113 ジェダイトへの使者
ジェダイト国王である自分の首に今刃物を当ててきている者は、確かに敵であるのにまるで仲の良い親戚に久々に会うかのように親しげに話しかけてきた。
「ワシの……甥、だと!? 誰の子だ……! このようなふざけたマネをする輩は……!」
ジェダイト国王は7人兄弟だ。14年前にオブシディアン王国との戦争で亡くなった王太子を筆頭に、前王には王妃との間に5人、側妃との間に2人の子が居た。その残りの5人の兄弟の内の、誰の子だ! 国王である自分に対してこのような事をしでかす愚か者は!
「イヤだなぁ。…僕のコトが分からない? ――ほら6年前、僕にガーネット王国の王にしてやるって遣いをくれたでしょう? その割にえらくアッサリと僕を見捨ててくれたけれど。その哀れな可愛い甥っ子だよ」
ふふ、と楽しげに言う……その者。
「…ガーネット王国、だと? ケイトの子か……! あの出来損ないの末の妹……! 碌に故郷の為の役割も果たせずにのうのうとガーネット王妃の座に居座りおって……! あの妹の息子……確か、サミュエル……か!?」
そう言ってから、ヒッと思わず声を上げる。刃物が首を少しなぞったのだ。数秒後にヒリとした痛みと鉄のような血の匂いがした。
「!! …すまんッ! やめてくれッ! …言い過ぎた……ッ。…我らは、母が違うからそう関わってはおらんかったが……ワ、ワシに何かあれば、妹も悲しむぞ!? 離れていても、やはり兄妹であるからな!」
此奴は本気だ! 本気でワシを傷付けて構わないと思っている! 何故だ? 確かガーネットの王子はオブシディアン王国で我が国の為に動いていると聞いていたのに……!
「ふーん……。関わっていなかったのなら、母上も悲しみはしないと思うけど? …まあいいや。今日はそんな話をしに来たんじゃないんだよね。…じゃあ、改めて。
――伯父上。オブシディアン国王陛下より書状をお預かりしております。早急に御一読を。――あ、締切が早いからすぐ読んで。僕も早く帰って寝たいんだよね」
どこまでもふざけた物言いの甥にイラつきはするものの、未だ刃物はしっかりと首に当てられており、ふざけて見えるこの甥にも隙が全く無い。どうやらこの書状とやらを読むしかないようだ。
ジェダイト国王は仕方なく少し震える手で書状を掴み、読む。
…な……、なんだと……!?
「ふ……、ふざけるなぁッ!! なんだ、この巫山戯た内容は! 令嬢の誘拐未遂の謝罪の要求と慰謝料、今後の我が国への各国の監視人の配置、そしてワシの退位を求める、だと!? 周辺国の許可もとってあるとな……? なんだ、この用意周到さは!! 奴らはこの国を嵌めたのか!?」
首の刃物もものともせず、ジェダイト国王は激昂した。
それを見てサミュエル王子は楽しそうに答えた。
「嵌める? 伯父上が自分で大きな落とし穴を掘り自ら盛大に嵌ってみせたんでしょう? よくも懲りずにあれやこれやと仕掛けてきたものだよね。僕が学園に入学してからでも幾つあったことか。本当なに? ヒマなの?」
最後は呆れたように言う甥にむっとするも、首の刃物を思い出す。グッと堪えた。
「しかし……このような要求はナンセンスだ! 内政干渉も甚だしい! …そしてこの『令嬢の誘拐未遂』、何のことだかサッパリ分からぬわ……!」
何やら分からぬが此度の無茶な要求は、この令嬢の誘拐から始まっているようだ。…コレさえ否定すれば、この度のことはやり過ごせる筈だ!!
「そうなの? この事件、伯父上の側近である侯爵の三男が実行犯だったんだよねー。この侯爵家って確か王妃の実家だったよね。あ、心配しないで? 彼らは無事だよ、ちゃんと捕らえてあるからね! 彼は腕はなかなかだけど、口は軽いよねぇ。間者としてはどうなのかなぁ? まあ何もかも話してくれたからこちらとしては取調べは楽だったよー。侯爵にもお礼言っておいてね!」
お世話になった親戚への御礼を言うように嬉しげに言う甥だが、その内容にギクリとする。
「なっ……。まさか、クロードか!? 奴が捕らえられただと……!? あやつはこの国の3本の指に入る剣の使い手だぞ!? 」
王妃の自慢の甥。まさかあやつが捕らえられるなど……!
「そうそう、そのクロード。彼を含む3人が僕1人にかかってきたの。子供に大人が3人がかりって、どうかと思うなー。大人気ないよね。そもそも、国境が封鎖されて自分の身が危ないからって僕を消そうとしてきたの。…許せないよね。どう思う? …伯父上」
!! …彼等3人は精鋭揃いのハズだ。それを、この子供1人でやったというのか……!? そして彼奴らが令嬢誘拐の事実をペラペラと喋ってしまったのか……!
「伯父上がまた僕を見捨てるように言ったのかなぁ? …まあ、いいよ。それより返事を急いでね。なんといっても締切は3日後だから。あ、3日後にオブシディアン王国に返事が届くように、だよ? 調べたら分かることだから言っとくけど、あちらはもう準備は出来てるからね。返答次第でいつでもこちらに攻め入ることが出来る」
なっ……!!
「なんだとッ!? …何故…ッ、何故だ……ッ!!
今まで似たような事があっても奴らは大した報復などしなかったではないか! たかだか小娘1人の拉致で何故このような……! これ程のことになってしまっているのだ!!」
何故だ何故だ何故だ!!
たかが小娘1人の事で、ここまで我らを追い込んでくるとは……!
「伯父上。…貴方は手を出してはいけないものに手を出してしまったんだよ。彼女はあの難攻不落のアルフレッド陛下の想い人、なのだから。…ああでも、そろそろ他の国々もジェダイト王国はもう放っておけないなーって話し合ってたところだったんだよ。少し時期が早まっただけ……でも、ないかな? アルフレッド陛下のお怒りは相当だよ? 初めは奇襲をかけて1週間でコトを済ませて戻るって言ってた位だったから。
やらかしちゃったね? 伯父上」
『黒の英雄』の想い人――! そして奴が本気で怒っている――。
ゾクリと背筋が凍る。
「――伯父上。貴方には本当に大切な人は居なかったの? 貴方は自分の都合の良い人間だけを可愛がっているように見えるよ。――つまり、自分が1番可愛いのだよね……。可哀想な、伯父上」
そう言ったこの甥は、急に年よりも大人びて見えた。そして王であるこのワシを、憐れむように見た。
――生意気な! そう確か、あの妹ケイトもそんな風にワシを見る事があった。全く、親があんなだから子もこうなるのだ!
…そうだ、ワシはまだ諦めんぞ! ここはこの書状を握り潰して大臣と対策を練れば、まだなんとか……!
「あ、僕は使者として来てるから、返事は大臣を通してね!――ああそうそう、今この書状を握り潰してもムダだよ? 大臣達にも同じ内容のものをもう渡してあるよ。あと王都のあちこちに張り紙をしておいたから!
そこに『この国がしてきた様々な犯罪に周辺国はもう黙っていない、周辺国全てが攻め込む可能性がある。この事態を回避する為には現国王の退位しかない』
――って書いといたから! うん、やっぱり情報は力だよね。民衆やこの国の貴族達はこの事を知ってどう動くかなぁ? ほらぁ、もう国王が辞めて要求飲むしかないよ? 逃げ道ないからね! じゃあこれ以上傷口広げない為にも、急いでねー!」
おどけてクスクス笑いながら、相手は消え去った。
まさか、まさかこんなことが――。
ジェダイト国王は自分の首の傷口を押さえながら、呆然と立ち尽くしていたのだった――。
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あの誘拐事件から、世情は大きく変わった。
私を伯爵家に帰した後、陛下が動いたのだ。
まずは周辺国に今回あった事件などを報告し、各国の了承と協力を取り付けジェダイト王国へ武力行使も厭わない意志を持った使者を『周辺国一同』として送った。
初めは抵抗の様相を見せたジェダイト王国だったけれど、彼の国を囲む全ての国からの通告であった為、国王も白旗を挙げざるを得なくなった。
そしてジェダイト王国は前国王の穏健派の異母弟が王に立つ事となり、更に周辺国からの監視者を置く事と決まった。
内政干渉だと反発するジェダイトの貴族もいたようだったけれど、彼の国が今までしてきた事を思えば仕方がないと諦める貴族が大半だったようだ。そして、もしも周辺国が本気になれば国自体の存続が危ないと貴族も国民も理解をしたようだった。
この時まであの誘拐事件から約半月程。
周辺国ではオブシディアン王国の国王が一度本気になれば、あっという間に国が滅びる、とまことしやかに噂したのだった。
そうして、周辺国とオブシディアン王国との同盟も数多く結ばれ、各国に平和が訪れたのだ。
そして、その平和をもたらしたオブシディアン王国の国王の即位式が近づいている。
まずは国内貴族向けの新国王のお披露目パーティー、その2ヶ月後に各国の王族や使者を招いての正式な即位の儀が行われる事となっていた。
陛下の婚約者を発表することになる、そのパーティーの日が近づいていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
サミュエル王子は叔父の協力を得て、ジェダイト国王の元に忍びこみます。長年の鬱憤も晴らしつつ、仕事を成功させました。




