121 難攻不落
「あの、陛下が……。女性にあのように、微笑まれるとは……」
大広間のどこかから声が上がる。
「『難攻不落の公爵』が、遂に落ちたのか……!」
「…まさか、あの令嬢が、陛下の想い人……?」
「先程名乗られたな、確かリリアンヌ カールトン……! カールトン伯爵の御令嬢……。中堅の伯爵家だな……」
「いやしかし、あの気品、そしてベルガー伯爵令嬢に対する対応……! 見事なものだ。そしてあのような事を起こした者に慈愛に溢れた行動だ……!」
「待て。確かカールトン伯爵令嬢は少し前に婚約破棄した所謂『傷物令嬢』ではないのか?」
不穏な話が出かけた中、陛下の声が響いた。
「皆の者、静まるのだ!」
騒つき出した大広間の者達に、陛下が一声かけるとすぐさまその場がしんとなる。
「皆に紹介しよう。リリアンヌ カールトン伯爵令嬢だ。……そして彼女こそ、私の愛しい人、私の唯一だ」
私リリアンヌはそこで、心を込めてカーテシーをする。
「……そして今声があがったように、彼女は少し前に婚約を解消した。彼女は自分の元婚約者と事情があり別れていた恋人とが婚約出来るよう身を引いたのだ。そのあと自分が世間から傷物令嬢とされる事を分かっていながら、だ」
しん……。先程の事もあり、大広間の中は陛下のお言葉をしっかり聞く為に静まっている。
私は陛下の横で、私に対する陛下の評価を聞く事になったことを少し居心地悪く感じながらも聞いていた。
「彼女は愛し合う2人の為に動き、そして身を引いた。全ては『人の為』。……皆もたった今の彼女の行動を見ても分かるだろうが、周りから責められ孤立していた令嬢に、誰も助けを出さなかった中で声をかけ守ろうとする、そんな女性だ。
……彼女の功績はまだある。4年前の流行病の時、まだ若干13歳だった彼女は自ら領地中を感染対策の為に駆け回っている。私はそんな彼女を心から尊敬し、……そして、愛している」
「カールトン伯爵家の『小さな英雄』か……! あの当時話題になっていた……。確かあのワーグナー侯爵家の領地の次に流行病の被害が少なかったのだったな」
「なんと……! あの『小さな英雄』がこんな年頃の令嬢になっていたとは!」
「そして今回の声掛けも素晴らしい……! あのように皆が遠巻きにする場面で声を掛け力を貸すというのは、なかなか出来る事ではないぞ」
「卒業パーティーでの話は聞いている! あの、シュバリエ公爵令嬢の恋の手助けをしたという、あの令嬢か! 確か、あの令嬢は……」
「……そうだ、確かあの悲劇の令嬢は、あの後高位の貴族の方々に……」
皆がそう噂をしかけたその時、それまでの流れから不釣り合いな金切り声が聞こえた。
「小さな頃、ちょっと良い事をしたからなんだというのです! それならば我が家のセイラも幼い頃から優しい良い子でしたわ! それに今回の事も、我が家をこのように悪者に仕立て上げ見世物にしておいて、優しげな顔をして助けるフリをして自分の値打ちを上げようとするなんて、なんていやらしい娘なのかしら……! 穢らわしい! お前など、王妃には相応しくないわ! そしてたかが中堅の伯爵令嬢程度の家柄では、王妃になどなれないわ!」
そう叫んだのはシーボルト侯爵の妹、現在のベルガー伯爵夫人だった。
その横ではセイラも、ベルガー伯爵もシーボルト侯爵も慌てた。せっかくカールトン伯爵令嬢が間に立ってくれたお陰で、このままなら恐らくはそう重い罪にはならないだろうという流れになっていたのに、何を言い出すのだ! と。彼らは大慌てでベルガー伯爵夫人を押さえ口を塞いだ。夫人は不服そうに暴れていた。
……しかし、一度口から出た言葉は戻らない。
「……彼女がしたのは自分の屋敷で良い事をした、というレベルの話ではない。大勢の人々の命を救ったのだ。そして同じ伯爵家の者が何を言っている?」
そう怒りを滲ませ静かに国王の側に近付いて来たのは、フォートナム公爵。
「そして自ら陛下に無礼を働くなどして周りから責められておるというのに、それを『自分達を悪者にして』だと!? ここまで言われていても、まるで反省の色がないようだな」
普段温厚なシュバリエ公爵とは思えぬ程の冷酷さで言い捨てながら国王の側に行く。
「優しげに見せて助けるフリを、だと? 陛下、この者達に温情は一切要らぬということらしいですぞ! 情けをかけても噛み付いて来るような者になど、容赦はいりませぬ!」
国王の側に来た、軍人であるワーグナー侯爵がまるで軍事の時の雄叫び程の迫力で言うと、大広間中にビリビリと響くようだった。
「自分の値打ちをあげる、などと……。普段自分がそのように考えておるから出てくる言葉では? その歳になっても自分は侯爵家の娘だといつも自慢すると有名ですし、それをかさにきて随分やりたい放題らしいですな。穢らわしいのはどちらでしょうな」
軽蔑した目で伯爵夫人を見ながら言うソドムス侯爵。侯爵も国王の近くに立つ。
「…な……ッ!! 何故……何故! 高位の貴族の方々までがそんな小娘の肩を持つのです!?」
家族に押さえ込まれながらも必死でベルガー伯爵夫人はそう言った。
そこで、エドワルド王太子は少し皮肉げに笑いながら言った。
「『何故』? むしろ、元侯爵令嬢ともあろう者が知らぬ事の方がおかしいと思うのだが。実際にあの卒業パーティーに参加していない者も、ある程度の噂や情報は知ることが出来たはずだが?」
(卒業パーティー? 皆やたらと王立学園の卒業パーティーの事を口にする。確かに第2王子が何かやらかして前王一家が王太子以外失脚するなど前代未聞の事件があった。けれど自分の娘セイラは1年生でパーティーには参加していなかったし、王が独身のアルフレッド様になるのならセイラを嫁がせる為に動かねばとそちらに夢中になっていた。パーティーの全容は知らないし知る必要もないと思っていた。
一体、卒業パーティーで何が……?)
ベルガー伯爵夫人は内心歯噛みした。
「……あの卒業パーティーで、彼女は元婚約者とその恋人に恋を譲り気丈に振る舞いながら去った。私は彼女をこれ以上傷つけたくなくて皆の前で『ノーマン公爵』としてリリアンヌ カールトン伯爵令嬢の保護、つまり『後見』を申し出た。すると、彼らもその思いに同調してくれ、彼女の『後見』となってくれたのだ」
返事のない夫人に、陛下はあのパーティーの時の事を語る。……まあ、これ以上おかしな事を言わないようにセイラ嬢始め伯爵や侯爵がまた夫人の口を押さえているから答えられないのだろうが。
「それが私フォートナム公爵、シュバリエ公爵、ワーグナー侯爵にソドムス侯爵、そして将来『ノーマン公爵』を継ぐ者として、エドワルド王太子も参加しておる。
いわばこの5家が、リリアンヌ カールトン伯爵令嬢の『後見』なのだ」
おおぉ……っ!!
フォートナム公爵がそう宣言すると、改めて本人の口から聞いたからか、知っているはずの会場の人々も驚き声をあげた。
「なんと……! 噂には聞いていたが、誠であったか……!」
「まさか、この国の高位貴族の5家も『後見』になっていただくとは……。前代未聞ですぞ!」
「今や、この国の最高の地位の女性は、リリアンヌ様ということか……!」
皆様が口々にそう仰る中、私はなんだか気恥ずかしくてチロリと陛下を見た。
陛下は実に満足そうな笑顔になってらしたのだった……。
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