76 味方
ふわり、いい香りがした。
あれ? この香り……。
そうだ、以前ノーマン公爵に屋敷まで馬に乗せて送っていただいた時……。この、いい香りがしてたのよね……。
いやだ、私ったら香りで公爵を思い出すなんて……。でもそういえば前世で、目隠しして苺の香りを嗅ぎながら普通の甘みのあるものを食べると苺味に感じるって聞いた事があるわ。香りって結構記憶やイメージとリンクするんだわ……。
そうだ、公爵にはこの一月、ずっとお花をいただいていたんだ……。
あれから、王家は醜聞の火消しに大変だったろうし、何か大きな変革もあるようで、お父様も王宮に詰める日が多い。ノーマン公爵は、お元気でいらっしゃるのかしら……。
…あら? そういえば、国王陛下は退位されるのかしら? あのパーティーではそんな流れだったけれど……。そして、次の国王は――?
パチっと目が覚める。
天井が、自分の部屋じゃない。あら? 私どうしたのかしら……。私って、枕が変わっても寝られるのよね。
そして、向こうから声が聞こえる。
…ああ、そうだ。王宮のお医者様にここで休むように言われて、そのまま本気で寝てしまってたのね……。
横を向き、ベッドの周りのカーテンの隙間から部屋の様子を見ると……。
「ノーマン、公爵……」
部屋の中では、ノーマン公爵がお医者様とお話をされていたようだった。
「リリアンヌ嬢……!」
私の声で気付かれたノーマン公爵が、側に来て私の手当された顔を見る。
「! 可哀想に、痛かっただろう」
そう言って痛ましそうに私を見る。…多分今頬が腫れているのかもしれないわ。
私は身体を起こし立とうとしたのだけれど、公爵に制されたのでとりあえずベッドに腰掛ける。うん、スカートもちゃんとなってるわね。
「私は大丈夫ですわ。ノーマン公爵様。それよりも……お忙しいのではありませんか? 申し訳ございません、わざわざお越しいただいて……。あの、学園での事でしたのに、大袈裟にも王宮まで来たのでご心配をおかけしてしまったのですね」
うーん、殆ど不可抗力だったとはいえ、何故王宮にまで来てしまったのか……。
「いや、…リリアンヌ嬢が怪我をしたと聞いたので、此方で治療させるように私が申し付けたのだ。相手は捕らえられているとは聞いたが、心配だったからね」
え? まさかのノーマン公爵の指示でしたか? ていうか、相手は恐らく思い込みから突っ走ったただの令嬢のした事ですし、王宮に呼んでいただくような案件ではないかと思います。しかも学生同士?(一方的ですけれど)の揉め事ですし。
「あの……、学園内での事ですし、それ程大袈裟にされなくとも大丈夫かと……」
「何を言う。君はある意味重要人物で、警護されていなければならない」
え!? もしかして、私は王妃殿下の派閥の方から狙われているのですか? …そんな役回りでしたか? 私……?
というか、お父様もマティアス様もその様な事は言われてませんでしたけれど……。
「あの、ノーマン公爵様? 私は何かに巻き込まれてしまっているのでしょうか……? 以前の卒業パーティーの件は、まだ解決していないのですか?」
ノーマン公爵は、少し困ったお顔をされた。
「卒業パーティーからの、続きといえば、そうともいえる……。
それから今回の件、何か前兆などはなかったのかい? いきなり近寄って来て急に叩いて来たと聞いたのだが」
前半、何かハッキリしないですわね? そして、今回の件といえば……。
「相手の方は、マティアス様の弟ダニエル様の幼馴染の令嬢ですの。私がダニエル様と婚約しようとしてる、と思われ……」
「!! そうなのか⁉︎ 君は、ダニエルと次の婚約を考えているのかい⁉︎」
前のめりになって来られるノーマン公爵。イヤイヤ、違いますって!
「いいえ、違います! その令嬢の思い違いですわ。私は好きな方のいらっしゃる方と、なんて考えられませんし……。私は彼女と直接の関わりは無かったので、何故その様に思われたのかは分からないのですが……」
ホッと安堵の表情をされてから、ノーマン公爵は仰った。
「そうだったのか……。もしこれから何か不審に思う様な事や、少しでも不安に思う事、気になる事があれば何でも話して欲しい。…私は君の味方だからね」
私の、味方……。
そうだわ、マティアス様と初めてノーマン公爵邸にお訪ねした時、公爵からそう言われたのだったわ。
私はあの時、ノーマン公爵に私達の味方についていただく為、信用していただく為に、前世の話をしたり必死だったのよね。その時公爵は『君の味方でいよう』と、そう言ってくださったのだったわ。
「私の、味方……。私、てっきりあの卒業パーティーまでのお話かと思っていましたわ。…ふふ。いつまで、私の味方でいてくださいますの?」
途中から、私は少しくすぐったく感じて微笑みながら問うた。
けれども、ノーマン公爵は真面目なお顔で、彼の金の瞳で真っ直ぐに私の目を見て仰った。
「――生涯」
え?
「生涯、君の味方でいる」
え??? ちょっと、それは……!
そんな台詞は、誤解の元ですよ! 公爵はお優しすぎて、そういうところがおありになりますよね……! 今まで勘違いして泣かされた令嬢が山ほどいそうです!
――まあ、私は勘違いなんて、しませんけどね!
「ノーマン公爵様? その様な事を女性に仰っては、勘違いされてしまいますわよ?」
ふふ、精神年齢20代後半の私はちゃんと大人目線で注意して差し上げますわ。
「――勘違いではないよ。リリアンヌ嬢」
そう言って、ノーマン公爵はベッドに座る私の前に片膝をつき手を取られた。
――え? この、体勢って――
「リリアンヌ嬢。――私は生涯貴女の味方でいる。そして、貴女にも私の味方でいて、一生、側にいて欲しいのだ」
私はただ固まって、私の手を握り真っ直ぐに私を見るその金の瞳を見つめていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
もう、リリアンヌも誤解のしようがないですね…!




