34 レナルドの憂い
卒業パーティーまで、あと10日――。
ゲームとの違いに気づいても、日々は何も変わらない。
今日は保健係の仕事で保健室に来たのだけれど――。
「…こんにちは。久しぶりですね」
…またしても。ソドムス侯爵レナルド様と2人になってしまいました。
レナルド様はゲームの攻略対象者だけあって、後ろにくくった美しい銀髪に青い瞳のイケメンだ。
「お久しぶりでゴサイマス。その節は、ご忠告をありがとうございマシタ」
おっと、ちょっと嫌な言い方になっちゃったかしら?
「貴女の為になったのなら良かったです。…あれから、こちら側の人間は誰も貴女の事に気付いていないので、安心してくださいね」
うっ……。やっぱり前のは『忠告』だったのね。
「あの……。どうして私に忠告を? 私、特別何かおかしな事をしてましたでしょうか?」
レナルド様は首を傾げて少し考えてから答えられた。彼の美しい銀髪がサラリと揺れる。
「そうですね、特別おかしくはなかったですよ。周りの者は大概私達を見ているので。だけど、私はたまたま貴女がカタリーナ嬢と一緒にいるのを見かけたのです。その後にこちらをよく見ているのに気付いたのですよ。…何かあると思うでしょう?」
あぁ、やっぱりカタリーナ様と一緒の所を見られたからだったのね……。って、え?
「どうしてそう思われたのに、ご忠告で留めてくださっているのですか?」
そう。それって完全に第2王子サイドからしたら危険人物よね⁉︎ 何かあると思われたのにどうして放っておいてくださってるの?
レナルド様は少し仄暗い微笑みを見せながら言った。
「ふふっ……。そんなに怯えなくていいですよ。…まあ、面白いから、ですかね? …貴女達が、何かをやらかしてくれるのを期待しているのかもしれませんね」
やらかす? 私達が何かするのを?
「それは、私達が何かをすると、第2王子様達が思っている、と。そういう事ですか?」
もしかして、私達の動きが読まれている――?
私は恐々(こわごわ)聞いた。
「いいえ。それは大丈夫ですよ。彼らは自分達が完璧だと思っていますからね。何も気付いていない。
…あれ程、周囲から冷たい目で見られていても、低い身分の愚か者達がする事と、まるで気にもしていないのですから」
「それは……」
その辺りの話は、 マティアス様が報告されていた通りのご様子だわ。…でも、この方は、違うのね?
「貴方は、どう思っていらっしゃるのですか?」
私は探るようにレナルド様を見る。
彼は面白そうに微笑んだ。
「何も。…私はただ、言われた通り第2王子の側近として仕事を全うするだけです」
『言われた通り?』
「どなたかに、第2王子の側近としての仕事を全うしろと、そう言われたのですね?
…ソドムス侯爵様ですか? 侯爵様は、ラウラ様がお亡くなりになられた後も、それでも第2王子様に忠義を尽くされようとされているのですか?
貴方が周りからどんな風に言われても構わない程に……」
私はだんだん悲しくなってきた。
1人娘のラウラ様が亡くなっても、養子となられたレナルド様が周りでなんと言われても、それでも第2王子を奉り侯爵家を盛り立てる、そうソドムス侯爵は思っているのだろうか?
「…貴女は、直球で聞いて来るのですね」
レナルド様はその青い瞳でじっと私を見た。
「…申し訳ございません」
そうね、人の考えはそれぞれ。私が口を挟める事ではないのよね……。
「…いえ、良いのですよ。周りで同情や嘲りを受けている事は知っています。このように直接聞いてくださった方がよっぽど良いのですよ」
レナルド様はそう言って、少し柔らかい微笑みを浮かべた。
「貴女にその辺りの事を話されたのはカタリーナ様ですか?」
うっ……。それは言えないわよ。
「…さあ? どうでしょうか……」
とぼけてみる。さあこれで誰に言われたか分からないわよ?
「リリアンヌ嬢。…一度、カタリーナ嬢にでも聞いてみるといいですよ。『ソドムス侯爵家』と聞いて思い出すのはラウラの事だけですか、と」
え?
「それはどういう……」
「先生ーッ! コイツ、外で遊んでたらコケて怪我しちゃって……。て、あれ? リリアンヌ?」
その時、保健室の扉が開いて、入ってきたのはマティアス様の弟ダニエル様とそのご友人だった。
「ダニエル様。こんにちは。今先生は会議でいらっしゃらないのです。擦り傷だけでしたら私で良ければ手当いたしますわ」
あら、ご友人が手の辺りを擦りむかれたのかしら?
「あぁー、いや、ちょっと……。ひねってるみたいで先生にちゃんと診てもらいたいんだけど」
ご友人はそう言ってチラッとレナルド様を見た。
「…いいですよ。私が先生を呼んで来ますから、貴女は彼の手当てをして差し上げてください」
そう言ってレナルド様はスッと保健室を出て行かれた。
その後、ダニエル様は扉をそっと閉めた。
「…っだーっ! 良かった! 何もされてないか? リリアンヌ!」
ダニエル様はくるっと振り向き私を上から下まで見た。
「? え? もしかして……、心配して来てくださったんですか?」
そう言うと、ダニエル様は何を言ってるんだ! って顔をして、
「ったりまえだろう⁉︎ さっき保健室に来たら先生が居なくて、帰ろうと思ったら2人が入って行くのが見えたから!
なかなか出てこないし、コレは何かヤツにされてるんじゃないかと心配して……!」
ダニエル様……。本当に、良い方なのよね……。
「ありがとうございます。何もされてませんよ? 保健係の仕事の話をしていたのです」
「そうなのか? 良かった……。…フィリップ様に言われてるのに何かあったら酷い目にあうからな……」
途中からボソボソと言われたのでよく聞こえなかった。
「? 誰に酷い目にあうのですか?」
「っあぁ、俺の軍の上司だよ。第2王子達はここんとこピリピリしてるから、学園で兄上の婚約者をしっかり守るようにって。兄上も随分気に入られてるんだよなぁ……。
まあ、学園では俺が守るから大船に乗ったつもりでいろよ」
軍の上司……。ノーマン公爵様かしら?
本当に心配症ね。…悪い気は、しないけれど。
「ありがとうございます。ご兄弟はすごく仲がよろしいのですわね」
「仲は良いけど、喧嘩もするよ。
この間も……久々に酷い喧嘩になってさ。珍しく兄上がキレてきて驚いた」
それって……。私がマーガレット様と侯爵家でお話していた『あの日』の喧嘩よね?
「マティアス様が『キレる』など……?」
すると私が兄マティアスを嫌ったりしたらいけないと焦ったのか、ダニエルは慌てて言った。
「兄上は普段は『キレる』なんてないから、安心して? ただあの日は虫の居所が悪かったのか、随分昔の事で責めてきてさ……。2年半前の事だよ⁉︎ こっちが驚いたよ……」
2年半前!!
間違いない、やっぱりマティアス様は『カタリーナ様との婚約の件』はダニエル様から話が漏れたと思ってらっしゃるのね。
私はドキドキしながら聞いた。
「そんなに前の事を持ち出すなんて、穏やかではありませんわね。ダニエル様もさぞ戸惑われたでしょう……」
「そう! そうなんだよ! しかも俺の幼馴染のエルマの事まで悪く言い出すしさぁ……。それで俺もキレちゃったんだよね。珍しく大喧嘩になって、後で両親にキツく叱られた」
間違いないわ……。あの日の喧嘩はダニエル様が『あの話』を誰かに話したかの確認。そして、『あの話』を話した相手は、ダニエル様の幼馴染の子爵令嬢だったのね!
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