112 王の決断
厳重な警備に囲まれた馬車で帰って行くリリアンヌを見送る国王アルフレッドとウォード伯爵。
「…よろしかったのですか? 私はてっきり陛下はリリアンヌ様を王宮に留めると仰るかと思っておりましたが」
あれ程王宮で暮らせば良いと主張していた陛下が大人しくリリアンヌ嬢を帰すなんてと、訝しむウォード伯爵。
「勿論、私もリリアンヌと共に居たい。……だが、今はしておかなければならない事がある。…所謂私の闇の部分を、まだリリアンヌに見せても嫌われない自信がないのだよ」
「…そのような」
どんな陛下でもリリアンヌ嬢は嫌ったりはしないのではないかとは思うが、これは陛下は恋が叶ったばかりで珍しく少し臆病になっておられるのだろうか?
「…私は今回の事で心を決めた。彼等はもう放置しておけない。…早急に、始末をつける」
そう言いながら、アルフレッドは颯爽と謁見の間に歩き出した。そしてその目は先程までのリリアンヌを見つめる優しい瞳ではなくなっていた。
ウォード伯爵は、アルフレッドから立ち登る静かな怒りの炎が見えた気がして身震いしながら、彼に付き従って行くのだった。
謁見の間には、今回の事件の関係者や王直轄の第1騎士団、そしてリリアンヌの後見の高位貴族達が集まっていた。
そこに現れた国王アルフレッドに皆臣下の礼をとり、ウォード伯爵が許可を出し皆頭を上げるという一連の流れの後、集まった者達の視線が集まる中、アルフレッドは言った。
「皆遅くまでご苦労であった。…此度の件で動き疲れている中ではあるが、大事な話がある。
まずは、皆の協力のお陰でジェダイト王国に拉致された令嬢を無事に保護する事が出来た。警備の不備の件など後々改善していくべき点はあるかと思うが、その後の皆の働きは素晴らしかった。
ここに皆に礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」
素直に心からの礼を言う自分達の王に、皆が感動に打ち震える。
「…そしてその令嬢に、この度我が妃となる事、了承をもらえた。これも皆が協力してくれたお陰だ」
おおぉっ!!
その場にいた『影』の者達、王の側近達、王の精鋭と自負する騎士団達が喜びに湧く。
ここにいるのは、王が信頼する者達だ。
一通り皆が喜ぶと、手をスッと上げ鎮まったところにまたアルフレッドは話し出す。
「…今我が国とジェダイト王国は、友好関係ではないものの私に縁談を持ちかけるなどの働きかけをするなど、通常の状態ではあった。こちらとしては、過去に禍根はあるものの新しい関係を築こうとする姿勢には一定の評価はしていた。
…しかし今回彼等ジェダイト王国は、オブシディアン国王である私の妃候補を拉致するという大罪を犯した。どう理由をつけようが看過出来る事ではない!」
そう怒りを抑えながら皆に語りかける王アルフレッドに、皆が大きく頷き同意する。
「此度の事は…誠に許し難しい! 奇襲が許されるならば1週間も有れば事を済ませて帰るものを!!」
アルフレッドのそこまでの怒りに、部屋の雰囲気はピリリとする。勿論、王に命じられれば喜んで参戦するだろう。
「…陛下。お怒りはごもっともではございますが、いきなりの攻撃では他国にも示しがつきません。そして、今後の我が国にも禍根を残すでありましょう」
普段のアルフレッドを分かっているウォード伯爵は、そういったん場を落ち着かせる。
「…分かっている。で、あれば先に使者を送る事とする。『此度の王妃候補誘拐事件に強く抗議する。3日以内にこちらが述べる要求に満足のいく返事がなくば、宣戦布告とみなし攻撃に入る』…とな」
…攻撃!!
今まで彼の国が何度愚かなことをしでかしてきても、敵国にも民がいると、ある程度は温厚な対応をしてきた、あのアルフレッド陛下が!!
…余程、この度の王妃候補への件が許せぬのであろう。皆がそう思い納得した。
「…それでは、その『使者』の役目は、僕がさせていただこうかな?」
そこに、場にそぐわぬ軽い雰囲気で、ガーネット王国のサミュエル王子が名乗りをあげた。
「…しかし、ジェダイト王国は貴方様の……」
ウォード伯爵が懸念を示すが、サミュエル王子はクスリと笑う。
「――そう。僕の母上の祖国。今の王は僕の伯父だね。心配ならばあと何人か付いてくればいいけれど、…僕より相応しい使者は居ないと思うよ? 僕ならば、ダイレクトに伯父に会うことが出来る。他の者では大臣などに足止めをくらって時間を稼がれて、なかなか話を進められないと思うよ?」
アルフレッドは、少し考えてから言った。
「…サミュエル王子。君に危険はないのか?」
サミュエル王子はニコリと笑った。
「全くないとは言いませんが、それでも他の者が行くよりは断然マシだと思います。…あちこちに仲間がいるのはジェダイト王国だけではない、という事ですよ」
アルフレッドはそれを聞き頷いた。
「…それならば、君に任そう。…その『仲間』とやらの今後の展望は聞いておきたいがね」
「ふふ。あの国に珍しく穏健派で母と同腹の弟である僕の叔父ですよ。…ですが、今後妙な気を起こさせない為に色々な『枷』は付けた方がいいとは思いますけど。今は彼は味方です」
「そのように分かりやすい方が、今は有難いかもしれないね。
…皆、意見のある者はいないか?」
アルフレッドが周りを見渡す。
皆、真剣な顔でアルフレッドを見ている。
「…それでは、明日までに書状を整えこの後はサミュエル王子と護衛数名に使者を任せる事とする! その間我が国はジェダイト王国が万一破滅の道を選ぶ時の為に、戦闘の準備を整えておく事とする!
皆の者、頼むぞ!!」
「「はっ!! 畏まりましてございます!!」」
「あとは我らはジェダイト王国に要求する事柄を、周囲国の動向等を探りつつ重臣と詰め今後の方針を決め書状をまとめる。皆の者は明日からの準備に備え、本日はよく休むように!
以上だ!!」
「「御意!!」」
そして、ジェダイト王国の包囲網は縮まっていくのだった――。
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「…全く、使えぬ奴らだ! 小娘1人連れてこられぬとは……!」
ジェダイト王国の王の間――。
ジェダイト国王は先程従者より、オブシディアン王国での有力貴族の後見を受けたという娘の拉致に失敗したようだとの報告を受け激昂していた。
しかも、行かせた者の行方も分からない。
もしや、オブシディアン王国の者に捕らえられたなどという事はあるまいな――。
しかし今まで我が国のどの策略も、あの忌々しい『黒の英雄』にことごとく潰されるものの、その後の処置はいつも甘いものだった。こちらの間者の働きかけがあるにしても、あちらの今までの王が無能なのか『黒の英雄』が甘いのか――?
まあ、その甘い『黒の英雄』が新国王になったのだ。たかが小娘1人の拉致未遂程度のこと、今回も我が国がまたやらかしたと思う位のことだろう。…悔しいが、あの男からすれば我らの動きなど子供が悪戯をする位のものなのだろう。いつか……、いつかはあの国の……あの男の鼻を明かしてやるわ……!
ふう、と息を吐きながら、それでも我が国の者達の不甲斐なさにイライラとしながら王の椅子に腰掛けた。その時。
ヒヤリ……。
その首に当てられた刃物の冷たさに、ギクリと身体が固まる。
後ろに誰か、居る――。
一気に顔が青ざめ、先程まで苛立ちで煮えたっていた身体も冷えた。
「…ッ……、だ…、誰だ……ッ!?」
極力身体を動かさぬように、それでも威厳を損なわぬよう努めて問う。
「ふふ……。今晩は、伯父上。――僕です。貴方の可愛い甥ですよ」
それはまだ少年のようなあどけなさの残る声だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
国王アルフレッドが、今回リリアンヌの誘拐事件でジェダイト王国に対する我慢が限界を超えてしまいました。
今後大切な人を守る為にも動き出します。




