118 不遜
「高位貴族の皆様方にはご機嫌麗しゅう。しかし今回は貴方がたは蚊帳の外ですぞ? 陛下に釣り合う娘はいらっしゃらないのですからな!」
ベルガー伯爵は高位の貴族に対して、つまり公爵や侯爵にそう挑戦的に言った。…陛下に対してあの態度なのだから、自分よりも高位の貴族に対しても敬意など払う訳はないのね……。
…って、だけど大丈夫なのでしょうか? 周りの方々も顔を青くさせていますわよ? ああ、ベルガー伯爵とその令嬢だけがふんぞり返って主張してますけれど……。
「我々に娘がいようがいまいが関係ない。…ベルガー伯爵。そちらはそこな娘が王妃になれると思っているようだが、なぜ今マルクス侯爵令嬢が辞退したのか……、それが分かっておらぬようだな」
フォートナム公爵は冷たく言うが、肝心のベルガー伯爵は、は? という顔をした。
「それは、先程マルクス前侯爵が仰った通り、別な婚約者が出来たからでございましょう?」
何を言ってるんだと言わんばかりの伯爵に、今度はシュバリエ公爵が呆れつつ言った。
「言葉通りに受け取ってどうするのだ。独身の陛下が誕生された今この時、今までノーマン公爵夫人になれる事を願い婚約者を敢えて作らず、現在国の婚約者のおらぬ令嬢の中では最高位となり優位になったにも関わらず、何故自らその舞台から降りたのか、だ」
そのシュバリエ公爵の問いに、確かにと疑問に思ったベルガー伯爵はマルクス前侯爵を振り返った。
また自分に振られたマルクス前侯爵は、本当に迷惑そうな顔をしながら答えた。
「…私は、勝てぬ勝負に挑まなかっただけだ。世の中には『引き際』というものがあるからね」
仕方なさそうに答える前侯爵に、ベルガー伯爵はまたしてもよく分からないという顔をした。
「分かりませぬな。そもそも勝負の舞台に立たなければ勝てぬかどうかは分からないではありませんか」
そこにワーグナー侯爵が馬鹿にするように言った。
「貴公は陛下の話を聞いておらんかったのか? 『心惹かれる令嬢がいて結婚の申込みを受けてもらった』と仰っていただろう! そこでどうして自分の娘が勝てると思うのだ?」
そこにまたベルガー伯爵は噛み付く。
「それこそ、どうして下位の娘などに自分の娘が負けると考えるのでありましょう? そもそもが身分違いの者が王妃になるなどあり得ないのですから!」
ため息を吐きながらワーグナー侯爵は言った。
「そもそも身分違いの者が相手だと陛下は仰ったか?」
ハッとして陛下を見るベルガー伯爵。
「陛下は相手の御身分の事は何も仰っておられません。…ベルガー伯爵。先程から無礼が過ぎますぞ! 許可も得ず発言をし更に陛下にお答えを求めるなぞ!」
ウォード伯爵はベルガー伯爵を叱り付けながら言った。
大広間は剣呑な雰囲気になっている。そしてその中心にいるベルガー伯爵とその令嬢はそれに気付いていないようね。
そして……。きっと彼らの後方にいるあの方々も気付いていないわね。あの方達はシーボルト侯爵とその妹、ベルガー伯爵の奥様よね。
「…ねぇ、ナタリー。あの方達はこんな状況から自分達の推す令嬢が王妃になれると本気で思ってらっしゃるのかしら?」
ナタリーは苦笑しながら答えた。
「…そう思ってらっしゃるのでしょう。リリアンヌ様の後見の方々が前王や前王妃との関わりで苦慮してきた中、あの方々は前王達に媚びいり、ある意味上手く立ち回ってこられました。人に上手く取り入り甘い汁を吸うことに長けているのです。…そして、そんな考えしか出来ずそれ以外の生き方が出来ない、思い付きもしないのでございましょう」
ナタリー、きっと貴女も苦労してきたのね……。考えてみれば、『影』も女官も人の裏側を見るような仕事ですもの。あの方達のような方々を嫌になる程見てきたのかもしれないわ……。
「義弟であるベルガー伯爵が、陛下に無礼を申し上げまして誠に申し訳ございません……。しかしながら、この国の行く末を心配すればこそでございましょう。私に免じてご容赦ください」
そう言って出てきたのは、やはり先程後方で見ていた方、シーボルト侯爵だった。
「シーボルト侯爵。貴公に免じて、とは……? 貴公がベルガー伯爵に代わり、陛下に不敬を働いた罪を被ると、そういう意味ですかな?」
ソドムス侯爵がそう冷たく言い放つと、シーボルト侯爵は怒りで顔を赤くされた。
「何を言われるか! 私の顔に免じて許せ、という事だ! 私は侯爵ぞ?」
「私も侯爵の位を戴いておりますが、それで陛下に対する無礼を許せなどと恐れ多い事はとてもではないが言えませんな。面の皮が厚いとはこの事ですかな」
それを聞いた他の貴族達も、
「陛下に対する不敬を侯爵の顔に免じて許せ、とは……。陛下を侯爵よりも下に見ているのか!?」
「誰に対して許せと言うのか? 他の者に対する事とは訳が違いますぞ!」
「シーボルト侯爵は、陛下に対して不敬なのではないか!?」
シーボルト侯爵は焦り押し黙った。急に周囲の自分に対する風当たりが強くなった事で、勢いが削がれてしまったようだった。
「…まぁ、皆様。そう声荒げずともよいではありませんか。なんといっても国の五大侯爵家の一つのシーボルト侯爵家ですぞ?」
またしても空気を読まず言うベルガー伯爵に、大広間中の者が『お前が言うな!』と思った。
「…ある意味大物だわね、ベルガー伯爵って……」
呆れて開いていた口を何とか動かして私が言うと、
「…ただの大馬鹿者でしょう」
ナタリーは冷静に答えた。…私は苦笑する。
そしてまだベルガー伯爵劇場は続く。
「そして、その偉大なシーボルト侯爵家の血を引く我が娘セイラは、高貴な血筋でありまた薔薇の如く美しい。そして学園でも1、2を争う成績であります。これほど王妃に相応しい者がおりますでしょうか?」
あれ? もしかしてここは笑う所なのかしら?
だってご自分の娘の事をベタ褒めするのはまだいいとしても、この国の国王、公爵、侯爵のいる目の前で、侯爵の娘の嫁ぎ先の伯爵令嬢を高貴な血筋と言い切るのは、余りにもものを分かっていないというか……。
あ、実際周りの貴族の方々も失笑されてますね……。
「おりませんでしょう!! 我が娘、ベルガー伯爵令嬢セイラ以外には!! 陛下! さあいかがです! お分かりになっていただけたでしょう!! さあ、我が娘との婚約を発表してくだされ!!」
ええぇ――っ!!
コレは、凄い……!
セイラ嬢も父のベルガー伯爵に合わせて一歩前に出ている。ええ……? 親子2人共同じ考えですの……。
そこで、先程よりも低いお声で陛下は仰った。
「…私が言った事を聞いていなかったのか? 私の妃の件では異論は許さぬ。そう言ったはずだが? これ以上の茶番はもう結構。今不敬を働いた者は後でそれなりの処分があると心得よ」
また広間の者は皆頭を下げる。
…そんな中。
「な……! 何故でございますか! 我が娘はこの国1番の身分の婚約者のいない令嬢なのですぞ! 侯爵家に連なる家柄の高貴な身分の者が王妃となれば国も栄えましょう!」
思わぬ国王の対応に取り乱すベルガー伯爵。
「…それは、侯爵家出身の前王妃にも言えるのか? 国は、栄えたか?」
そこに、エドワルド王太子がそう声を上げた。
そして、広間はしん、と静まり返った。
「…分かったであろう? 侯爵令嬢だろうが王家の姫であろうが、幾ら身分があろうともその心内が良くなければ王妃として相応しくはない。…そしてそこで陛下に不敬を働く父親を止めもせず、一緒にふんぞり返っているような娘では相応しくない!」
エドワルド王太子の声は静まり返った大広間に響き渡った。手を固く握りしめ、まるで自分の母の断罪を行うかの如き彼の姿に、義理の父であるフォートナム公爵は少し躊躇った後、エドワルド王太子の肩に優しくポンと手を置いた。
「義父上……」
そう言って振り向いたエドワルド王太子の目は潤んでいるように彼には見えた。王太子の幼い頃から側で成長を見守っていたフォートナム公爵は胸が痛んだ。とうとう最後まで分かり合えなかった母子。立派な青年になっても彼の心にはまだ抜けぬ棘のような心の傷になっていたのだ。
「身分も何も関係なく、ルイーズも君の子供達も君を愛し必要としている。勿論私達もね」
そうしてそっと、彼にだけ聞こえるように囁いたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
マルクス侯爵家は、前のギブソン子爵の事件の時にリリアンヌの存在を知り、王妃候補からは身を引きました。そして、ベルガー伯爵の不審な動きは陛下に報告しています。ベルガー伯爵はマルクス侯爵家が新たな婚約者が出来たのを知っていて、皆の前で驚く小芝居をしました。




