15 希少な宝石
「疫病の流行した頃、私は治療法や流行の地域差等を調べていた。カールトン伯爵領はワーグナー侯爵領の様なシステムはなかったが、手洗いマスク部屋の換気や清潔等、普段出来る事から対策を行なっていた。
意外にも身近な事だけでもある程度の感染を抑える効果がある事が分かった。そしてそれを先頭に立って指導したのがまだ若干13歳だったリリアンヌ嬢との事だった」
ノーマン公爵の言葉にマティアスは驚きを隠せなかった。
「聞けば幼い頃より手洗い等を徹底し、周りにも勧めていたそうだ。そして疫病が流行しだすと、うがいやマスクや消毒や換気の徹底を進言した。医師や修道院のシスターにでも師事していたか異国の医療の本でも読んだのか……。本人も後でその様な事を話していたらしいけどね」
ノーマン公爵は少し肩をすくめながらそう言った。
確かにそんな事はあり得ない。その対策が一般的に医師や修道院で勧められている方法であれば、もう既に皆がその対策をとっていただろう。
「そして彼女は自分で行ける範囲でそれを指導しに行った。私はこれが1番素晴らしいと思ったよ。
確かに、彼女は人には持ち得ない知識を持っていたのかもしれない。けれども、その知識をどう使うかは本人次第だ。
彼女は、あの病が流行していた時期に自ら乗り込んで指導に行ったんだよ。伯爵令嬢が病が流行る中、現場に来たんだ。領民達も感動して周辺に手洗いマスク等が浸透していったそうだよ。
勿論、後で伯爵夫妻に怒られたそうだけどね。
あの時期は感染を恐れて貴族も殆ど屋敷に篭っていた。無茶は褒められたものではないけれど、その心意気がね、私はとても印象に残っていたし、一度会いたいと思っていた」
あの当時マティアスは17歳。まだ学生だったが学園はいっとき閉鎖され、侯爵家で母の勧める感染対策の対応に追われてはいた。
他領では広がるばかりと聞いていたが、あの年齢でリリアンヌがそんな事をやっていたとは。そしてそんな知識は王立学園の教師でも無かっただろう。
「…だから、リリアンヌ嬢に『前世』の話をされた時、私はストンと腑に落ちたね。あの知識はただの思い付きではあり得ない。前はもっと医療の発達した国に居たのかもしれないね」
…確かに、とマティアスも思う。そして何か頭をよぎる。…そう、では母は? 母も常人が持ち得ない知識を持っていると思う。今まで母から『前世』の話等は聞いた事がなかったが。
「夜会で初めて君にリリアンヌ嬢を紹介された時は美しい少女だとは思ったが、それをやり遂げた人物とまでの印象はなかった。
だが前回再び会い、やはりこの少女だと確信したよ。外見も愛らしいが心は希少な宝石の様だ」
マティアスはノーマン公爵を見た。彼は澄んだ瞳で笑顔でマティアスを見ている。
希少な宝石……。そう思える程の存在が、君の味方でいると宣言する程の存在が、ただ興味があるだけなんて事があり得るだろうか……?
彼はきっと『知識を持つリリアンヌ』ではなく、『知識を活かし自分の信念に従い動くリリアンヌ』に価値を見出しているのだ。…その彼女に今まで誰も動かせなかったノーマン公爵の心は動かされている。
けれども、ノーマン公爵はまだ自分の心に気付いていないのだろう。
存外、軍や国の事中心で生きてきたノーマン公爵は恋愛関係には疎いのではないだろうか……?
そう思いはしたが、マティアスはそれをノーマン公爵に伝える事はまだしないでおこうとも思った。
彼もいい大人であるし、まだカタリーナも自分も婚約を破棄出来ていない。この状態でノーマン公爵がリリアンヌへの気持ちに気付き、愛を告げては話がややこしくなる可能性が高い。
何よりこういう事は自分で気付かない事には上手くいかないだろう。
「…そうですね。そんな彼女が自由に生きる事が出来るように、私も尽力いたします」
マティアスは当たり障りのない言い方で切り抜けた。
さて、これからはノーマン公爵が自分に嫉妬しない態度で臨まなければならない。
いや、それとも反対にわざと嫉妬させて自分の気持ちに気付くように仕向けた方がいいのか?
「ああ、それと今度2人でこちらに訪ねてくれるのだったね。リリアンヌ嬢はどんな食べ物が好きなのかな? せっかく来てくれるのだから好みの物を揃えておきたい。嫌いな物もあるのかな?」
ノーマン公爵はやや身体を乗り出して聞いてくる。
「…嫌いな物は分かりませんが、我が家で出すお菓子はだいたい美味しそうに食べている様に思います。クッキーやマフィン等ですね」
「ほう。他には?」
これは、もう完全に惚れているだろう!
そう思いながらもそこには触れず、リリアンヌが好きそうだった物を思いつくまま伝えるのだった。
また一つ、悩みを抱えてしまったマティアスであったが、リリアンヌの気持ち次第ではあるものの、もしかしたら良い展開になるのかもしれないと、希望も持ったのであった。
お読みいただきありがとうございます!
リリアンヌは13歳の時は、前世を思い出していません。漠然と、思いつくかのように前世の知識や習慣が出てきていたようです。




