123 リリアンヌ会
ポポポ――ンッ!!
空砲の花火が鳴り響く。
今日はオブシディアン王国の新国王の戴冠式。
諸外国からも王族やそれに連なる方々がお祝いにいらっしゃる盛大な儀式だ。
「やはり、偉大な国王の戴冠式はこんなに良いお天気になるのねぇ……」
私がベランダの向こうの空を眺めて言うと、
「何を他人ごとのように言っているの? その偉大な国王陛下の婚約者が」
そう、呆れたように言うのはワーグナー侯爵夫人のマーガレット様。
私が王宮で今日の戴冠式の準備をしながら部屋に居ると、マーガレット様が訪ねて来てくださったのだ。今は人払いをして2人でいる。
「今日は、コレを預かって来たの。…エルマ嬢からよ。一応中身の確認はしてあるわ」
そう言って渡してくれたのは、1通の手紙だった。相手は、ギブソン元子爵のご息女エルマ嬢。約3ヶ月前に隣国ジェダイト王国が絡んだ私の誘拐事件に関わってしまった令嬢からだった。
彼女は執事に父親である子爵を助ける為と唆されたとはいえ、私の誘拐事件に最初は積極的に関わった。だけど途中から説得によって考え直し、私を学園に返すよう執事に言ってくれた。一応それによって彼女は減刑され、まだ学生の年齢でもあった事から、貴族の家預かりとなったのだ。
そして今回、幼い頃から自分の息子と関わりがあり、彼女が一度事を起こした時きちんと罰しなかった事、そして息子ダニエルが別れを告げずいきなり姿を消した事でエルマ嬢がここまで暴走してしまったと、責任を感じたワーグナー侯爵家が彼女を領地の離れに預かる事としたらしい。
そして学園も途中で辞めたエルマ嬢は、本人の希望もありその地で侍女見習いをしているそうだ。
私はその手紙を手に取り、エルマ嬢を思いながらそっと彼女の書いた字を指でなぞってから、その手紙を開いた。
『リリアンヌ カールトン伯爵令嬢様
お元気でいらっしゃいますでしょうか。あの折は本当に申し訳ございませんでした。貴女様のお噂はこの地にも届き、その優しさや強さを思い出し、あの時の自分の愚かさを改めて思い悔やんでおります。
貴女様のご配慮のお陰で罪の減刑をしていただき、この地で穏やかに暮らせている事は本当に有り難い事と心から感謝いたしております。
やっとこの地での侍女見習いとしても慣れてきました。
そして子爵位を失い、王宮でただの官吏として働く事を許された父や側で支える母とは手紙でやり取りをしています。不思議な事に、今の方があの時よりも3人の心は繋がっていると感じています。
今、こんなに心安らかに過ごせるのは貴女様のお陰です。遠い地から貴女様のご活躍を心よりお祈り申しております。
――愛を込めて エルマ ギブソン』
「あちらの管理人からも彼女が不慣れな中頑張っていると報告を受けているわ。…私はあの子の嫌な所ばかりを見て、まだ子供だったあの子を導いてあげる事が出来なかったわ。そしてダニエルの件ではあの子を傷付けてしまった。そこはとても反省しているの」
マーガレット様が伏せ目がちに辛そうに仰った。
「…だから、彼女の身元引き受け人になってくれたのね。…ダニエル様はなんと?」
「あの子も言葉が足りなかったと大いに反省していたわ。だから、時々彼女に会いに行ったりしているようよ。…もしかしたら、また彼女への想いが再燃するかもしれないけれど、もう反対するつもりはないわ。ダニエルはただの軍人として生きていく、と言っているしね。自由にさせようとハロルドと決めたの」
「…そうなのね。では、跡取りはノエル様で?」
「そうなの。もう跡取りとしての教育を始めているわ。甘えた所もあるけれど、末っ子でちゃっかりもしているから案外上手くやっていけると思うのよね。貴女にも懐いていたし、良かったら気にかけてあげてくれると嬉しいわ」
「私で良ければ喜んで。うふふ。可愛いわよね、ノエル様」
「…ああ、やっぱり余り気にかけ過ぎないでいいわ。陛下に知られたら反対にやりづらくなるから」
「なあに? それ?」
「あら知らないの? 陛下が貴女を溺愛していて、貴女にちょっかいかけようとする者や貴女が気にかける者を敵視しているって話よ?」
「……そんなこと、ないわよ……?」
…ちょっとは、あるのかもしれないけれど……。
少し前、学園で同じ係の男子生徒と少しの間だけ2人きりになった。その日の王妃教育で王宮に行くとアルフレッド様は何故かそれをご存知で、気を付けるようにと言われた。そして次に学園に行くとその男子生徒が怯えて近寄らない……。そんな事が何度かあった。
私を守る為の警護で色んな報告がいくのは分かるんだけれど、一つ間違ったらストーカーですからね!
「そうかしらね?」
マーガレット様はそう言って笑ってから、次の瞬間真顔になって私の顔をじっと見られた。
「…莉乃、本当におめでとう。貴女が幸せになってくれそうで、私は本当に嬉しいわ。…これから貴女は王妃として公人として、なかなか2人きりで会える事は難しくなると思う。だから今、真奈としてお祝いを言いたかったの。これから真奈として何も言えなくても、ずっと私は親友の貴女を誇りに思って応援しているから」
前世での親友、『真奈』としてお祝いをしてくれたのだ。
「! 真奈……。私も、莉乃としても貴女が大好きで、貴女の幸せを心から願っているわ。これからどんな生活になるかまだ分からないけれど、親友の貴女を思う気持ちは変わらない。いつまでも、きっと次の世でも私達は親友になるわ」
「…ッ! 莉乃……!!」
私達が感動の抱擁をしようとした時、部屋がノックされた。
…そっか、そろそろよね。
私達はお互いを見て、クスリと笑い合った。
「どうぞ、お入りになって」
そう声をかけると、カチャリと扉が開きそこからフォートナム公爵夫人、シュバリエ公爵夫人、ソドムス侯爵夫人、そしてルイーゼ様が入って来られた。
「あーっ! 叔母さま! やはり抜け駆けされてましたのね、ズルいですわ!」
「ルイーゼ、はしたないですわよ。何ですか。ズルいとは」
マーガレット様は呆れたように言われた。
「ズルいものはズルいんです! まあリリアンヌ様! 本日もお美しいですわ! …本日は国王陛下の戴冠式、誠におめでとうございます。結婚式はリリアンヌ様が学園を卒業したらすぐ、でございますわよね。ああ、それも待ちきれないですわ!」
ルイーゼ様はマーガレット様に少し拗ねて仰った後私に向き直り、お祝いを言ってくださった。
「リリアンヌ様。本日は国王陛下の御即位、誠におめでとうございます。…なんですか、ルイーゼ! 入るなり何を言っているのですか。貴女はもっと落ち着きというものを持たないと……」
「リリアンヌ様、国王陛下ご即位、誠におめでとうございます。…まあまあ。ルイーゼ様はリリアンヌ様もマーガレット様も大好きでいらっしゃいますのよ。勿論私達もですけれどね」
娘であるルイーゼ様を嗜めるフォートナム公爵夫人にシュバリエ公爵夫人がとりなす。
「リリアンヌ様、国王陛下ご即位おめでとうございます。…仲良きことは美しきかな、ですわね。私も今こんなに良き盟友が出来、幸せでございますわ。これもリリアンヌ様がいらっしゃってこそでございますわ」
そうソドムス侯爵夫人は嬉しそうに仰った。
「本当にそうでございますわね。…そうですわ! 皆様、これからこの盟友での集まりを『リリアンヌ様を囲む会』、略して『リリアンヌ会』と致しませんこと?」
マーガレット様が良い事を思いついた! とばかりに手を打って提案する。
えっ!? それはちょっと……。
「マーガレット様、そんな……」
「それは良いお考えですわ!! 流石は叔母さま!! これからは是非『リリアンヌ会』で皆様で集まりましょう!!」
…私が言うより凄い勢いで、ルイーゼ様が仰った。
「良いですわね!! 主人も『アルフレッド王を支える会』を度々開催しては遅くまで飲んで帰って来るのですもの。私達もリリアンヌ様と共にいる会を作っても良いはずですわ!」
フォートナム公爵夫人が少し悪い顔をして仰った。うーん、ご夫婦で色々おありになるのかしら?
「良いと思いますわ! うちも『アルフレッド会』と称しては飲んで帰って来ますの……。何か重要な事でもおありになったのかと聞きましても濁されますし、絶対ただ飲んでるだけですわよね」
「私も『リリアンヌ会』に大賛成ですわ!! そうですわよね、あんなにベロベロに酔って帰って、重要な話などしている訳はないですわよね」
シュバリエ公爵夫人もソドムス侯爵夫人もそう言って賛成された。…皆様とてもご夫婦仲が良いようにお見受けしますのに、それでも色々おありになるのですわね……。
――かくして、迫力の夫人方5人に押し切られ、『リリアンヌ会』は発足したのだった……。
お読みいただき、ありがとうございます。
ギブソン子爵達はあの後、ジェダイト王国の捜査をするのに協力したとして減刑されています。
『アルフレッド会』の会員の夫人方は飲んで帰ってくる夫達に対抗?して『リリアンヌ会』を作りました。これは後々リリアンヌ以降のこの国の『王妃の会』もこう呼ばれるようになりました。




