90 窮地
「…ッ。恐れながら……! 我が娘が愚かであったことは、十二分に理解致しましてございます。学園からの処罰も黙して受けましょう。
…しかし今回の件、学園内で起こったいわば学生同士のただの喧嘩。何故、陛下をはじめ高位貴族の皆様方がこの件にこのようにご関心がおありになるのでしょうか?」
ギブソン子爵は、この状況にやや混乱しながら問うた。
「『学生同士のただの喧嘩』とは……。自分の娘が一方的に暴力を振るった事件であるのに、随分と自分に都合のいい言い方ですな」
フォートナム公爵が肩をすくめて言った。
(何故だ? 何故このような状況に陥っている? 流石に全く関わりのないこの方々のところに間者は入れられていない……! いつもなら、どこかに間者の入った貴族がいてそこから突破口が開けるものを……!)
もう一度、学園長の方を見るが彼は顔を逸らしたままこちらを見ようともしない。
「我が家をはじめ、あちらこちらの貴族に間者を送り込んでいる貴殿も、さすがにこれだけの高位貴族相手にはどうにも出来ませんかな? そしてそれだけの間者を使っておきながら、このような大変重要な事実を知らぬとは……」
ワーグナー侯爵が呆れたように言った。
(重要な、事実だと……! クソッ! 何か知らぬが、こんなことなら娘の願いとはいえ、学園の揉め事程度に首を突っ込むのではなかったわ!)
「…間者とは……ッ。なんの事やら私には分りかねます……! そして、重要な事実とは……ッ。一体何でございましょう? 」
顔を見合わす高位貴族達。王とウォード伯爵も顔を見合わせている。
(!? なんだ……? いったい、私は何を見過ごしてしまっているというのだ! …最近あった大きな事件といえば、王立学園の卒業パーティーでの、前王夫妻と第2王子の失脚と、新たな陛下の即位……。そうだ、あの辺りから何かおかしかったのだ。それなのに、エルマがダニエルと音信不通になったと騒ぎ出すから……! せっかく『侯爵夫人』の座が見えてきたのに、連絡が取れないのは困るから、そこからそちらに考えが向きすぎていたのか……?)
考えあぐねる子爵に、シュバリエ公爵が話し出す。
「我が家は、卒業パーティーにてとある令嬢に大変にお世話になってね。それはそれは感謝しているのだよ。彼女は我が家の救世主。何をとっても守らねばならない大切な女性なのだよ」
ふふと、嬉しそうに語るシュバリエ公爵。
(救世主、だと……!?)
ギブソン子爵はその幸せそうな態度に若干イラつきながら、そうかシュバリエ公爵は今娘の新たな婚約がまとまりそうなのだったと思い出す。
「我が家はそのパーティーでのある令嬢の行動に感銘を受けてね。高位貴族が我が身の為に傲慢に動く中、自分が傷付いても他の人の為にと動くその清々しい姿に、人のなんたるかを感じたのだ。そして、その令嬢がそれによって傷付くことがないよう、守っていくことこそが自分に出来ることと思っている。
そして、なんと言ってもあの我が妹が気に入った、レアな令嬢でもあるしね」
こちらも、嬉しそうに笑顔で語るフォートナム公爵。
(フォートナム公爵の妹といえば、ワーグナー侯爵夫人ではないか! あの気難しいやり手の夫人のお気に入りだと!? 我が娘がどれだけ取り入ろうとしても、けんもほろろの態度であったではないか!)
信じられず、呆然とフォートナム公爵を見るギブソン子爵。
「我が家はずっと前王妃殿下に苦しめられていたがね……。とある令嬢が我が息子レナルドの様子がおかしい事に気付き、陛下に進言してくれたのですよ……。そこから、我が家は全ての悩みが驚く程スッキリと解決した。全ては、その令嬢が気付いてくれたから。大恩人であるその令嬢を守っていくことを我が家も固く決意しているのだ」
こちらも憑き物がとれたように朗らかなソドムス侯爵。
(どういうことだ……? ソドムス侯爵といえば今まで王妃派の影でいつもギスギスとした暗い顔をした男であったではないか!)
ソドムス侯爵の変貌に驚き、ギブソン子爵は思わず見入ってしまった。
「そして我が家もね。その令嬢のお陰で、息子が長年の想いを叶えることが出来た。その令嬢が我が不肖の息子の不実を許しそして道を切り拓いてくれたのだ。それこそ我が身の傷付く事を恐れずに。流石は我が妻マーガレットがこの娘こそと気に入った筈だ。そしてそのような事があった後も、我が妻やマティアス、そしてシュバリエ公爵令嬢とも良い関係を築いてくれているのだよ。そして当然ながら我がワーグナー侯爵家も、大恩ある彼女を守っていくと誓っている」
そう嬉しげに笑い言うワーグナー侯爵。
(ワーグナー侯爵家嫡男の元婚約者、リリアンヌ嬢か!! 本来なら我が娘がシュバリエ公爵令嬢との恋破れた嫡男と婚約出来はしないかと隙を窺っておったのに、半年程前に急に現れ婚約者に収まった、邪魔な娘! そして今回もダニエルに近付き、横取りしようとしている! あの目障りな娘が今回も我が家を苦しめている……! この事件で人の婚約者を奪ったと、評判を下げればいいと思っておったのに、まさかこちらを窮地に陥れるとは……!)
ギブソン子爵はギリリッと唇を噛む。
そんな子爵にワーグナー侯爵は少し呆れたように言った。
「貴殿のご息女は卒業パーティーでの出来事を貴殿に話していなかったのかい? …まあ、あのパーティーでは色んな大変な事がたくさんあったから、その内の他の者には大きく影響しない事など小さく霞んでしまったのかもしれないが……。
1人の令嬢が、ここにいるフォートナム公爵家、シュバリエ公爵家、ソドムス侯爵家、…そして我が家ワーグナー侯爵家の保護を、…『後見』を受ける事になったことを」
「な……ッ!? 高位貴族、4家の……、保護……。4家の『後見』を受ける……!? そのような……、そのようなことッ、聞いた事もございませぬ! …あり得ない……!」
衝撃の余り、礼儀もなにも忘れて叫び愕然とするギブソン子爵なのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
「ワーグナー侯爵家嫡男がシュバリエ公爵令嬢と恋人で、公爵家に婿養子に入ることになった。嫡男の元の婚約者は身を引いた。侯爵家は次男が継ぐようだ」という話だけ聞いたギブソン子爵でした。




