86 学園の不手際
「とにかく、この件は学園として許されない不手際なのですから、厳重に抗議させていただきます。
今回の学園側の担当者も厳しく罰せさせていただきますわ」
今回の、学園の担当者……。
「ねぇ、ナタリー。今回の事件の相手の子爵令嬢だけれど……。恐らくこの方、昔シュバリエ公爵令嬢とマティアス様の婚約が寸前で王家にバレる原因となった方なのよ。マティアス様の弟ダニエル様が幼馴染のこの方にお話してしまったそうで、そこから父親の子爵へ、そして子爵が王宮の文官をされているそうで、その伝手で話が流れたのでは、とワーグナー侯爵家では考えられていて……」
言いながらナタリーをみると、今度は阿修羅ですね……。
「…そのような、愚かな行為をしたと思われる者が、堂々と学園に通っているとは……! そしてまたこのような愚かな行いをしたとあっては、退学になってもしかたないのやもしれませんね」
学園には以前の件は関係ない事件だけれど、貴族の令嬢としては勘違いとはいえ確認も話し合いもせず、いきなりの暴力事件を起こすというのは、貴族としての資質を疑われて普通はそれなりな罰を受ける対象となるわよね……。
「ええ。それでね、その子爵家は侯爵夫人の座を狙っている節があって、ワーグナー侯爵家に間者を忍ばせているようなの。侯爵家も分かっていて敢えてそれを泳がせている。…ねぇ、ナタリー。子爵家が侯爵家に間者を入れるのって、なかなか無いことよね? 私は初めその話を聞いた時は令嬢本人もそうだけれど、それほど娘を侯爵夫人にしたいのね、位に思っていたのだけれど……」
ナタリーは少し顔を戻し、答えてくれた。
「間者というのは穏やかではありませんね。親としては上流の貴族に娘を嫁がせたい、と思うものかもしれませんが……。その家の動向を探る為に間者をというのは、いささかやり過ぎのようにも感じます。しかも、侯爵家と子爵家ではなかなかご縁があるようには思えませんし……」
うん。そうなのよね。ワーグナー侯爵家は重要な立場でいらっしゃるから、普段から色んな方が入り込んでいてそれ程不思議に思っていなかったのかもしれないけれど、普通は娘をその家に嫁にやりたいだけの、しかも立場が違い過ぎる子爵家が間者を入れるのは、なんだか不自然だと思っていたのだ。
「そうよね? そして今回の件。まだ学園側の見解をきちんと確認してみないと分からないけれど……。
多分このままなら、子爵令嬢は学園から大した罰は受けないわ。下手をしたら有耶無耶になるかもしれない。
学園が子爵令嬢に有利な見解を出しているのは、子爵家がそこまで手を回せる『ツテ』というか、なにかしらの権力か繋がりを持っている……、と思うのは考えすぎかしら? 間者を入れているのもワーグナー侯爵家だけではないのかもしれないわ。
そして子爵家は『王妃候補』の話は勿論、『後見』の話も知らない」
「!」
ナタリーが真剣な顔になる。
「可能性としては、あり得ない話ではありませんわね……。その辺りを考慮して、学園側を突いてみることに致しましょう」
良かった。いつもの落ち着いたナタリーだわ。
「ええ。お願い。もしそうであったなら、子爵側と繋がっている学園関係者を見つけなければならないしね」
そして多分、子爵令嬢が今回暴走したのもワーグナー侯爵家の間者からの情報だと思う。
前回マーガレット様のお見舞いに行った時、私達は帰り際に使用人達の前で仲良くし、しかもマーガレット様は母、マティアス様は兄とこれからは思って欲しいと言われたわ。
それを間者が弟のダニエル様との婚約が決まったのだと勘違いしたのかもしれない。
この2日間、屋敷でただのんびりしていただけではない。私だって色々考えたのだ! 後見をしてくださるお家にお礼状を出したりもしていたけれどね!
「そうでございますね。…先程の殴られていた教師、という事はないのでしょうか?」
「…違うと思うわ。彼はあの事件の事を相手に、『女生徒同士の喧嘩があったようだ。婚約者を盗られた女生徒が相手の悪どい女狐を殴ったようだ。気持ちは分かるが殴ってしまった方が悪いと言うことになる…』という言い方をしていたの。
あくまで彼は誰かから『暴力事件を起こした生徒は気の毒な事情があった令嬢。本当に悪いのは婚約者を盗った方だ』というような話を聞いて、彼なりの解釈で話しているように感じたわ」
「誰か……。他の教師にそう信じこませる事が出来る方。あの事件を任された教師、…少し立場が上の方、という事ですわね」
「そうだと思うわ」
「そうしましたら、早速王宮に知らせねばなりません。ここにいつまでもいるのも危険ですので、早くお屋敷に戻りましょう」
そしてナタリーはテラスの奥にいた生徒をチラと見た。
するとその生徒はこちらに来て、挨拶をしてくれた。
「リディアと申します。ウォード伯爵の姪に当たります。どうぞお見知りおきを」
あら、この方は…。
「貴女3日前私の手当をしてくださった方よね? あの時はありがとうございます。あの時の素早い的確な判断に、私は惚れ惚れとして見ておりましたの。是非あのような技術を教えていただきたいですわ」
「まあ」
リディア嬢は少し驚き照れたようだったけれど、横のナタリーは少し慌てて言った。
「リリアンヌ様! そのような事は私がお教えいたします!」
そして、ちょっと出過ぎたかというような少しバツの悪い顔をしてから、
「…コホン、そして本日はリディア嬢と一緒に帰っていただいてよろしいですか? 私は早急に陛下にご報告に参ります」
「分かったわ。…リディアさん、ご一緒していただいてよろしいかしら?」
「勿論でございます。リリアンヌ様」
そして、私達は同じ馬車に乗り込んだのだった。
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