59 叫び
王宮の大広間は、ソドムス侯爵の叫び、その言葉に哀しみに、しん、と静まりかえった。
そこに、イザベラ王妃のもう1人の息子であるエドワルド王太子が母に近付き言った。
「…母上。貴女は子を持つ母でありながら、何故ソドムス侯爵の娘を手にかけたのですか? …何故これ程迄にルーカスを、愚かに育ててしまったのですか……?」
エドワルド王太子の、何かを諦めたかのような、辛そうな問いかけだった。
「…エドワルド、お前はっ……! お前は何もかも持っているからそのような事が言えるのだ! ルーカスは二男であるというだけで、地位も何も持っていないのだぞ……!
そして、この私もだ!! 王太后に私は何もかも奪われた! 子も権力も、誇りでさえもな……! 私は、虐げられてきたのだ……。この苦しみは、何もかも持っているお前には分かるまい……!!」
王妃の叫びが響いた。
…でも、そうかしら? 私は違和感を覚えていた。
王妃は何も持っていなかった?
…いいえ。大切なものを、たくさん持っていたはず。
自分が持つ大切なものを顧みず、目先の権力や他人の持つものを羨んで恨みごとばかりになってしまった、その結果ではないかしら?
…そして、持っていた大切なものも、その手からこぼれ落ちてしまった……。いえ、大切なものと気付かず自分から捨ててしまわれたのね。
「母上……。貴女は何を欲していたのですか? 子を奪われたと言いますが、幼い頃会いに行った私を貴女は拒否したのですよ? そして、ルーカスを周りの大人達から引き離し、ご自分の都合の良い事だけを教え、歪ませてしまった。
国の権力が欲しかったのですか? それでは貴女はこの国の為に、一体何をしたというのでしょう?」
悲しそうにしながらも、エドワルド王太子は問い続けた。
「…私はっ! 私は王の妃となり、至高の存在となったのだ!! 皆は私を褒め称え、敬わねばならぬはずなのに!!
…それなのに……っ! 何故誰も私に跪かないっ! 私を崇めないっ! 何故、思い通りにならぬのだ!! 何故、またマーガレットばかり崇めるのだっ!! 王妃となっても、結局皆マーガレットの味方だった……! 王太后様さえもあの女の味方をして……! あの女は王との縁談を断った悪女なのだぞ⁉︎ それなのに……っ!!」
……!!
私はマーガレット様との話を思い出していた。元公爵令嬢で王家に王妃にと望まれたけれど、『元王女』の件を理由に縁談をお断りになられたというマーガレット様。その後お互いそれぞれご結婚なさって、マーガレット様側には憂いはなかったけれど、王妃様には思うところがあってのマーガレット様への嫌がらせだった、という事なのね。
でも思い通りにならないのは、マーガレット様や王太后様のせいではないとは思うけれど。そこは私は全てを分かっている訳ではないから、何とも言えないけれどね……。
でもマーガレット様は私へのこの事の説明を、大分マイルドに教えてくださっていたのね、多分。この様子だと、王妃様はマーガレット様にかなり色々な嫌がらせを仕掛けていたように感じるわ。
それを王太后様が見かねて、と言ったところかしらね……。
まあ、有力貴族に率先して嫌がらせを行う王妃、っていうのも確かにあり得ないわ。
「形だけ王妃でも、行動が伴わなければ皆が付いて来ませんよ。今回のパーティーでの貴女の発言だけ聞いても、貴女が尊ばれ敬われる要素は全くありません。王家が至高の存在? 馬鹿も休み休み言ってください。今の王家の権威は失墜して、地の底ですよ。『元王女』の件だけではありません。貴女やルーカスのような考えを持つ者が王家にいる限り、王家はもはや必要とはされないでしょう」
エドワルド王太子は、冷たく言い放った。
私は王太子が挨拶以外のお言葉を話されているのを聞くのは初めてだけれど、かなりしっかりしたお考えの持ち主のようだわ。第2王子や王妃がかなり残念だったから、王太子のお人柄もかなり心配だったのよね。
そういえば、ノーマン公爵が王太子様と一緒にお育ちになった様な事を仰っていたわね。それでかしら。
「ルーカスは全く罪のないシュバリエ公爵令嬢に冤罪を仕掛けた。そして、その証拠は白いものも黒に変える王家の権力とした。…本当に、愚かなことよ。やったかやってないか関係ない? 関係ない訳がないであろう! …お前は、公爵令嬢と婚約破棄をして、その後どうするつもりであったのだ? まさかそこにいる子爵令嬢の家に婿入りでもするつもりであったのか?」
王太子は、今度は弟ルーカスに問いかけた。
「あ……兄上ぇ! この、無礼な衛兵を捕らえてください! 私を、この私をこの様に……! …ひっ!」
第2王子は初め情けない声をあげたが、王の横にいるノーマン公爵の視線を感じて慄いた。ノーマン公爵は第2王子に淡々と言った。
「ルーカス。兄の問いにきちんと答えなさい。…衛兵、しっかり捕らえておくように」
「「はっ!」」
第2王子は2人の衛兵に両サイドからガッチリと肩と腕を捕まえられている。更にキツくされたようだ。
「うぅっ……。わっ……、私はぁっ、第2王子だから王位は継げないっ……。だから、私には公爵が相応しいと母上が……。だけど、カタリーナは可愛げがない! 私を、王子を敬っていない……! だから……っ、だから私をちゃんと立てて敬う女を妻にしようと……。その為には、カタリーナを、廃嫡させて排除しなければならないんだ……。そして、晴れて私は公爵となり私を敬う妻を迎えるのだ……!」
ノーマン公爵とエドワルド王太子の空気がスッと冷えた気がした。…いや、完全にお怒りになられていると思う。
「…それは、お前が『公爵』となる為にカタリーナ嬢に冤罪を仕掛け、乗っ取るつもりであった……。そういう事か?」
エドワルド王太子が静かに問うた。
第2王子はやっと静かに聞いて来た兄が怒りを解いたのだと思ったのか、笑顔で堂々と答えた。
「そうです! この私こそが『公爵』に相応しいですから!カタリーナを追放し、私が公爵となるのです!」
今度は広間にいる全ての人が凍り付いた、と思う。国の大臣達は驚愕して第2王子を凝視した。…王は、頭を抱え首を振った。
「王よ。…お聞きになられましたか。この愚か者は未だに何が悪いのかも分からず、このように堂々と罪を白状しました。幼き日より彼を諌める者達に、貴方は『まだ幼いから大目に見ろ』と仰ってきましたね。…それが、この結果です。彼は、善悪の判断も出来ない。これが、この国の王子で貴方の息子なのですよ」
もう1人の息子の言葉に、王は項垂れたまま何も言えなかった。
そして、そこでノーマン公爵は第2王子に言った。
「ルーカス。お前がしようとしたのは、『公爵家の乗っ取り』。立派な犯罪なのだ。…お前は、自分が何もしていないのに罪を被せられ第2王子としての立場を違う者に代えると言われて納得するかい?
王家は貴族を護り恩恵を与える。貴族はその恩恵を受け忠誠を誓ってくれる。その1番の真理を守らずして王家を中心とした貴族の集まりである国は成り立たない。
王家は貴族達や国を守る為に存在する。お前の様に威張り散らし貴族達を傷付ける者は、王家の一員として認められない」
そう言うと、ノーマン公爵は王を見て頷いた。
王もそれを見て頷き、周りを見渡した。
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