第9話 決断
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ダイヤモンドの命令にローズマリーは、目を見開きながら全身が凍りついた。つまり共に過ごしてきたガレディアをこの手で殺せということだ。
しかもこれは女王陛下直々の命令。配下である彼女に拒否権などあるはずがない。
「承知、しました……」
ローズマリーは全てを諦めたかのようにダイヤモンドの命令にか細い声で従い、顔を伏せながらガレディアの方に向かってとぼとぼと歩き出す。
そんな彼女をブルドー達はただ見守る事しか出来ず、エミリーに至っては隣に居たナディアの肩に顔を埋めて咽び泣いた。
ローズマリーはガレディアの前に立つと彼女は己の罪を受け入れるかのように目を瞑って大人しくしていたが、身体は小刻みに震えており目元にはうっすらと涙を浮かべていた。
彼女を殺したくはない、だけど女王陛下の命令には逆らえない……。
勇者として責務とガレディアへの情の狭間で板挟みになったローズマリーは身体が動かず、腰に下げたアンペガサスに手が届かない。
「貴方の辛い気持ちも分かります。ですが、彼女は王国を脅かす厄災そのもの。彼女を始末する事は王国の為なのです」
ガレディアを殺そうとしない彼女にダイヤモンドは言葉を投げ掛けたが、その声は慈悲など欠片もない冷徹な声だった。
(私は、どうすれば……)
その時、ローズマリーは頭の中の引き出しから一つの記憶を思い出した。
それは暴漢達からガレディアを救った時の事、ローズマリーは王都の見回り中であったが彼女を保護する為に一旦切り上げ、王宮へ引き返す事にした。
暴漢達に負わされた傷は治癒魔法をかけて治しはしたが、痛みに痛んだ髪に痩せ細った手足、そしてゴミ捨て場から拾ったであろう明らかにサイズが合わない服を見に纏い、まともに立つ事もままならないボロボロな彼女に王宮まで歩かせるのは酷だと判断したローズマリーは一瞬でガレディアをお姫様抱っこで持ち上げた。
ガレディアを持ち上げた瞬間、彼女の異常な軽さにローズマリーは言葉にならない衝撃が走り、こんなになるまで見つけられなかった己の不甲斐なさに腹を立てる。
一方で突然、見知らぬ女に持ち上げられたガレディアは骨と皮しかない手足をバタつかせてすぐに下ろすよう力ない声で抵抗した。
自分の腕の中で必死に足掻くガレディアにローズマリーは彼女を大人しくさせる為に催眠魔法をかけた。
ローズマリーに魔法をかけられ、一気に眠気に襲われたガレディアは次第に声が小さくなって手足の動きが鈍くなっていき、やがて彼女の腕の中で寝息を立てながら眠りにつく。
ガレディアが完全に寝た事を確認したローズマリーは彼女を持ち上げたまま王宮の方に向かって歩き出した。
その道中、民衆から好奇な視線を向けられたり、小声で何かを言われたりしたがローズマリーは全く気にしなかった。
王宮に着いたローズマリーはガレディアを綺麗にする為、近くにいた侍女に風呂を沸かすよう指示を出す。
見知らぬ少女を連れてきたローズマリーに侍女は困惑しながらも畏まりましたと一言言って足早に去っていった。
風呂が沸くまでの間、ローズマリーは王宮に借りている自室に入り、ガレディアをベッドの上に寝かせた。
「ここは……?」
暫くすると催眠魔法の効果が切れ、ガレディアがゆっくりと瞳を開けて目を覚まし、身体を起こした。
「起きた?」
ガレディアが目を覚ましたのに気づいたローズマリーは、2つのティーカップに紅茶を注ぎながら寝ぼけた様子の彼女に話しかける。
最初は寝ぼけていたが、徐々に頭が覚醒していくと同時にガレディアは自分が置かれている状況に血の気が引いていき、頭を抱えてその場でうずくまった。
「叩かないで殴らないで蹴らないで脅さないで奪わないで蔑まないで嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」
今度はここで酷い目に遭わされると思ったガレディアは、涙を流しながら壊れたおもちゃのようにぶつぶつと喋り出した。
それは、魔族である彼女が今まで人間達から数え切れない程の仕打ちを受けてきた事を物語っていた。
完全に怯えているガレディアに、ローズマリーは紅茶を注ぎ終えるとそのまま彼女がうずくまっているベッドに向かって歩き出した。
「やめて!来ないで!」
こちらへ向かってくるローズマリーにガレディアは自分が出せる最大限の声で叫び、その場にあった枕を彼女に目掛けて投げて拒絶する。
それでもローズマリーは歩みを止めなかった。
これ以上、彼女を傷つけさせはしないと心に決めたのだから。
恐れていた人間が目の前まで来て、最早為す術がないガレディアは先程とは打って変わって諦めたように大人しくなった。
手足の力を無くして肩を落とし、頭を下げて無気力に項垂れる彼女にローズマリーは視線を下に向けて見下ろしたまま口を開いた。
「人間なんて信用できないと思うし、今は信用しなくても構わない。だけどこれだけは覚えていて欲しい」
また酷い目に遭わされると思ったガレディアは、ローズマリーの思いがけない言葉に耳を疑って彼女の方へ頭を一気に振り上げる。
そしてローズマリーは、ガレディアの目の前で膝を地面に着き、彼女の目線に合わせて微笑みながら続け様にこう述べた。
「何があっても私は君の味方だ」
忘れていた記憶が蘇ったローズマリーは己を落ち着かせる為に一旦、目を閉じてから少し間を置いて再び開くと一つの決断を下し、そして覚悟を決めた。
何故今まで忘れてたんだろう。
言ったじゃない、あの子の味方でいると。
なら迷う事など何もない。
私のすべき事はただ一つ……!
ローズマリーはおもむろに右手を前に出すと、風の刃が舞いながら手の周囲を囲み出す。
「サイクロン」
周りに居た者は魔法でガレディアを始末すると誰一人疑わなかったが魔法が放たれた瞬間、その場に居た者は全員目を疑う光景を目の当たりにした。
「「ぐわぁ!」」
「なっ……!」
「マリー……?」
何を血迷ったのかローズマリーはガレディアではなく、彼女の後ろに居た護衛の兵士を攻撃しだした。
突然、彼女から攻撃を受けた兵士二人は死んではいないものの強烈な風圧に押され、遠くへ吹き飛ばされた。
その直後にローズマリーは、
「光の要塞」
と呟き、自分とガレディアの周りに光の壁を築いて彼女を守るかのような行動を取り出したのだ。
「マリー!?」
ガレディアは何が起きているのか全く分からなかった。
自分を始末するよう命令された勇者が殺すどころか助けようとしている事に戸惑いと動揺を隠せなかった。
「今から転移魔法を使う。どこに飛べばいい?」
彼女の様子などお構いなしにローズマリーは転移魔法を使って王宮から逃げる準備をする。
「ちょっと待ってよマリー!飛ぶってどういう事!?それになんで私を助けーー」
「話は後!今はここから脱出するのが先決よ!」
混乱しながら言い迫るガレディアに、ローズマリーは凛々しい視線を向けて清らかながら勇ましくもある鋭い声で遮り、彼女は思わず黙り込んでしまった。
(マリーが何を考えているかは分からない。だけど今は差し伸べられたその手を、マリーを信じるしかない)
ガレディアは何故ローズマリーが自分を助けているのかは分からなかったがその厚意を無下にする訳にはいかず、己の全てを彼女に委ねる事を決めた。
「魔法を解きなさいローズマリー!!貴方は、自分が何をしているのか分かっているのですか……!?」
ダイヤモンドはローズマリーが命令に背いた事に驚きや焦り、そして怒りなど様々な感情が入り混じったつんざく声で怒号を飛ばし、ブルドー達や吹き飛ばされた兵士は突然の出来事に理解が追いつかず、身体が固まって動かなかった。
「何やってんのあのバカ……!キャンセル!」
ナディアはとんでもない事を仕出かしたローズマリーに憤りを感じながら急いで解除魔法を唱えたが、
「嘘……効かない……?」
何故か魔法が効かない事に戸惑いと驚きが混同した青ざめた声で呟き、冷や汗が流れ出した。
「効かないってどういう事ですか?」
エミリーがナディアに尋ねると、彼女は妙に落ち着いた声で何が起きたのかを説明しだした。
「キャンセルは解除魔法と呼ばれる魔法で、相手の魔法を無効化する特別な魔法。熟練の魔道士しか使えないし、自分より格下の相手ならどんな強力な魔法でも無効化してしまうわ。私とマリーなら私の方に軍配が上がるから、私はマリーの使う魔法を無効に出来るはずなのにそれが出来なかったの」
「そんな事があり得るのですか!?」
ある程度魔法の知識があるエミリーは驚愕の余り、声を荒げるとナディアは先程と同じトーンで解説を続ける。
「それを可能にする方法が一つだけあるわ。それは意思の強さよ」
「意思の強さ……?」
エミリーはナディアの口から魔法と関係なさそうな言葉が出てきた事に首を傾げると、横からシャインが割り込んで説明しだした。
「魔法は使用者の適正と熟練度によって威力が変わる。適正は生まれ持ったものだから覆す事は出来ないが重要なのは熟練度の方で、例え適正数が多くても使った事がない魔法をいきなり使っても上手く扱えないし、逆に適正数が1つしか無くてもそれを極めれば初期に習得する魔法でも強大な威力になる」
「それは学校で学びましたが、意思の強さにどう関係してくるのですか?」
いまいちピンと来ないエミリーは、シャインの方を向いて問いただすと彼はこれに応えるかのように説明を続ける。
「だけど稀に使用者の熟練度からは想像もつかないような威力の魔法が発生する事があった。今までは何かしらの原因で魔法が暴発したのだ思われていたが、最近の研究で魔法には使用者本人の意思の強さによって威力や効果が格段に跳ね上がる性質がある事が解明されたんだ」
シャインの説明でエミリーはようやく理解したと同時にローズマリーが何をしているのかを察してしまい、それが嘘である事を願いながら声を震わせてシャインに聞いた。
「という事はマリーは……」
「あぁ。信じたくはないが、マリーは国を守る事よりも魔王に味方する事を選んでしまったんだ」
「こうなってしまった以上、私達は何も出来ないわ」
「そんな……!」
諦めの感情を顔に出しながら言ったシャインとナディアの言葉にエミリーは絶句し、彼女が築いた天井まで続く光の壁を見つめる事しか出来なかった。
ローズマリーに手枷と足枷を壊してもらい、自由の身になったガレディアは差し出された手を握ると彼女に聞いた。
「ねぇマリー。転移魔法を使う人以外が行きたいと思った場所に行けるの?」
「君の部下は転移魔法で魔族を王宮に送り込んだのでしょう?」
「うっ……確かに……」
ローズマリーの言葉にガレディアは何も返せず、恥ずかしそうに視線を彼女から逸らす。
「それに転移魔法を使う者の身体に触れていれば、それは可能よ」
「そうなんだ」
「だからガレディア。転移が完了するまでこの手を離さないで」
「分かった」
ローズマリーから手を離さないでと言われたガレディアは自然と手に力が入り、彼女の手を更に強く握る。
「さあ。行きましょう」
二人は手を繋いだまま目を閉じると周りから蛍火のような淡い光が溢れ、二人を包み込んだ。
この選択が間違っているのは分かっている。
だけど、もう後戻りはできない。
この子の味方でいると決めたのだから。
光の壁が崩れ落ちた時、そこにはローズマリーとガレディアの姿は無くなっており、二人はどこかへ消えてしまっていた。
それは、愛の勇者ローズマリー・ヘルゲートが魔王に寝返り、クラウディア王国を裏切った瞬間だった。
「ローズマリー……ヘルゲート!!!!!」
ローズマリーの突然の裏切りに、ダイヤモンドはこれでもかと目を見開いて透き通った白い肌を真っ赤に染め上げ、怒りに震えた声で彼女の名を叫び、ブルドー達は畑に立つ案山子のようにただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
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後に歴史は語られる。この出来事が人と魔族、2つの種族の関係を大きく変える事になると。しかし、そう語られるのはずっと先の未来の話。
ここで語られる物語は、己が理想の為に覇道を突き進んだ魔王と彼女と運命を共にした勇者の叛逆の物語。




