119 不敬
周りに完全に言い負かされ、反論の余地も無くなった状態のベルガー伯爵親子は焦っていた。
頼みの綱のシーボルト侯爵を見ると、そちらはそちらで陛下に対する不敬と責めたてられこちらを見る余裕も無さそうだった。
ベルガー伯爵の娘セイラは、父から自分が王妃の最有力候補だと聞かされていたので、今のこの状況が納得出来なかった。
つい2週間程前にマルクス侯爵家に書状を出し、協力体制を申し出た。その返事は『今週我が娘は別に婚約者を決めたので王妃候補は関係ない』との事だった。それを見た父は喜び勇んで娘に『お前が王妃だ!』と言ったのだ。
マルクス侯爵家としては、今独身の王が即位された段階で『今週別の婚約を決めた』と返事をする事で、それとなくベルガー伯爵に今回は勝負にならないから我が家は王妃候補から降りる、と示唆したつもりであったのだが、ベルガー伯爵には全く通じていなかった。
それからは周りの友人達にそれとなく自分は有力な王妃候補である事を伝える。皆チヤホヤしてくれて非常に気分が良かった。
それなのに! パーティーが始まり陛下のお言葉が伝えられるとその内容に愕然とする。
『心惹かれる女性』!? 『婚約の承諾を得た』!?
どういうこと!? 我が家には何も知らせは来ていないわよ!!
そうして同じように陛下の発言に納得のいかない父ベルガー伯爵は陛下に物申したのだったが……。
コレはどう考えても詰んでいる。
伯父であるシーボルト侯爵は、もうとても何も言える状態ではない。周りの貴族や伯父以上の上位の貴族から『不敬』といわれ完全に立場を失っている。…もしかしてこの後伯父はそれなりな処分を受けるかもしれない。
そしてその横でお母様はただ顔色悪く俯いている。いつも堂々とされているお母様が、叱られた子供のように小さくなっているのだ。
私が王妃となり周りの者は全部下位の者、と思っていたのに……。我が家は王妃の実家として繁栄していくはずだったのに……。…そして、憧れのアルフレッド様と、結婚出来るはずだったのに……!
私達一族は周りから遠巻きにされていた。
その時、私の後ろから声がかかる。
「ごきけんよう。セイラ様。背中が曲がっていますわよ。シャンとなさって?」
振り向くとそこには……。
「ヒッ!! あ、貴女は……!」
学園で下位の者を叱り付けていた時に必ずといっていいほど現れた、カールトン伯爵令嬢がいたのだ。
「あら。そんなに驚かなくともいいと思いますけれど。学園での知り合いなのですし」
そう、彼女は何度も私に声をかけてきた。…大概、私が下位の者を呼び出し嫌味を言っている時に。…だからといって怒ったりしてくる訳でなく、ただ朗らかに挨拶などしてくるのだ。多少は後ろ暗い事をしている自覚のあるこちらはそのまま退散する、というのがいつものパターンだった。
「な……、何よ? 今日は私は何もしていないわよ!?」
彼女に怯えて言わなくていい事を言ってしまう。
「まあ、それではまるでいつもは何かをなさっている様ではありませんか。…でも今日は行動をしなければならなかったのではありません? お父上が陛下に不敬を働くのを、止めなければならなかったのではありませんか?」
「!! …お父様は、不敬な事なんて……!」
それは、先程エドワルド王太子からも言われた事だわ。でも、お父様は陛下に王妃に関する意見を申し上げただけよ?
「…貴女も学園でよく仰ってましたよね。『下位の者が上位貴族に口答えするなんて』と……。陛下は人々の意見を聞かれる方だと思いますが、それにはまずこちらが礼儀やルールを守らねばなりません。今のお父上の発言はいかがでしたか? 礼儀に則った方法で発言をされていましたか?」
「……ッ!! お父様は……!」
お父様は、陛下がお話されている最中に話し出されたわ。…それは、この貴族社会ではあり得ない事。『上位の者が話している最中、それを遮って話をするなんてあり得ない』。…確かに、今まで私はそう周りに言っていたわ。
私は、急に恥ずかしくなり赤くなって俯いた。
お父様は、陛下にとても失礼な事をしていた。そして私もそれを止めずにいたのだわ。
…更に、国王陛下に対する無礼は『不敬罪』として罰せられる可能性もあるわ……! 今まさに、シーボルトの伯父様が周りからそう言われているじゃない!
私も血の気が引く。
「ど……どうしよう……。お父様も、不敬罪となってしまうわ……。どうしたら……」
カールトン伯爵令嬢はそっと私の肩に手を置いた。
「…落ち着いて。どうすればいいと思いますか? 考えて? 間違った事をしてしまったらどうするか」
どうするか? 考える?
「…今はッ、そんな事悠長に考えている時じゃないのよ……!」
カールトン伯爵令嬢はキョトンとした顔で、
「今だから、でしょう? たった今起こっている事を今対処しなくてどうするのですか? あなた方が起こした事。周りは助けてはくれなくてよ? さあどうします?」
そう、これは自分達が引き起こした事――。間違った事をしたら――?
「あ……。謝る……?」
すると、カールトン伯爵令嬢はにっこりと笑った。
くるりと正面の陛下の方を向き、それは見事な礼をした。
「失礼いたします。陛下に発言の許可を求めます」
いつも陛下の横にいらっしゃる方はカールトン伯爵令嬢を見て少し驚いた顔をしてから、答えられた。
「…許可いたします」
「ありがとうございます」
彼女はよく通る美しい声で返事した。
…彼女は、こんなに美しい方だったかしら。背筋が伸び所作も一つ一つが美しい。彼女の存在自体が高貴な存在感を持って輝いているように思えるわ。
「カールトン伯爵が娘、リリアンヌでございます。
…今回、ベルガー伯爵とご令嬢は陛下に不敬と思われても仕方のない行動をとられました。しかし今、ご令嬢にお伺いしました所、思い余って不敬と思われる行動をとってしまったけれど、冷静になれば非常に恥ずべき事だった、と悔やんでおいでです。…そして、御令嬢は陛下に申し上げたいことがあるそうでございますわ。
…セイラ様、どうぞ」
カールトン伯爵令嬢は最後まで隙のない美しい所作で言い切ったあと、チラリと私を見て頷かれた。
…彼女は、私に機会を与えてくれているのだわ。周囲の方は遠巻きに見るだけで助けてはくれない中、彼女は手を差し伸べてくれ、チャンスをくれている。
…応えなければ。彼女の気持ちに。私は彼女に頷き返してから前を見た。
「ベルガー伯爵が娘セイラにございます。…この度は我が父がご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません。父はこの通り娘の私に甘く、その気持ちが暴走してしまったようでございます。謝って済む問題でない事はわかっておりますが、それでも謝罪させてください。申し訳、ございませんでした」
私は、心を込めてそう言った。父の罪を少しでも軽くしたい。この場を作ってくれたカールトン伯爵令嬢の思いに報いたい。その一心だった。
その横で、彼女は私を見て優しく頷いてくれた後、
「陛下。セイラ様は間違いを心から恥じ、謝罪をされております。…どうか、寛大なご処置を」
カールトン伯爵令嬢はそう言い、また美しい礼をした。
すると、なんと陛下がこちらに降りて来られたのだ!
会場全体が大きく騒つく中、陛下は真っ直ぐ私達の元へやって来られた。
「貴女の願いならば叶えない訳にはいかない。…全く貴女からは目が離せないね、無茶をする」
陛下はそう仰って、カールトン伯爵令嬢の手を取られたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
国王もウォード伯爵も、紹介するタイミングで別室から呼ぶはずのリリアンヌが大広間にいるので非常に驚きました……。




