62 侯爵家の婚約破棄
またしても、騒めく王宮の広間。
「…そういえば、子供の頃の高位貴族のお茶会。あの時いつもカタリーナ様はワーグナー侯爵家嫡男と一緒におられた。小さな恋人だと噂になっていたな……」
「確かに聞いた事はある。だが、子供の頃の話だろう? それと第2王子のいざこざは全く別の話だろう」
「あぁ、きっと王妃が第2王子に同情させる為に言ったデタラメだろう」
「カタリーナ様は第2王子との婚約が決まってから、他の男性と一緒のところなど見た事がないからな」
少しの疑いを持つ人達と、あの王妃の発言だけに全く信用しない人達。今のところ発言を信用しない人達の方が優勢ではあるけれど……。これでは、パーティ後に彼らの婚約が発表しにくくなってしまうわ。
そして、どこでどう悪くひっくり返ってしまうか分からない。噂というのはそういうものだわ。
「可哀想なルーカス……! 婚約者に裏切られていたのだ。それで自暴自棄となってしまったのだ……。全て、ワーグナー侯爵嫡男とカタリーナのせいだ……!」
「もう、やめんか! これ以上はやめてくれ……!」
まだ言い続ける王妃を王が必死に止めていた。
そして人の話は、あらぬ方向に流れていく。
「そういえば、3年前まではワーグナー侯爵嫡男とカタリーナ様はよく2人で会っていたようだ」
「自分の婚約者に思う人がいたら、そりゃ荒れるよな……」
「ちょっと、第2王子がお気の毒かも……」
「いや、第2王子はそれ以上の色んな事をしでかしていただろう⁉︎」
話が、おかしな方に流れてきてしまったわ……。これでは、王妃の思う壺、そしてお2人が一緒にいづらくなってしまう……!
「皆、少し落ち着いてくれ。この2人は何もやましい事などしていない。婚約者を裏切ったりなどしていない!」
ノーマン公爵が発言すると、皆の騒めきは少し落ち着いたけれど、これはきっと皆まだ心の中では疑惑が渦巻いている。…このままではいけないわ。
私は目を閉じて、深く長く息を吐いた。
…私は、2人を守る。
深く、思い合う2人。
そんな2人を、決してこれ以上苦しめたりさせない!
そして前を向き直し、ノーマン公爵を見た。
私は、ゆっくりとハッキリとした口調で語りかけた。
少しまだ騒めきが残る広間に、皆によく聞こえるように。
「ノーマン公爵閣下。私、カールトン伯爵が娘、リリアンヌと申します。
発言の許可をいただきたく存じます」
ノーマン公爵は驚いた顔で私を見ている。
周りも一斉に私を見た。サリアは固まった。
…私の斜め後ろでは、ナタリーがしまった! という様子だった。…ごめんなさいね。でも今は、私が出るべきなの。
「…発言を、許可する。途中で辛くなれば、部屋に休みに行くように」
? ノーマン公爵は、こんな時でも私を気遣ってくださるのね。私は大丈夫ですわ。…多分。
「許可をいただき、ありがとうございます」
私は彼に向かってお辞儀をする。
…さあ、始めるわよ!
「私、リリアンヌ カールトンはそちらにいらっしゃるマティアス ワーグナー様の婚約者でございます」
「ほら! 見ろ! ここにもあの浮気者達の、被害者がいるのだ! …可哀想に、リリアンヌ嬢。そなたもあの者達の裏切りに傷付けられてきたのだろう」
王妃がここぞとばかりに割り込んで悲劇のヒロイン的な芝居を始めたので、周りもまた騒ついた。
「いいえ。…違いますわ。私は裏切りなどされてはおりません。
私は半年程前にマティアス様と婚約致しました。彼は誠実でとてもお優しい方です。
…そして、私はシュバリエ公爵令嬢カタリーナ様とも仲良くしていただいております。…その私が申し上げます。彼らは少なくとも私と彼が婚約したこの半年、一度もお2人で会われていないことをここに証言いたします」
そして、周りの空気が一気に変わる。
「ほら! やはりそうだ! これもあの王妃の虚言だったのだ!」
「ワーグナー侯爵家の方々は、皆実直で誠実な人柄の方ばかりだ。そのような事、あるはずがなかったのだ」
「マティアス様は昔から誠実で、モテていたが学生時代から真面目な方だった」
良かった……。流れが良い方にきたわね。そして……、これを言っておかないと彼らのこれからに関わるわ。
「それから一つ申し上げますと、マティアス様とカタリーナ様が昔好き合っていた事は本当でございますわ。…2年半前、シュバリエ公爵家とワーグナー侯爵家がお2人の婚約の報告を王家に届けようとしたその直前に、王家から第2王子殿下とカタリーナ様のご婚約の正式な使者が来るまでは」
広間の人々が驚く。
「お2人は、婚約直前だったのか……? 正式な使者、という事は、王家は断る事を許さなかった、という事か……!」
「婚約寸前の2人の間に割り込むとは、なんと恥知らずな……!」
「それはまるで『元王女』の話のようではないか……!!」
「なんと……! シュバリエ公爵家は先先代に続いてまたしても、王家によって振り回されたという事か……!」
「王よ! これが本当なら、やはり王家は、貴方は何も昔を反省などしていない! 貴方は王として相応しくない!」
グワァっと、唸るような皆の叫びが響いた。
権力で婚約破棄させて欲しいものを手に入れる、そんな元王女の行為は未だにこの国の人々には、ある意味トラウマのように反応する出来事なのだ。
「それは……! それも全て王妃がどうしても、と……!」
王は言い訳するが、理由も理由なら周りもそんな話を聞く気もなかった。
もう、誰も王の話を聞かないだろう。…彼は、完全に権力を失ったのだ。
私は、周りの声が少し収まった時にまた話し出す。
「そして、…申し上げます。マティアス様とカタリーナ様は、それぞれ貴族の跡取りとして決められた婚約に誠実に向き合っておられました。…私に対しても、とてもお優しく誠実でいてくださいました。
でも、お2人のお気持ちは変わらず、心の奥深くでは繋がっておられたのだと思います。…それは、裏切りでしょうか?
人を想う気持ちは誰にも止められない。ただ、それを表に出すかどうか。彼らはそれを表に出す事なく、私にも誠実でした。それ以上は、彼らにはどうしようもない事です」
私はいったん言葉を切り、深呼吸をする。
ノーマン公爵が心配そうにご覧になっている。私は、大丈夫ですわ。
「そして、私はマティアス様に申し上げます。
どうか、私との婚約を解消してくださいませ。…私は、愛し合う2人に割り込む趣味はございません。お2人には、お幸せになっていただきたいのです」
言った! …とうとう、自分から、言ってしまったわ……。
マティアス様とカタリーナ様、お2人が固まって私を見ていた。
…私は2人の元へ歩いて行った。まずカタリーナ様の手を取った。カタリーナ様はその紫の大きな目を更に見開かれて私をじっと、それは穴が開く程じっと見ておられた。そしてマティアス様の前まで連れて行く。マティアス様も、そのエメラルドグリーンの美しい瞳で私を凝視していた。
そして、お2人の手を合わせる。
「…これで、お2人はずっと、ずっと一緒ですわ」
私は、お2人に微笑んだ。
お読みいただき、ありがとうございます!
リリアンヌ、動きました…!
そして、ノーマン公爵はリリアンヌを心配し過ぎています…。




