。
(あの時は勇者の責務を全うすると誓い、みんなと一緒に忠誠を捧げたというのに。お前は将来、魔王に寝返って王国を裏切るぞとか、あの頃の私に言っても絶対信じないでしょうね)
今や国を捨てた裏切り者であるローズマリーは未だに祖国の事を引きずっている自分に呆きれながら、かつて勇者だった頃の懐かしい思い出に浸っていると、
「マリー?」
「おい、どうした」
ガレディアとアルバートが投げかけてきた言葉が聞こえ、一瞬で現実に引き戻された。
「あぁごめん。昔の事を思い出してた」
「昔の事?」
「そう。クラウディア王国にも勇者の儀といって、さっき言ってた就任の儀に似た儀式があるの。その事をね……」
視線を斜め下に向けながら寂しげな顔でローズマリーは過去を振り返ってた事を話すと、彼女に国を裏切らせた事に自責の念を感じたガレディアは表情を曇らせて顔を伏せながら申し訳なさそうに謝った。
「ごめんマリー……。私のせいで……」
「いいのよ。自分で決めた事だから。さ、早く始めましょ」
謝るガレディアにローズマリーはあたかも気にしてないかのように過剰に振る舞い、そそくさと就任の儀を行うよう促す。
「それじゃあ始めるね」
ガレディアはコホンと咳払いし、アルバートに見守られながら就任の儀がささやかに行われた。
「ローズマリー・ヘルゲート、そなたに問う。そなたは魔王軍将として我と共に歩み、我の為に力を振るい、その生涯、我に忠誠を尽くす事を誓うか?」
「誓います」
魔王の威厳を存分に放ち、普段のガレディアからは想像もつかない程の勇ましい声で忠義を問われたローズマリーは静かに頭を下げ、彼女に忠誠を誓う。
「よろしい。これより、そなたを魔王軍将に任命する。そなたの活躍を大いに期待しているぞ」
「仰せのままに」
「はいこれでおしまい。マリー、顔を上げていいよ」
ローズマリーが誓いの返事を述べるとガレディアはいつもの声に戻って儀式の終わりを彼女に言い、ローズマリーは頭を上げて正面に座っているガレディアを一点に見つめた。
「改めて、これからよろしくねマリー」
「私も。同僚として、お前を歓迎しようマリー」
「ええ。これからよろしく」
就任の儀が無事に終わり、公には出来ないがローズマリーは魔王軍将に任命されてガレディア直属の部下となった。だが、それは同時にクラウディア王国と完全に決別した瞬間でもあった。




