第14話 魔王軍将アルバート(4)
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アンペガサスを支えに産まれたての子鹿のように足を震わせながらもローズマリーは立ち上がった。
「貴方、やはりそっちで来るのね」
「剣も魔法も使いはするが、私が最も得意としているのは肉弾戦だ」
「今の一発でそれは充分伝わった」
「そうか、なら次でお前を終わらせる」
そう言うとアルバートは瞬間移動でローズマリーの目の前に現れ、確実に彼女を仕留めるという殺意に満ちた鋭い眼光を飛ばし、喉を切り裂く勢いで爪を立ててきた。
ローズマリーはそれをギリギリで避け、アルバートと距離を取るが彼は逃そうとせず、追跡を続ける。
(魔法は効かない。空は飛ぶ。分身する上に姿を消す事も瞬間移動も可能。そして一度食らえば満身創痍になりかねない強力な攻撃。魔王軍将の名に恥じない強さね……)
再びアルバートから逃げつつローズマリーは打開策を考えるが、一向に思い付かず彼に追いつかれようとしていた時、ある事を思いついた。
(一か八か、やってみるか……!)
突然、ローズマリーは逃げるのを辞めて身体をアルバートの方に向けて駆け出し、彼に立ち向かい始めたのだ。
「血迷ったか」
こっちに向かってきたローズマリーをアルバートは、拳を作りながら右腕を振り上げて容赦なく殴りかかった時、
「ブルーフレイム!」
ローズマリーはアンペガサスに青い炎纏わせて、振り下ろしたアルバートの腕を灼熱で溶かすかのように攻撃した。
「あづっ……!」
その熱さにアルバートは耐え切れず、ローズマリーから離れると腕に身につけていたヴェランドゥリングは彼女の攻撃を受けた箇所がドロドロに溶け、黒い雫が垂れ落ちていた。
「サンダーボルト!」
その直後にローズマリーは、アンペガサスに雷の力を付与させて水溜りを作る程に湿った地面に突き刺し、電撃波を駆け巡らせ、
「ぐあああああああああ!!」
彼女の放った雷の大波を一身に受けたアルバートが、猛烈な痺れと激痛に叫びを上げて地面に膝を付けるのを見たローズマリーはその隙を逃さず、
「お返し!」
身体強化を施した足で風を切りながら、アルバートの顎を砕かんとする勢いで思いっきり蹴り上げた。
「ぐはっ……!」
ローズマリーの強力な蹴りに意識が飛びかけたがアルバートは何とか持ち堪え、一瞬で霧になり彼女の後ろに立った。
「随分とやってくれるではないか」
「これだけやってもまだ平気なのね」
「ここまで叩き込まれると思ってはいなかったが、攻撃を多く受け続けた程度で倒れては魔王軍将の名が廃る」
あれだけ受けても平然としているアルバートを目の前にローズマリーの頬から一滴の汗が垂れる。
「死なない程度にはしていたが、そうも言ってられないな」
「何?貴方、手加減してたの?」
「違う。手は抜いていないが、私の攻撃を受けてお前が死んでしまっては手合わせでは無くなってしまうからな。だがそれもここまでだ」
そう言うとアルバートから再び翼が生え、ヴェランドゥリングを装着した右腕に赤い線が入り出した。
「今の攻撃は結構、いやかなり堪えたぞ。だからこそ私はお前に敬意を払おう。これはその証だ」
「貴方、やっぱり手加減してたのね」
「そう捉えられても何も言えんな」
ローズマリーが不快感を示しながら言った言葉にアルバートは薄ら笑いを浮かべると彼女に一言問いかけた。
「ここからは何があってもおかしくない。例え私の攻撃でお前が死んだり、身体の一部を失ったとしても悪く思うな」
「そのつもりで来なさい。私も貴方を殺すつもりで行くから」
「は……ふはははははは!!面白い!それでこそ手合わせというものだ!!!」
アルバートは声を大きくして高笑いをあげ、ヴェランドゥリングを纏った握り拳を森の大地に目掛けて勢いよく振り下ろした。
「グランドニードル!!」
アルバートが地面を殴ると、衝撃波と共に尖った隆起が獲物を狙うサメのように凄まじい速さでローズマリーに迫りかかってきた。
ローズマリーはそれを安易と避けた後、
「スモーキング」
と唱え、煙幕で自分の身を隠そうとしたが、
「頂いた」
煙の中きらアルバートが黒い右腕を伸ばし、首元を掴まれてしまい、そのまま真上に持ち上げられた。
「うっ……ぐっ……」
彼女を嬲るようにアルバートはゆっくりと腕に力を入れ、ローズマリーは首に絞められ苦悶の表情を顔に出しながら掠れた呻き声を上げる。
「とどめだ」
アルバートはそのままローズマリーの首を一思いに握り潰すと目の前に居た彼女は霞と化し、跡形もなく消え去ってしまった。
「幻影か……!」
仕留めたと思っていたら偽物だった事にアルバートは眉間に皺を寄せたがその場に立ち止まり、自らの探知能力と1匹のコウモリを駆使してローズマリーの居場所を探ったが気配すら感じず、彼女はどこにも見つからない。
(何処だ。何処に隠れた)
その時、アルバートは背後から少し離れた場所に何者かの気配を感じ、振り向くと誰も居なかったが何かを確信し、自然と口角が上がった。
「そういう事か」
アルバートは突如、ヴェランドゥリングで目の前の空間を切り裂くと、
「ぐっ……!」
何もない空間から彼の攻撃を受けたローズマリーが一歩引きながら現れ、彼女の鎧は攻撃を受けた箇所がひび割れて一部が欠けていた。
「認識阻害魔法を用いての不意打ちとは中々考えた物だが、惜しかったな」
「私の策をことごとく潰されたのは始めてね。貴方を敵に回していたらと思うと心底ゾッとする」
「その言葉、そのまま返してやろう。私も、お前が敵だったと思うと恐ろしい」
二人は微笑を浮かべながら見つめ合うと、木の葉が擦れる音と風が舞う音だけが森の中にこだましながら、束の間の静寂が訪れた。
「もう小細工はしない。次の一撃で終わらせる」
「最後は一騎討ちか。いいだろう、受けて立つ」
ローズマリーが沈黙を破ると、二人は光魔法で黄色く光るアンペガサスと赤色の線から妖気な光を放つヴェランドゥリングで互いを討つ為に走り出した。
こんなに苦戦したのは初めてだ。
正直言ってこれは賭けだ。
あれを食らったら死ぬかも知れない。
でも、何故だろう。
こんなにも楽しいと思えるのは。
二人はこんな自分達に最早狂ってるとすら思いながら、目を血走らせ、狂気と殺気を帯びた不敵な笑みを浮かべて命懸けの一撃を叩き込む為に限界はとっくに超えている身体でがむしゃらに駆け抜ける。
「「これで!終わりだああああああああああああああ!!!!!」」
互いの鋭利な部分が身体を触れようとした時、2人の間に黒を基調としたゴシックファッションに身を包んだ赤髪の少女がふわりとスカートを広げ、ゆっくりと地に足を着けながら仲裁に入るように現れた。
二人は突然の乱入者に身体が急停止すると一瞬で正気に戻り、体内の血が沸騰しかねない程熱った身体がみるみるうちに冷めていく。
「ガレディア……?」
「魔王様……?」
少女の正体はガレディアであり、2人はいきなり割り込んで来た主君を目の前に、擦り切れる程研ぎ澄ましていた神経が切れたと同時にそれまでの反動で思考が追いつかずに立ち尽くしていると、
「何をしているの2人共!!」
ガレディアは完全に激怒しており、森の中に響き渡る声で怒鳴り声を上げ、魔王の血を引いている者としての威厳がこれでもかと伝わるオーラを放ちながら鋭い眼光でアルバートを睨み、怒りの矛先を彼に向けた。
「アルバート!貴方、マリーが信用できないからって私が執務の間にマリーを始末するなんて何考えてるの!!」
物凄い剣幕でこちらに迫るガレディアに、アルバートは身体の奥底から恐怖を感じながらも手合わせの事を言い、彼女の誤解を解こうと試みた。
「い、いえ魔王様。私は彼女と手合わせをしていまして……」
「そんなあからさまな嘘を信じるわけないでしょ!手合わせしたかったら城の訓練場を使えばいいじゃない!」
「魔王様。私は本当に」
「言い訳なんて聞きたくない!アルバート、貴方にはしばらくの間謹慎処分を命じる!頭を冷やしなさい!」
「わ、分かりました……」
頭に血が登りきって聞く耳を持たないガレディアの理不尽な命令にアルバートは従いかけたが、
「待ってガレディア。アルバートの言う事は本当よ」
他でもないローズマリーが彼との戦闘が本当に手合わせだった事をガレディアに提言して庇い出したのだ。
「マリー、それは本当なの?」
「えぇ。これが証拠よ」
やっと落ち着きを取り戻したガレディアに、ローズマリーは密かに録音していた音声保存魔法で自室でのアルバートとのやりとりを彼女に聞かせる。
彼女に庇われて事なきを得たアルバートは、二人を呆然と見つめながら心の中にある変化が生じた。
(いつの間に録音を……。いやそれよりも私を庇う理由など本来なら無いはず。寧ろスパイならさっきの状況は好都合だ。なのにアイツは私を庇い無実を証明した。まさか、この女は本当に……)
「ごめんアルバート……。私、貴方がマリーを殺そうとしているのだと誤解していた……」
「私こそ、誤解を招くような行動を取ってしまい申し訳ございません。魔王軍将として恥ずべき行為でございます」
二人の会話を聞いたガレディアは申し訳なさそうにアルバートに謝り、彼もまた顔を伏せて彼女に謝る。
「ローズマリー」
そしてアルバートはそのままローズマリーの方を向いてゆっくりと腰を水平に曲げながらこれまでの行いを彼女に謝罪した。
「疑ってすまなかった」
「それは私を信用したという事でいいの?」
ローズマリーはアルバートに自分を信用する事にしたのか目を細めて疑わしそうに聞くと、彼は頭を下げたまま質問に答えた。
「お前を信用したと言えば嘘になる。だが自分に疑いをかけ、監視した輩を庇うような奴が敵国から送られたスパイだとは思えない」
「私が貴方に信用される為の演技だとしても?」
「その可能性は拭えないが今は信用する。だが裏切った時は容赦しない」
アルバートは深々と下げた頭をゆっくりと上げながら彼女にそう告げた。
「分かった。それなら貴方にお願いのあるのだけど」
「何だ?」
「これから私の事はマリーって呼んでくれない?」
口角を上げながら言った彼女の子供じみたお願いにアルバートはどう反応すればいいのか分からず、目を丸くしたまま困惑した。
「マ、マリー……?」
「そう。私の愛称なの」
「何故それを私に」
「堅苦しいのは嫌いだし、そっちで呼ばれる方が好きなの」
「そう、なのか……」
アルバートが腑に落ちなさそうに返すと、ローズマリーは微笑みを崩さずに今度は手を差し出してきた。
「今度は何だ」
「友好の証に握手でもと思って」
「……案外子供っぽいなお前。いいだろう」
若干呆れつつもアルバートは穏やかに笑い返し、差し出されたローズマリーの手を握った。
「ガレディアの理想の為に、頑張りましょう」
「あぁ。これからよろしく頼む。マリー」
ガレディアの登場によって勝敗はつかなかったが二人は死闘の末に互いを認め合い、穏やかな気持ちになって手合わせは終わった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
その日の夜。ローズマリーはいつものようにベッドに入るがさっきから不機嫌な様子のガレディアが気になり、自分と反対方向を向いて寝ている彼女に聞いた。
「どうしたの?帰ってきてから何も喋らないけど」
「……」
ローズマリーの問いにガレディアはそっぽを向いて何も答えない。
「黙ってたら何も分からないでしょ。何か悪い事したなら今度から気をつけるから」
「……特権だったのに」
「特権?何の?」
「マリーの事をマリーって呼ぶのは私の特権だったのに!アルバートにもあっさり呼ばせて!」
ガレディアは勢いよく起き上がると、ローズマリーが自分だけが呼んでいた愛称を他の人にも言わせた事に腹を立て、彼女の腕を掴んでベッドに押し倒した。
「あっちじゃブルドー達にも呼ばれてたのに今更?」
「ここでは私だけだった!ここではマリーって呼ぶのは私だけだって嬉しかったのに……!舞い上がってた私がバカみたいじゃない!」
ローズマリーは、ガレディアが自分だけの特別感を容易く壊された事に頬を膨れさせながらやきもちを焼いている事に顔が綻び、笑い声を漏らす。
「フフッ」
「何がおかしいの!」
「いや、君が私の事をそんなに想ってくれてたのがつい嬉しくて。ねぇ、手をどかしてもらえる?」
ガレディアは掴んでいた手を素直に離すと、ローズマリーは彼女の背中を包むように引き寄せて自分の胸に埋めさせた。
「マリー!?何ひて」
「私がこんな事を君以外にしてるのを見た事ある?」
「な、なひ……」
ガレディアは何をされているのか思考が追いつかず、声をこもらせながら返事をした。
「でしょ?これも特権じゃないかな?」
「う、うん……」
「そう。この長い金髪も、大きな胸も、私の身体を自由にしていいのは君の立派な特権。そして私がそれを許すのは世界でただ1人。君だけだ」
「マリー……」
段々と気持ちよさと眠気が増していき、豊満な胸に顔を埋めたまま、とろんとした目とふわふわした頭でガレディアは幸せな感覚に浸りながら半ば眠そうな声で呟く。
「だから、そんな事でめくじらを立てない欲しいかな。私は親しみやすい環境が好きだからさ。これからもいろんな人にマリーと呼ばせてもいい?」
「うん……」
「さ、今日はこのままおやすみ、ガレディア」
「おやすみ……マリー……」
ガレディアは閉じかけていた瞳を完全に閉じると彼女の心地よい温もりと柔らかい胸の感触に包まれながら大人しく夢の中へと誘われた。
ガレディア、君と出会えて私は幸せだ。
その寝顔を見ると、君の味方する事を選んでよかったと心からそう思う。
この道の先が理想郷か、または破滅かは分からない。
だけど私は最後の一瞬まで君の味方でいよう。ずっと、ずっと。
自分の胸に顔を埋め、静かに寝息をたてるガレディアと共に眠ることにささやかな幸せを感じながら、ローズマリーは眠りについた。




