89 釈明
学園長の話が全く要領を得ず、息を吐くアルフレッド。
「……。
…では、質問を変えよう。ギブソン子爵令嬢の婚約者とは誰か?」
「…は? 婚約者、でありますか……。確か、どこぞやの貴族の令息、としか……」
本当に、それさえも聞かずよく子爵の話を信用していたものだな。確認も何もする気もないのか?
「それはそうだろう。…貴殿は何の確認もせず、加害者側の言い分だけを鵜呑みにしたという事か? まさかこれまでの学生達の揉め事も、このような対応をしてきたのではないだろうね?」
「は……ッ! そ、そのような事は……決してッ!」
アルフレッドは眉間に手をやりこれ見よがしに、フーーッと息を吐いた。
そして、後ろに控える侍従に伝える。
「ギブソン子爵は王宮勤めだったね。今も王宮にいるはず。…こちらへ呼んで来るように」
ドナルドは戸惑いの表情を見せる。
「…従兄弟殿。貴殿からは何も子爵に話をせぬように。それと、今の内に私に伝えておきたい事があれば言っておくがいい」
ドナルドは一瞬視線を左右に泳がせたが、何かを決意したようにアルフレッドの顔を見た。
「彼は、…一筋縄ではいきません。爵位は『子爵』ですが、その能力も野望も、只者ではないかと思われます。…そして、子爵には我が侯爵家の秘密を握られておりました。その怪しげな子爵にいいように扱われた事を今は恥じております。…後で如何様にでもご処分を」
先程までとは違い、決意した真っ直ぐな目をしたドナルドに、アルフレッドは頷いた。
そして、侍従にあと数名の呼び出しを申し付け、多忙を極める為に皆が集まり用意が出来るまで一旦仕事に戻ったのである……。
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「陛下のお越しである」
王の玉座の一段下、向かい合う位置で細身の壮年の男性が頭を下げていた。
先程の王の身内の1人であるドナルド学園長との謁見とは違い、直接の声掛けは側近のウォード伯爵がしている。
「頭を上げよ」
アルフレッドがそれだけ言い、あとをウォード伯爵が引き取る。
「偉大なる陛下にお目通りが叶いまして、恐悦至極にございます。お呼びと伺い馳せ参じましてございます」
…狐だな。
アルフレッドのギブソン子爵の第一印象はそれだった。
礼儀正しく礼をしているのに、何か感じる違和感。そして、何かピンと張り詰めた妙な緊張感のようなものを感じた。
「此度子爵を呼ばれたのは、数日前の貴殿のご息女である子爵令嬢の学園での暴力事件についてである」
ギブソン子爵はちらと王の近くに立つ学園長を見た。学園長は何も反応しない。
「ご息女は、友人達と話をする被害者の令嬢の側まで物も言わず近寄りいきなり頬を叩いた、という事だがそれに相違ござらぬか?」
ギブソン子爵は一瞬顔に怒りが滲み出たが、次の瞬間にはそれを見事に隠し悲しげな父親の顔をみせた。
「恐れながら、申し上げます。起こった事としてはそのような事であったと聞いております。…愚かな娘でございます。ただ、娘にはどうにも出来ぬ事情があり……。それを知っている親としても娘だけを責められぬと……、そう辛い思いをしておるのでございます」
スッ……っと、王とウォード伯爵側の空気が冷えた。
「ほう……。それまで喧嘩をしていた訳でもなく、いきなり近寄って暴力を振るった側の娘の父親が、娘の事情を思えば責められぬと辛い思いをしていると……。そう申すのだな?」
ウォード伯爵の冷えた雰囲気に気付いたのだろう。子爵は少し慌てつつ、続けた。
「勿論、暴力など振るった我が娘が悪いのでございます! ただ……! 娘の幼い頃からの婚約者を奪われたとあっては、女性として冷静でおられぬ状態であったこと、ご理解いただきたいのでございます……!」
ギブソン子爵は、まるで涙を堪えているかのように声を詰まらせながら言った。
…迫真の演技だな。
アルフレッドはウォード伯爵と軽く目を合わせた。
これで何も事情を知らぬ状態だったなら、確かに同情し多少は肩入れしたかもしれない。だが、やはり片方だけの意見しか聞かなかった学園の対応は納得は出来ないが。
「…して、子爵。ご息女の婚約者とは誰か。そしてその被害者の令嬢がその婚約者を奪ったという証拠はあるのか」
一瞬、目が泳いだ子爵だったが、すぐに持ち直し答えた。
「…はい。ワーグナー侯爵家のご二男、ダニエル様でございます。ダニエル様と我が娘エルマは幼馴染でして、幼い頃より結婚の約束をしておりました。
それが最近になって、急に連絡が取れなくなり……。娘は毎日泣き暮らしておりました。その後必死に周りに確認すると、どうやら今回の被害者の令嬢が相手の親にまで取り入り、入り込もうとしているとのこと……。
新学期が始まり、その令嬢が楽しげに歩いているのを見て我慢ならなかった、後でそう娘は申しておりました……。誠に、愚かな娘でございます……」
今度は子爵はハンカチを取り出し、目頭を拭きだした。
これはかなりのお涙頂戴の姿だったが、普段から従者ブレットの小芝居を見慣れている2人には余り通じなかった。
「ワーグナー侯爵家二男に婚約者? そのような話は聞いたことがない。彼は私の知り合いだが、婚約者はいないと言って、今は軍の施設にて訓練中だ」
ウォード伯爵の言葉に驚くギブソン子爵。
「おぉ……。それでは連絡が取れないのは軍の施設にて訓練中であるからということ……。それでは、娘は捨てられたという事ではないと? ああ、でも何故婚約者がいないなどと、そのような事を仰っているのか……!」
「それならば、ご息女は思い違いで被害者令嬢を罵り暴力を振るった、ということか?」
「ああ……。なんということだ。なんということを……。被害者令嬢には申し開きもございません」
ギブソン子爵はそう、この件を締めくくろうとした。…王の前でのこの詰問を続けていても良い結果になるとは思えず、早くこの場を有耶無耶にして離れたかったのだ。…なに、後で学園長に何とでもして貰えばよいのだ、と。
その時。
「しかしながら、我が家の息子とそちらのご令嬢と婚約などは、一切しておりませんがね。その辺りをきちんとご説明いただきたいものですな」
そう言いながら入ってきたのは、ワーグナー侯爵。ダニエルの父親だった。
「…! ワーグナー…侯爵閣下……!」
そして、更にその後ろからフォートナム公爵、シュバリエ公爵、ソドムス侯爵が続いて小広間に入ってきた。
(なんということだ……! 何故、この国の高位貴族がこれほど集まっているのだ……?
切れ者と知られるこの方々がいたのでは、言い逃れが難しくなる……!)
ギブソン子爵はギリ、と唇を噛んだ。
「さて、やり手の官吏と噂のギブソン子爵。ご説明いただこうか?」
フォートナム公爵が、薄ら寒い笑顔で言った。
お読みいただき、ありがとうございます!
いよいよギブソン子爵が出てきました!
そして、学園長は秘密を知られて脅されていたようです。




