116 隠し部屋
「全く、陛下は油断も隙もございませんね! …とにかく、リリアンヌ様はお呼びするまでこの部屋でお待ちください。…陛下、それではそろそろ……」
陛下を私から引き離したウォード伯爵は、呆れた様子を見せながらも陛下を促した。
陛下も頷き、改めて私を見つめる。
「リリアンヌ。私が愛しているのは、リリアンヌ カールトン伯爵令嬢、貴女だけ。そしてその貴女にこの愛を捧げられることに、至上の幸せを感じている。この幸せは貴女しか私に与えられないものだ。…共に歩み、共に成長して行こう。今は離れていても、心はいつも貴女の側にいる」
陛下は、その金の美しい瞳で私を真っ直ぐに見つめながらこう仰った。私の胸はドクンと高鳴り、改めてこの方に心を奪われていると感じた。
「私も、心はいつも貴方のお側に」
私は陛下の金の瞳に吸い込まれるように目が離せなかった。
「はいはい、お2人共、少しの間離れるだけですので! さあ、参りますよ、陛下!」
そうしてウォード伯爵に促され苦笑しながら去っていく陛下を、こちらもナタリーと苦笑しながら見送ったのだった。
「さあ、リリアンヌ様。こちらにお掛けになってお待ちくださいませ。大きな声でなければこちらの声は向こうには聞こえませんのでご安心くださいませ。…色んな貴族が色んな口さがないことを話しているかもしれませんが、ある程度は聞き流される事でございます」
ナタリーがそう教えてくれる。…そうよね、噂話をまともに側から聞くなんてそうはない事だけれど、中には耳を塞ぎたくなるような話をされているかもしれないわね。心してかからないと。
そう思いながら耳を澄まし、目を凝らしながら大広間の様子を窺ってみる。
――卒業パーティーでも使われた王宮の1番広い、ダンスが出来る程の広さと更に大勢の人達が広々とした空間で話が出来る、立食コーナーも横に備える豪華な広間。
そこではもう既に大勢の貴族達が集まっていた。卒業パーティーと違うのはやはり年齢層よね。年配の高位の貴族の方々がたくさんいらっしゃるわ。
まだ陛下がいらっしゃる前でもあり、皆様思い思いに過ごされお喋りに興じていらっしゃる。
手前に壮年の貴族男性数人がいらっしゃるわね。
『聞いたか? 陛下のジェダイト王国への素早い動きを。即位の儀式が迫る中、こちらの軍の準備だけでジェダイト王国の王を震え上がらせてしまわれた』
『ああ! 『黒の英雄』が本気になられれば1週間もかからず敵国の本陣を討ってしまうだろうからな。そりゃすぐに降参するだろうさ』
『流石は我らが王だ! アルフレッド様が御即位されればもう向かうところ敵なしだな。むしろ今までよくあの国を放置していたものだ』
『何やら、我が国の貴族令嬢がジェダイト王国に拉致されかけたとか……。王の御即位が決まってすぐの事件に、流石の王も動かれた、と聞いたぞ』
『何!? 我が国の貴族令嬢の拉致だと! それは許せんな……! して、その令嬢とは誰か? 無事だったのか?』
『無事に保護されたそうだ。王や騎士団が素早く動いたらしいぞ。被害者は、どうやら少し前に高位4貴族の『後見』を受けた令嬢だとか……』
『ああ! 前王一家の失脚した例の卒業パーティとやらでシュバリエ公爵令嬢とワーグナー侯爵家嫡男の恋を取り持ったという悲劇の令嬢か! あのパーティーに出席した者は皆感動に咽び泣いたという……』
『その『後見』を受けた令嬢が被害者らしく、それで王も高位貴族も素早く反撃に動いたのではないか、と……。令嬢は怪我などはないそうだが、ショックで学園にも通えない状態らしいですぞ』
あ、その令嬢はここにおります。学園には通いませんでしたが、ほぼ毎日王宮には元気に通っておりますよ。
というか皆様、結構真実に近い情報をお持ちなのですね。所々は違いますけれど。
すると、ナタリーが耳打ちをしてきた。
「大まかな情報は敢えて流しているのですわ。間違ったおかしな噂が流れて国が乱れてはなりませんから。リリアンヌ様が拉致された事も、情報を合わせれば分かってしまうことなので、良い方向に流れるよう噂を流しております」
成る程!!
そうよね、いつの時代も情報や人の噂話って気を付けないといけない事よね。
するとその時、今度は女性達の声が聞こえてきた。
『もうすぐ陛下がお見えになるわ! アルフレッド陛下ってすごく素敵よね! ああ、陛下に見初められないかしら!』
『私は絶対に陛下にダンスを踊っていただくわ! お父様に陛下に御紹介いただけるよう頼んであるの。きっとお目に留まってみせますわ……!』
…凄い。肉食系令嬢かしら。
すると反対側からも令嬢達の話し声が聞こえた。
『私は父上に縁談を申し入れていただいているの。まだ陛下は婚約者もいらっしゃらないのですもの。私の母の実家は侯爵家なのよ。身分も釣り合うわ』
『今の侯爵家以上の高位の貴族で年頃の婚約者の居ない令嬢はマルクス侯爵家のミレーヌ様だけね……。だから高位の貴族の縁者辺りも可能性はあるわよね。今隣国とのいざこざがあったばかりだから、国内から王妃候補が選ばれるだろうってお父様が言ってたわ!』
なんだかこの2人の方は具体的なお名前をお出しになるのね……。
さて、先程の肉食系令嬢は……?
『もう、候補は上がってるんじゃないかって噂もあるわよ! …もしかして、このパーティーで候補者の名前を挙げられるんじゃなくて!?』
『ああ、名前を呼ばれたらどうしましょう!』
『勿論、呼ばれたらすぐにお受けするわよね! 王妃候補は今までのパーティーで陛下が見初められたのかしら? それとも議会で審議されて決まったのかしら……?』
あ、出会いはパーティーでした。そして、確かにこのパーティーで王妃候補は発表されますわ!
すると先程の反対側の2人がまた不穏な話をし出していた。
『もしも不釣り合いな者が選ばれたなら、我が家と伯父上の権力で潰してやるわ!』
『そうよね、今陛下と釣り合いがとれるのはミレーヌ侯爵令嬢か、シーボルト侯爵家の姪である貴女位しかいないわ』
シーボルト侯爵家の姪……。我が国の5大侯爵家の最後の一つね。
「ベルガー伯爵令嬢、セイラ様ですね。お母上はシーボルト侯爵家の令嬢。リリアンヌ様より1歳年下の16歳ですわ。あの学年の女性では自分が1番身分が上だと随分偉そうにしていると影見習いが申しておりましたわ」
私がその話を聞いているのに気付いて、ナタリーがそう補足してくれた。
むう。そうなのね。皆様それぞれにアルフレッド様を狙ってらっしゃるのね……。あら、影見習いの方といえば、あのベルガー伯爵令嬢は何度か自分より身分の低い方にご指導をされていた方ですわね……。
「でも、高位の貴族の女性で婚約がまだ決まってらっしゃらないなんて不思議よね?」
私が疑問に思って言うと、ナタリーは少し困った顔になった。
「陛下が独身の公爵であった頃から、一定数その婚約者の座を狙って婚約を決めずにいる令嬢が昔からいらっしゃるのです。大概は学園の卒業頃に慌ててそれなりの貴族と婚約されるのですが……」
! そうなんだ……!
そりゃ陛下は、我が国の『黒の英雄』であり公爵であったし、更に今回は王様にお成りになっちゃうし、30を超えているとは思えない程若々しく精悍で、巷で『黒の美丈夫』と呼ばれる程の美男子で、それでいてそれを鼻にかけないし、男の方にも慕われる程に人間が出来てらっしゃるし、身体も鍛えてらっしゃって馬に乗って駆ける姿はとても素敵だったし、何よりとてもお優しいしそれに……。
「リリアンヌ様?」
はっ!!
いけないいけない、アルフレッド様の素敵さを考えていたら余りにもたくさんありすぎて……。
「大丈夫よ、ナタリー。それにしても、陛下は本当に昔からおモテになっていたのね……」
「リリアンヌ様……。大丈夫でございますよ。先程も陛下が仰っていた通り、陛下はリリアンヌ様を深く愛されておりますので!」
そう言い切るナタリーに、私はまた照れてしまうのだった……。
お読みいただき、ありがとうございます!
シーボルト侯爵家はこの国の五大侯爵の内の一つです。その侯爵家もベルガー伯爵家も卒業パーティーの時は関係者がいなくて誰も来ていませんでした。(卒業パーティーは2年から参加可なのです)
そして陛下だけでなく、リリアンヌも陛下を想う時気持ちは暴走しがちです。




