22 侯爵夫人とお茶会
「いらっしゃい、リリアンヌ。来てくれて嬉しいわ。残念だけれどマティアスは今急用で外出しているの。
次からはマティアスだけではなくて、是非私の所にも来て頂戴ね」
こう私を歓迎してくださるのはマティアス様の母、マーガレット ワーグナー侯爵夫人。
艶のある見事な金髪を上品に一つにまとめた、マティアス様と同じ美しい緑の瞳の貴婦人。
マティアス様は色合いはお母様、お顔立ちはお父様にそっくりなのね。
本当はマティアス様にお話を伺ってから、マーガレット様とお話ししたかったのだけれど…。
「突然お伺いして申し訳ございません。マーガレット様。…今日はクッキーを持ってきましたの」
最初にお話した時から、マーガレット様は名前で呼んで欲しい、と言ってくださったので私はそう呼ばせていただいている。
そして私は侯爵夫人に会えなくてもお渡しだけはしよう、と思って焼いてきた私特製の『クッキー』を渡す。
「まあ、嬉しいわ。ありがとう、リリアンヌ。
…あら、これは手作りなのね? もしかしてリリアンヌが?」
「…はい。マーガレット様がジンジャークッキーがお好きだと聞きましたので。お口に合えば良いのですが…」
侯爵夫人は目を輝かせて私を見た。
「まあ! 私の為に焼いてくださったの⁉︎ まあなんて事なの! やっぱり娘は良いわね。あぁ、今度貴女と一緒にお菓子作りも楽しそうだわ! 本当に、貴女が娘になってくれるなんて夢のようだわ!」
とんでもなく喜んでいただいた。
…そう、私は侯爵夫人にとても気に入られている。
以前聞いてみたら、どこかの夜会で見かけて気に入ってくださったそうなのだ。
最近思うのだけれど、多分私がマティアス様の婚約者に選ばれたのは、マーガレット様のお口添えだと思う。
きっと、マティアス様は本当はご結婚はされないつもりだったんじゃないかしら。
そしてワーグナー侯爵家の中で1番の権力者は……おそらくマーガレット様だ。
勿論マーガレット様は旦那様であるワーグナー侯爵をきちんとたててらっしゃる。
けれど元公爵令嬢である事やマーガレット様の気質や社交界での実力、そして何よりワーグナー侯爵がマーガレット様をとても愛されているからだ。
そのマーガレット様にワーグナー侯爵家嫡男として結婚を、と言われて断れなかったのだろうなと推察する。
「結婚式は、貴女の学園卒業後なるべく早くしましょうね。あぁ、本当に待ちきれないわ! まだ一年以上あるのよ? いっそのこと、もう今からここで暮らしてしまわない?」
どこまでも盛り上がっていくマーガレット様。
うん、私もマーガレット様は大好きなので、本来ならばとても嬉しい。
ただ……。残念ながら、私は貴女の娘にはなれないのです……。
切ない気分になってしまいそうだったけど、そうだ、今日は確認しなければならない事があったのだと思い出す。
「マーガレット様、私ワーグナー侯爵家の『衛生システム』にとても興味がありますの。今日は是非そのお話を伺いたくて」
そう言うと、またマーガレット様は目を輝かせた。
「まあ! やっぱりリリアンヌね! なかなか若い娘でこのシステムを理解しようとする者は居ないのよ。貴女は本当に向上心もあって素晴らしいわ!」
…激ホメです。何を言っても怒られる気がしません。
本当に、何故ここまで気に入られる事になったのか、是非今度詳しく教えていただきたいです……。
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「――という事なのよ、我が侯爵家のシステムは。…今の所はね。
本当は、もっと本格的な治水システムを作りたいし、したい事はたくさんあるのだけれど、なかなか技術が追いつかないのよね……」
マーガレット様は不満げに溜息を吐く。
「…そうですわね、仰る事を現実にしようと思ったら人の手だけでは難しいですわね……」
マーガレット様は我が意を得たりと口を開く。
「そう! そうなのよ! 人海戦術だけでは無理があるのよね! 本当にリリアンヌは分かってるわ。1度説明しただけでこんなに理解されたのは初めてよ。
貴女とならこのシステムをいつか完成させる事が出来る気がするわ!」
――それはきっとマーガレット様と私が元同じ世界に居たからです。そして、もしかして貴女は私の――。
そう。私はマーガレット様は『日本の前世』をお持ちの方だと思っている。何故なら『前世』世界での近代の上下水道、ゴミ処理、ダムの発想などされており、これは『前世』の世界の知識が無いと難しいのではないかと思う。
でも、きっとマーガレット様は『前世』としては思い出されていない。…そしてそれは周りから言うべきではないのだわ。
「―そう出来たら、とても素敵です。でも私は話を聞くばかりでお力にまでなれるとは思いませんわ……」
少し落ち込んだ様に言ってしまった。
前世でのお話が出来たらいいな、と期待していたので、少し残念な気持ちになってしまったのだ。
「まあ、リリアンヌはそんな事気にしなくていいのよ? 私は貴女が話を聞いてくれるだけで嬉しいわ」
マーガレット様は気遣うように仰った。
いけない、落ち込んでいたら気を使わせてしまうわ。
「マーガレット様御考案のこのシステムは今は国を挙げて遂行中とお聞きしております。
ワーグナー侯爵家の誉れですわね。王家もワーグナー侯爵家には頭が上がらないのではないでしょうか」
と、言ってみたけれど、王家は頭が上がらないどころか後足で砂をかける様な行いをした訳だけれど……。
案の定、マーガレット様の表情が変わった。
お読みいただきありがとうございます。
マーガレットは、前世でリリアンヌと関わりのある人物ですが、思い出してはいません。
そして話している『上下水道』等は、ローマ時代から仕組みはあったそうなのですが、マーガレットが考えているのは近代イギリスで始まったという新しい上下水道、とお考えいただければ有り難いです。




